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2010-12-19

岸本尚毅インタビュー(3)俳句はどこまで「馬鹿になれるか」の競争です

岸本尚毅インタビュー(3)
俳句はどこまで「馬鹿になれるか」の競争です(笑)


2010年11月6日 聞き手 上田信治 生駒大祐 

二次会のお店に席を移して、俳句の話はつづきます。こちらでは、主に生駒さんが質問を。



生駒:『感謝』ではリフレインが多用されていますよね。〈寒々と赤々と正一位かな〉など、対句表現が面白かったです。

感覚ってのは同時に来るものなのかもしれないけれど、認識できるのは一つずつじゃないですか。それが、俳句の一行の視覚性から、まとめて一度に来る。そこで、人間の視点から神の視点になっているように感じました。

岸本:それは俳句の短さの大きなメリットですね。

生駒:初寄席に枝雀をらねど笑ふなり〉は「笑ひけり」じゃない。自分が笑っているのかもしれないけれど、やはり視点が高いところにあります。

岸本:ちょっと度胸が付いてきているのかもしれませんね。爽波選がなくなって、のびのび作っているということもあるかもしれません。

でもリフレインはすでに「自家薬籠中」になってきて、これも……だんだん、手駒が少なくなってきていますよ(笑)。

生駒:指示代名詞が多いのは(〈その妻のこと思はるる不器男の忌〉)、信治さんがブログに書いていたように、句の入りがゆっくりになるというのを狙われているんですか?

岸本:指示語のメリットというのは3つあって、まず情報量が減らせること。次に指示語には「連結力」があって、「その」が上五中七とずっといってから「不器男」にかかって、句全体を一つにする。後の方まで次の指示の対象をさがすわけです。また、今、言われたように、柔らかく入ってごつごつ感を無くすという効果もありますね。

生駒:虚子の忌日の句について、虚子は露悪的であると書かれていますが、岸本さんの忌日についてはさりげない詠みぶりというか、〈裕明の初盆なれば迎鐘〉〈頼朝のこと思いつつ実朝忌〉〈口ずさむその句その名や爽波の忌〉など、露悪的ではないけれど無感動な感じがするんですけれども。

岸本:〈爽波の忌〉の句はうすっぺらですね。忌日の句はいえば言うほどうすっぺらになってしまう。不器男の句に関しては、堀内統義さんの「芝不器男」の本を読んだことがあって、不器男が亡くなる前に、ままごとのような結婚生活があった、ということが心に残っていました。



生駒:『鶏頭』に〈弁当に牛蒡うれしく笹子鳴く〉という句がありますが、最新句集の『感謝』には〈山深くなるがうれしき冷房車〉という句があって、〈牛蒡〉の句の〈うれしく〉と〈冷房車〉の句の〈うれしき〉には意識の違いがあると思うのですが・・・。

岸本:〈冷房車〉の句の〈うれしき〉は普遍的なことを詠んでいますね。皆が知っていることを新しい言い方で、言えたかもしれませんね。、でも、〈笹子鳴く〉の句も普通の句です。冬のあたたかい日に弁当を食べていて牛蒡が美味しいと。そこに笹子が鳴いているという、まさにありのままで。

上田:牛蒡と笹子の、地べたっぽい質感の連想があります。

生駒:ありのままの情景でも〈茸狩火傷の痕が首にあり〉などは、ありのままのままで変だと言う句で・・・。

岸本:〈茸狩〉の句は席題の句で、いわゆる違和感狙いの句なんですよ。爽波先生は割とそういう句を取ってくれた。爽波先生は三橋敏雄のようなべたっとした句に厳しくて、どうしても際どい方向に行ってしまうんです。

上田:季語との関係が、べたっとついているか、際どいか、ですね。

岸本:あのころは、田中裕明さんだけ悠然とした句を作って、山口昭男氏とか中岡毅雄氏とか他の人はこまかい所、スリッパが裏返っていたとか、そういう句を競っていた。

僕自身も『鶏頭』の句はトリビアリズムと紙一重で・・・。若者のころはそういうのを面白がれたんですが、今となっては、すこしあほらしい(笑)。

上田:年齢的に、際どいのが似合わなくなったというのもあるんですかねえ。

岸本:そうですねえ……逆に、爽波先生なんかは50、60になっても平気で違和感の句を作られた。爽波先生は、ほんとうの贅沢というものをご存じの世代で、若い頃は虚子に可愛がられてね、楽しいことをし尽くしたから、ということがあるかもしれない。爽波先生は京極杞陽などに通じる貴族的なところがある。私自身はただの勤め人で、そういう違いも(笑)、反映されているのではないですかねえ。



生駒:僕は、ついつい岸本さんの変化というものを探してしまうのですが、切れ字の〈かな〉の使い方も違ってきている。『俳句の力』に秋櫻子の〈かな〉の飛躍というのがありましたが、その飛躍の仕方も変化してきているのでは。

岸本:あの頃、ぽーんと離れたものを付けるのは、みんなやっていたんですよ。飯島晴子なんて最たるものだし、それに爽波先生。とんちんかんなものを、ぽーんと付けて、ぞくぞく感というか違和感を楽しむという風潮はありましたね。

伝統俳句の先が見えなくて、かといって季語は捨てられないと。そして前衛にも飽きたという人。その頃は、先行句がやっていないことばかりをやろうとする、袋小路に入り込んでいた。あの頃はニッチしかありえなかったのですよ。いわゆる「伝統派」において、大雑把にいえば、当時は龍太と澄雄しかフロンティアがなかった。虚子は実に巨大な独占的市場だったんです。

上田:虚子は、新しいものを見出したり、句風を革新していくことに意識的だったから、結果的に広大な部分を開拓済みにしてしまった、と。

岸本:句風もそうですし、新しいものを持っている作家を見出す眼を持っていました。



生駒:「虚子は月並を恐れなかった」と書かれていましたが、岸本さんご自身は、月並とどのように向き合っているのですか?

岸本:実作においては、月並的なものがたくさん出てきてしまいますが、句集を作る段階で落とします。虚子の『五百句』は・・・謎ですね。

上田:虚子は選句の手間を惜しむ人ではなかったはずですよね。ところが、『五百句』の選句基準は、ちょっと特殊だということを、岸本さんも書かれていて。〈バナナの皮〉の句なんか『五百句』に入っていなかったら、こんなに取り上げられなかったかもしれない。褒めるのに勇気がいります。それでも平畑静塔は褒めたかもしれませんが。

岸本:勇気ですね・・・。虚子自身が蛮勇というか無神経で、こんな句を『五百句』に入れてしまうのか、という句がある。『ホトトギス雑詠選集』なんかもユニークな句が結構ありますよね。

上田:庭に、雑草や変な木が生えていて、いいかんじになるということがあるように、色々な句があったほうが、景が良いと考えた、とかですかね。

岸本:それはそうだと思いますね。「ぬー」とか「ボー」とか理屈はつけていましたが。



生駒:白魚の句を思ひ出す訃報かな〉『健啖』なんか、仮に前書をつけたら句が大きく変わるじゃないですか。前書に対してはどのような意識を持ってらっしゃるのでしょうか?

岸本:前書きが無いのは、勝手に想像してくださいというところですね。どうしても前書は「句が汚れる」という意識がありまして……論理的ではないですが、こだわりですね。

生駒:虚子は詞書や前書が多いですが・・・。

岸本:虚子の前書はさりげなくて良いですよね。だいたい、前書が上手い人は、前書が文章として上手い。僕はそういうのが全然駄目なんです。前書をつけると読みが限定されますしね。

〈訃報〉の句は、実は、ものすごく無責任に、読んだ人によっては誰かの訃報を思い出して感動するかもしれないという(笑)、よこしまな心がある。もちろん、私自身も含め、人間は必ず死ぬわけですから、そのことに対する一種普遍的な悼み心は当然あるのですが。。

上田:特定の誰かじゃないんですか。あ、まさか〈今年また鰆の頃の忌日かな〉も……。

岸本:特定の忌日を対象に詠んだ句ではないです。「そういう忌日」を思い描いてみたい、という。

上田:うわー(笑)。



生駒:岸本さんは読む題材は変化していっているのですが、措辞の巧みさに最大限に気を使うという姿勢は一貫しているのではないでしょうか。

岸本:句の最適な句形を捜すのにはこだわりがあります。他人の句でも最適な姿にならないと俳句が苦しそうで自分も苦しくなるんですよ。句会のときには人の句も直したりもしますね。雑誌などで見てしまった場合は、もう直せないので、目に入らないようにする(笑)。

上田:一字変えれば、解決するという場合も多い?

岸本:それは、もう、ちょっと直すと、俄然良くなります。

生駒:措辞を直すということは、極論すれば、結局内容も変えてしまうことになると思うんですが、措辞とは切り離された景というものがあるとお思いですか?

岸本:句会で、句の状況の説明を聞くと、それだったらこう言ったほうが、という、元ネタのようなものがありますよね。夾雑物も見えてきますし。根っこに戻って句を再構成することができますから。俳句は、措辞にこだわらないと、こだわるところがないですからね。



生駒:虚子には俗な句がある、という印象があるのですが、岸本さんはあまり作られないですよね。

岸本:自選のときに、落としているのかもしれませんね。句集を編むときにこだわりがあって、自分以外の人が作りそうな句は、句集に入れないんですよ。俺しか作らない、という句を入れたい。俗な句は、他の方が作るし、そういう句が得意な人に馬力負けしそうだから、というのはあるかもしれませんね。

上田:鳥の恋ペリカン便も急ぐなり〉の句なんかは、岸本さんしか作られない。

岸本:あれなんかは、もしかするとそうかもしれませんね。

上田:〈鳥の恋〉と〈ペリカン便〉は、雑さを演出したような付け方ですよね。ペリカンだから鳥だと。あるいは鳥だからペリカン。

生駒:論理をわざとつけて、それを逆説的に楽しむという。

岸本:そうやって人を煙に巻くのが好きだという(笑)。でも、いわゆる「面白俳句」には、なっていないと思うんですよね。

上田:ペリカン便のお兄さんが恋してるみたいでもあって、すごくいいです。

生駒:僕は〈園長先生梅雨の遺影となられけり〉なんかは、笑ってはいけないんだけど面白いですよね。

上田:あ、あれは面白い。〈園長先生〉という言葉にめでたさがある。

岸本:あれは、じっさいに昔子供が御世話になった先生が亡くなられたと聞いて、作りました。そういう句は、わざと面白くなさそうに作るんです。虚子の句もそうなんですよ。虚子自身が、面白くもない顔をしている、というのが絶妙の楽しさで。

上田:「面白くもない顔」って言葉、いいですね。虚子よりも時代が下っているので、すこしギャグ寄りの句に、可能性があるとも言えそうです。〈テキサスは石油を掘つて長閑なり〉とか、おかしいし、しみじみします。

岸本:あれは自分では、私の真骨頂だと思います(笑)。本には書きませんが、俳句はどこまで「馬鹿になれるか」の競争だと思いますね(笑)。



生駒:虚子がいたときはみんな虚子に向けて一句一句を書いていたと思うのですが、岸本さんは誰に向けて書いているんでしょうか?

岸本:普段はやっぱり句会です。今の課題はいままで尊敬していた選者の高齢化ですね。そうなると自選は最大の問題になってくる。この人に任せれば良いというのは、田中裕明さんで終わっちゃって。人の選句は参考にしますけれど、やっぱり最後は自分だとここ数年は思うようになりました。

上田:はじめから、ご自分しか信じていないタイプ、だと思っていました。

岸本:そんなことはなくてね。作り手の自分と読み手の自分が分け切れなくて、作り手が面白いと思っても読み手として良い句ではないのではないかという不安がある。作り手である私が読み手である私に「この句ええやろ、ええやろ」と囁くんですね。それが独りよがりではないかという心配は消せない。そこをふっきらないと次に進めないという自覚はありますが、まだその勇気が無いんですね。読み手がまだ自分について来てないんじゃないか、という、非常に傲慢な思いもありますしね。

上田:それは、本質的に新しいものがでてくるときには、常にあることだと思います。

岸本:綺麗に言うとそうなんですが……。自分の句の選句というのは実務的に迷っているところです。もう自分が選者になったつもりでやるしかないというのが、一番正しいんではないかと思います。自分で責任を持つと。しかし、過去の自分、過去の先人を思うとなかなか責任が持てない。

本当に選者は大変だと思いますね。名前の入った句を選句するのが選者の一番大変なところだと思うんですよ。お弟子さんの名前が見えている状態での選句は、ほんとうに大変だと思いますね。飯田龍太は「人を見ないで句しか見ない」と言う。そういうところで、中途半端な精神論を言わずに、実践的な龍太が好きですね。

生駒:虚子の句は、写生と諷詠とを縫い合わせた句である、と書かれています。〈春泥の砂かぶりしはあはれなる〉『感謝』などは、虚子のそういうところを意識して、詠まれてるんでしょうか。

岸本:春泥が砂かぶった、で、それ以上言うことがなくなっちゃうんですね(笑)。馬力があると、そこを掘り下げられるんですが、〈あはれなる〉は逃げです。虚子を読んでいると、逃げても良いという気持ちになるんですよ(笑)。

上田:でも、逃げているうちに〈物の命〉が出てくるかもしれない。

岸本:そうなんです。逃げているうちに、思わぬ拾い物をするかもしれない。エクスキューズですけどね。素十は絶対そこはやりませんから。本当は、踏みとどまってがんばるべきなんでしょうけど。



上田:岸本さんが、さっき言われた「考えることが好き」というのは、方法の可能性を早期に極めつくしてしまうということに、つながりませんか。

岸本:性格的には気をつかわずに、頭をつかう方なんですね。余計なことを考えずに。割と理詰めなのですよ。

上田:先々のことは、そんなに考えずに、と(笑)。

生駒:句と論理ではどちらが先に来るんですか?

岸本:作句ありきですね。俳句の中の、言葉がふっと浮かんでくるときのここちよさは何物にもかえがたい。理屈抜きの楽しみがありますね。

または読み手に出会ったとき。無責任に作った句を、他人がありがたく読んでいるときの快感。感情移入してもらって、句が成仏するということがありますからね。一方、自分が自分の句の純粋な読者になれないという寂しさは確かにあります。本当は、他人の脳みそでモノを考えるというのは楽しいのですが。



上田:諷詠ということを考え始められてから、ずいぶんこう、虚子のようになってきたということは、ありますか?

岸本:虚子に倣うとかは全然考えてなくて、自分が自分になるために、虚子に「照らしてもらう」ということなんですよ。人の俳句を見ていると、自分の共通の部分もあるし学べる部分もあるし、逆に真似できないことを悟るんでしょうね。

この人には無いものを自分は持っている、ということを、最後につかむためのプロセスなんですな。やっぱり自分探しになってしまうんですね。

上田:じゃあ、個人崇拝を経てしか伝わらない物があるというようなことは……。

岸本:それはまったく考えないです。書かれたものだけが、対象です。

上田:すっかり「俳句人生」になってしまったということについて、どういう風にかんじてらっしゃいますか。

岸本:僕は俳句に向いていたと思いますね。釣りは好きですが。俳句やらなかったら園芸やるかお笑い見てるか。絵画なんかは純粋な消費者ですからね。

自分は、良い俳句を一句でも作って、人様に提供していくのが天命であるということを、やっと悟りました(笑)。

もっとも作者は限界がありますが、読者は無限の可能性がありますからね。良い読者となることは良い作者になるより何倍もハッピーですね。

(中座があって)

岸本:僕はどうしても秋櫻子に冷たいんですね。どうしても面白くないんですね。『葛飾』だけは好きですが。

上田:形式の可能性を十分に使っていないとかですか?

岸本:俳句を、何かを伝達するための道具にすることで、貧しくなってしまった、としか言いようがないんですね。『葛飾』には、結果的にかもしれないけど、新しいものをはらんだ句は結構あるんで、それは評価するんですが。

俳句は伝達の手段でなく、言葉自体として生れてきたと考えるべきなんですね。それが前書きはいらないということと繋がってくる。

どなたかが、webで、俳句は媒介ではなく、それ自体だというふうに書かれていて(俳句的日常2010/10/142010/10/15)、あれはその通りだと思いました。

上田:自分は最近、反動的かもしれないけど、俳句には内容とか、向こう側があるなと思うようにもなりました。俳句は、壺のように、それ自体としてある、でも、その壺を成り立たせている向こう側はあるような気がするんです。

岸本:俳句を散文に書き換えたとき、それが向こう側にあるとされる内容と等価であれば、それは俳句固有のものではないんじゃないでしょうか。

言語表現である以上、言葉は意味を持つので、抽象絵画のような俳句以外は内容を持ちます。それは必然的にそうなんだけど、五七五の俳句を散文に置き換えたときに同じになるものであれば、それは俳句の要素ではない、というのが今の僕の意見。

上田:「何を」書くか「どう」書くか、の、どちらでもないものがある。俳句や芸術の価値というのは、そこにしかない。〈何を〉を〈どう〉書くか、しかできないんですが、それが、直接の価値を生むわけではなくて、第三項というべきものがある。

岸本:古池にかはずとびこむ水の音〉マイナス「古池に蛙が飛び込んで水の音がしました」という、「韻文の価値」マイナス「散文の価値」は、定型や季語、いわゆる形式の価値しか残らないはずだというのが非常に単純な考えですが……でもそこに何かがあるんだと考えるかどうか。

上田:定型にした瞬間に生れる、新しい価値がある。

岸本:それは非常に素直な考えであるとも言えますね。それは俳句の翻訳不可能性という問題になるんでしょうか。

上田:とりあえず、そうなります。その形で、結びついたことによって生まれている価値なので。ただ、さいきん「詩は翻訳可能だ」ということを書いた若い詩人がいて。

岸本:表面的な翻訳はできないけども、根っ子まで遡って再構成できるんじゃないかと。

上田:はい。佐藤雄一さんという人で、その人は美術とのアナロジーで行くんですけども(『書籍「組立」-知覚の臨界-』所収「さらに物質的なラオコーンに向かって ―「固有値(Eigenwerte)」としての支持体を自己生成する」)、

粘土とかキャンバスという支持体があると。粘土は形を与えようとすると抵抗する。その抵抗する力と、形を保つ力は同一であると。それで、表現が形になるっていうのは、未確定な内容が未確定な支持体を掴まえようとする、力の均衡の結果なんだってわけですね。粘土も、その都度新たな形で、その支持体としての性質をあらわす。

それで、詩は自身を保持する支持体を自分で作れるっていうんですよ。その上で、支持体が成立していれば持って歩けるし、曖昧な形で伝達しても伝わる、つまり翻訳も可能であると。

佐藤さんの構想に、なかなか十全な理解は及ばないのですが、言語表現でいえば、内在する形式感覚を掴まえるみたいなことを、言われているのかな、と。

岸本:それは、たいへん、頭のいい方ですね。

上田:そうなんですよ。俳句は定型がある。毎回、形式感を一から作る自由詩の苦労はないですが、でも、一から作ったのと同じだけの、がっちりした関係を定型との間に築いているのでなければ、定型詩の価値は無い。

そこに、内容にも措辞にも還元できないものが実現されていて、それで初めて芸術であるということじゃないでしょうか。ばらしていくと、措辞がこう働いてこうなっているというふうに還元できますが、そこにはまた、偶然のように選ばれた言葉が、引き連れてくるものがある。

岸本:波多野爽波の〈老人やどこも網戸にして一人〉のね、老人という言葉のニュアンス。

上田:そういうことだと思うんです。「この」形の言葉の塊になって、はじめて「この」ニュアンスが生れるんですよね。どうして爽波が、一行を書き始める前に、それが書けると思えたか。書いた瞬間こういった俳句というものが生れたのかもしれませんが、その書き始める前のもやっとした方向感覚の中に、俳句の内容がある。



岸本:翻訳の可能性についてはまだ疑問なんですがね。翻訳ではなく同じ価値のものを別な形で実現することができるといえば分かります。

上田:『鶏頭』はすごく翻訳しやすいと思いますよ。

岸本:内容にも形式にも還元できない何か、俳句になった瞬間に生れる付加価値ってのは確かにあるんでしょうね。それは、内容と措辞との関係性かもしれない。この内容にこの措辞をつけたという、割れ鍋に綴じ蓋という価値がでてくる(笑)。それは一回性という言葉に近いのではないかと思います。起こってしまったことの一回性というのはね。小林秀雄の〈無常〉というようなことかもしれませんね。

上田:一回性はまさにそうだと思います。まぐれ当たりがあるという要素もある。

岸本:頑張れば頑張るほど上手くいかない(笑)。向きになれば逃げていく。人間の努力を相対化無力化すると言う意味ではね。努力は必要条件だけど十分条件ではないということにおいては俳句は冷たい。全ては運かもしれない。60億人いればウォーレン・バフェットは生れる。

上田:どういうことですか。

岸本:それだけの数の試行が行われて、つぎつぎ人が敗れていく中で、確率的には全戦全勝の人が現れるという意味です。

上田:(笑)人類的な試行の一環だと考えると、さっぱり当たらないことも、悲しからずやと思いますね。

岸本:しかし、作者の方は努力に左右されない面も大きいけれど、読むほうは頑張れば上手くなりますね。



上田:率といえば、さいきん自分の書き抜いたノートに、さらに大名句という印の◎をつけてみたんです。意外と、永田耕衣が打率高かったですねえ。

岸本:耕衣はベスト5は凄い。〈近海に鯛睦み居る涅槃像〉とか。〈夏蜜柑いづこも遠く思はるる〉もいい。〈夏蜜柑〉の句は解釈が難しいですけれども、幸せのようなもの、夏蜜柑がここにあったらいいよ、そのほかは遠くていいよ、というように読んでいる。

上田:郷愁の場所も遠いし、今自分が属するはずの現在まで、この場からすーっと遠くなるような…。

岸本:ものすごく甘いけれども、人口甘味料の入っていない甘さですよね。

上田:でも、そうやって探して行くと、虚子は段違いに凄いんですよ。耕衣で10句くらい付くとしたら虚子は30句くらい楽に付く。〈旗のごとなびく冬日をふとみたり〉とか。

岸本:虚子の名句は不思議。隙だらけだけど名句といわざるをえない。

上田:普通の言い方と語順が違うじゃないですか。それで幻想の側に持ってかれる。〈日凍てゝ空にかゝるというのみぞ〉もやっぱり凄い。

岸本:虚子はそれほど「凄いぞ」という感じがないんですよね。国宝が無造作においてあるようなね。耕衣は俳句形式の機能を存分に使っている。虚子は俳句形式を2、3割しか使っていない。6、7割残してあれだからすごい。

上田:岸本さんは、句の「空間」ということを言われますよね。〈ポポポポと〉の句などに対して、もちろん良い句だけど、擬音が目だって、季語が働くべき空間が窮屈であると。そのデンでいくと、言葉が充分に働く空間を、句がもつことを、虚子は好んだ。

岸本:虚子の場合は、句に言葉が満ちていない。割とつまらない言葉が自由に立っている。言葉が走り回って寝そべっている。耕衣の句は額縁の中にきっちり描き込んであるかんじ。石鼎も蛇笏もそういう行き方。

虚子の句は遺跡みたいでね、殆んどくずれてて存在してないんだけど、残りの3割で屹立している。だから、虚子の句って完成を感じないですよね。不完全なところは、次の句によってどうなるか、乞うご期待という感じで。

ベスト3句だと耕衣が勝って。ベスト10句だと石鼎が勝って、ベスト200くらいだと蛇笏が強い。しかし無作為抽出20句だと虚子が勝つ(笑)。俳句たることに全然未練がないように見える。俳句であることすら忘れていて、結果的に俳句になってましたねと。失敗を恐れないことに関しては虚子は抜群ですね。失敗も芸のうちというところまで持っていきましたから。

上田:片端から俳句になっていくメカニズムの中で、とんでもないものが生まれてくる。虚子のような俳句は目指して、狙っては、作れるようなものではないですか。

岸本:無造作に見えて、何でも俳句にしてしまう強靭なテクニックって必要ですよね。構えずに何でも俳句に取り込めるというのは異様です。俳句がくだらないのではなくて俳句の内容がくだらない。

上田:それは平凡にして偉大な観念ではないかという、つまり『俳句の力』で言われていたことですね。あのご著書で提示された認識は、やはり、非常に新しいと思います。

今日は、ほんとうにありがとうございました。

岸本:失礼いたしました。



岸本尚毅100句 (生駒大祐選)

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テキスト版 岸本尚毅100句 (生駒大祐選)

岸本尚毅100句 (生駒大祐選)


『鶏頭』

鶏頭の短く切りて置かれある
弁当に牛蒡うれしく笹子鳴く
冬空へ出てはつきりと蚊のかたち
雪舞ふや鶯餅が口の中
白魚やテレビに相撲映りをり
海上を驟雨きらきら玉椿
玉葱にとまる金蠅夕映えて
香水やかの名刀のここにあり
ざりがにのはさみ蒼くて雷雨かな
昼顔のいくたびも吹きすぼめられ
水打つて遠くに犬の嚙みあへる
秋燕やひようと長くて支那の箸
芭蕉葉にぷすと針金突き刺さり
蟷螂のひらひら飛べる峠かな
鯨幕八つ手の花にかぶされる
四五人のみしみし歩く障子かな
臘梅につめたき鳥の貌があり
鴨の目の水すれすれにして進む
木瓜咲いて鴉の羽根の落ちてゐる
梅の実を映して黒きハイヤーよ
てぬぐひの如く大きく花菖蒲
月明に紫陽花折れてぶら下がる
河骨にどすんと鯉の頭かな
梅の木につくつく法師鳴きにけり
なきがらの四方刈田となつてゐし

『舜』

手をつけて海のつめたき桜かな
雛の間よ背広吊すも飯食ふも
身籠りて空にあまたの燕かな
草か木かわからぬものも秋彼岸
鰭酒の鰭を食べたる猫が鳴く
金柑の食べ頃となる恵方かな
パンジーの中に光るは箒の柄
草餅に鶯餅の粉がつく
玉葱の流れて来るや出水川
水かけて蚯蚓よろこぶ展墓かな
雨に伏すゑのころのみな短くて
音もなく歩くお方や城の秋
末枯に子供を置けば走りけり
一寸ゐてもう夕方や雛の家
蜂を描くしだいに蝶に似て来たる
啄木鳥や妻にも二つ膝小僧
焼藷や空に大きく大師堂
秋風や蠅の如くにオートバイ
水仙の芽にゆつくりと月のぼる
雉子鳴くつめたき富士と思ふかな
一斉に飯食ふ僧や青嵐
青大将実梅を分けてゆきにけり
廊下ゆくまた芍薬の活けてある
なきがらに投げたる菊の弾みけり
先生やいま春塵に巻かれつつ

『健啖』

狂言の足袋黄色なる虚子忌かな
木から木へ蔓の走れる梅雨入かな
秋立つや音を違へて稲と草
まはし見る岐阜提灯の山と川
また一つ風の中より除夜の鐘
日の当るものを日陰に盆支度
掃苔やつかはぬ水を萩に打ち
見えてゐる鳥は眼白や笹子鳴く
花屑の深きを浚ふ箒かな
健啖のせつなき子規の忌なりけり
落ちてゆく木の実の見えて海青く
風邪の子の頭撫づれば怒りけり
土埃立たぬ土なり秋の蠅
水澄むや物皆古き法隆寺
声もなく鶯の来る光かな
身に入みて上司と歩く池袋
あるときは毛布の中に吾子の汽車
火の上にかぶさつてゐる朴落葉
ぼろ市の大きな月を誰も見ず
火のかけら皆生きてゐる榾火かな
雪つもる銀閣があり家があり
桜餅置けばなくなる屏風かな
腹当の子の生きてゐる生きてゆく
ハンカチを干せば乾きて十三夜
水中の物の形の冷やかに

『感謝』

うすうすとあやめの水に油かな
ときじくのいかづち鳴つて冷やかに
日沈む方へ歩きて日短
寒々と赤々と正一位かな
雨だれの向うは雨や蟻地獄
空蝉のすがれる百合の途中かな
春の雁飛べよと思ふ飛びにけり
降る雨の見えて聞こえて草の花
港区は好きな区秋の風もまた
焼藷を割つていづれも湯気が立つ
春泥の砂かぶりしはあはれなる
テキサスは石油を掘つて長閑なり
現れて消えて祭の何やかや
月光はとめどなけれど流れ星
さういへば吉良の茶会の日なりけり
鳥の恋ペリカン便も急ぐなり
秋晴や心の底の一淀み
作り滝作り蛙を打ちに打つ
現れて一歩一歩や秋の海女
コーヒーかコーラか雪に缶赤く
茄子と煮てちりめんじやこが茄子の色
裕明の初盆なれば迎鐘
かたかたと鳴るは小さき芝刈機
その上に月美しく扇風機
低きより出づる冬日を立ちて見る


2010-12-12

岸本尚毅インタビュー(2)最適化された「単純」さ

岸本尚毅インタビュー(2)
最適化された「単純」さ


2010年11月6日 聞き手 上田信治 生駒大祐 

●単純化と陳腐化

──虚子の句には「沈黙の力」があり、それは方法としては、単純化を極めるということだ、ということを書かれています。

岸本:沈黙というより、寡黙というのが本当のところでしょうが。

──ところで、芸術作品の価値をはかる基準に「唯一性」というものがありますよね。似たようなものがたくさん出来るものは、価値が低い。一方で、純度を上げるために単純化した表現は、互いに似たものになりやすくなる。

岸本:そのとおりだと思います。

──それが岸本さんの言われる、俳句の前門の敵後門の敵の、ひとつの現れだと思うんですよ。

俳句には二つの大きな陥穽があります。一つは碧梧桐に見られた写生の暴走、もう一つは月並に堕するという陥穽、いわば前門の虎と後門の狼です。(「虚子と「月並研究」『俳句の力』p.184)

意外性を求めれば読者に理解されないリスクがあり、季題の本意を生かそうとすれば類想のリスクがあります。いわば前門の虎、後門の狼です。(「言葉選びの心理」『俳句の力学』p.93)

──心の呟き、平俗の人の存問、普遍的な観念といっても、短くて微妙なところは伝えられないわけですから…。

岸本:ことわざとか、アフォリズムに近づくことになる。

──ええ、ええ。それは、叙景においてもそうで、感覚要素が減るということは、単純に言えば情報量が減ることにつながって、やっぱり作品同士お互い似やすくなるはずですよね。

単純化を押し進めながら、唯一性を獲得するっていうのは、どうやって可能になるんでしょうか。

岸本:こういうふうには考えられないでしょうか。複雑な世界には、選択肢が100、101、102、103…とあると。単純な世界には、選択肢が1、2、しかない。

しかしその選ばれた2というのが、2.001でも2.002でもない、純粋な2を選択しているのだとしたら。1.999の俳句は誰でも作れる1.998や 2.001も誰でも作れる。しかしぴったりの2。そこまで最適化された言葉の配列というのは、先人の句を見ても、そんなにたくさん、実現されているわけで はない。

──なるほど、最適化された単純さは、見かけと違って、情報量大であるかもしれない。要するにぎりぎりの精度を追求するということですね。

──(生駒)それは措辞において、ということでしょうか。

岸本:「てにをは」をふくめた措辞を、一字一句まで吟味するということに、尽きるのではないかと考えます。

──先ほど「先人の句を見ても、そんなにたくさん実現されていない」と言われましたけど、いや、すごいことを言われるな、と(笑)。名句だらけで、天井がふさがっちゃって、やるべきことがなにも残っていない、というわけではない?

岸本:そういうことではないと思いますね。……自分の調子しだいですね。今日はわりと、さっきの吟行の調子が良かったんで(笑)、そういう傲慢なコメントが安易に出て来るんですが、調子が悪かったら、もうほぼ限界です、とか言うかもしれませんが(笑)。

──(生駒)俳句を作るときって、はじめに措辞は来ないじゃないですか。

岸本:そうですね。

──(生駒)とすると、措辞が洗練されていくっていうのは、ものがあって、観念が頭に来て、それがさらに、推敲の上で巧みになっていくというプロセスですか?

岸本:推敲の過程はあります。しかし、コアになる措辞というのは、たとえば〈わだつみに物の命のくらげかな〉の場合、〈物の命〉ということばが、はじめに浮かんだかもしれませんね。

虚子はときとして観念的な言葉を使います。たとえば「物の命」や「威の衰へ」のように。にもかかわらず、その句は物に寄り添うような生々しさを伴います。「物の命」の語感は、海月の透明な寒天質の質感を連想させます。(「俳句と想像力」『俳句の力』p.200)


──岸本さんが「物の命」という言葉は「寒天質」を連想させる、と書かれていたのには、ぶっとびました。これが、俳句の読みだと

岸本:だからね、くらげから「物の命」が出てきたとはあまり思いたくない。物の命という言葉がスタンバイしていて、くらげとどこかで出会ったのかもしれない。

──わからないですよー、虚子も天才ですし(笑)。

岸本:これ「命はかなき」だと、句がぶちゅっとつぶれてしまいますからね。「物の命」というと、俳句がふわっとふくらむようなかんじがする。「命かなしき」となったら、もう残骸ですからね。この本で「事柄の本質を単純な言葉の塊にしてぬっと読者に差し出す」「言葉の仕掛けによって小さな詩をおおきく響かせる」と書いたのは、まさにこういうことですね。


●虚子という存在

──虚子は、岸本さんにとって、どう言ったらいいんでしょう、拠りどころにされていますか?

岸本:そりゃもう、拠りどころですね。バイブルのようなもんですから。

私は虚子の言葉を金科玉条のように信奉しています。虚子を信じていれば間違いないと実感するからです」(「写生について」『俳句の力学』p.58)

──残された言葉が拠りどころになっている。

岸本:会ったことがないので、そういうことに(笑)。聖書読むのと同じですわね。

──「虚子が見たら何て言うだろう」とか思われます?

岸本:はい、思います。変な言い方だけど、選句をしていて「この句が虚子の句だったら取るだろうか」と考えたり、そういうふうに、虚子を使うことは出来ますね。

──虚子の「人生とは何か。私は唯月日の運行、花の開落、鳥の去来、それらの如く人も亦生死して行くといふことだけ承知してゐます」というような人生観に共感されますか?

岸本:達観したようなところは好きですね。

──(生駒)岸本さんは、虚子の思想については、共感されなかったのかなと思ったんですが。

岸本:虚子の語る思想は、ある意味、われわれを癒す仏教に近い思想ですけど、そのことを論ずるより、やはり俳句自体にこだわっていかないと、と思います。

虚子の「天地存問」という言葉についても、三省堂の編集者の方から、天地に向かって諷詠とか本当にしていたんでしょうか、という疑問もありまして(笑)。それは、文芸上のフィクションに過ぎなかったんじゃないか、というようなことを書きました。

存問という概念自体は、虚子以前からの俳句の独特のキーワードとして否定する必要はないわけですが、虚子が、人格化された天地を本気で信じているかというと、そこまで素朴じゃないよね、と。

原石鼎のような人は、人格が吉野の自然の中に没入していたことがあったかもしれないし、あるいは登山家のような人も、リアルなアニミズムを生きているかもしれない。けれど、虚子は、やはりお座敷の芸にベースがあった人で、「天地有情」とは言いますが、大自然の中に分け入っていくようなアニミズムとは無縁だった、と断言せざるを得なかった。


●へんな人虚子

──虚子の人間性と俳句についてなんですが、虚子は、やっぱり相当へんな人だったと思うんですね。池内友次郎が書いている、女の人が怪我をしていたときのエピソードをご存じでしょうか。

岸本:それは、まったく存じ上げないですね。

父はいつも静かに家に居た。座敷の小机に肘をついてよく書きものをしていた。なにを言いかけても、よかったね、とほほえんで優しく答えてくれた。ある日近所 に独りで出かけたおり、がらす扉に女の手がささりその白い腕に血が流れているのを見た。動転して家に走り帰り、目撃したそのことを父に告げた。そして、そのとき手にしていた折り紙を見せ、だれだれさんから貰った、と、何故かつけ加えて言った。父は、あぶないね、そして折り紙よかったね、と、いつものように ほほえんで答えてくれた。(池内友次郎『父・高浜虚子』1989 永田書房)

──という話なんですけど(笑)。こんなへんな人、いないですよね。たぶん物事が、あまりにフラットに見える人だった。

岸本:それは分かる気がします。目の前のことが、遠いことのように見えるというところがあるんでしょうね。

──この人の悟りの深さというか、業の深さは、その俳句のとんでもなさの中にあらわれていると思うんです。〈大寒の〉とか〈みな愚かなる〉とか。

あとですね『俳句の作りよう』(大正3年)(角川ソフィア文庫)の付録の「俳諧譚」の中で、新派の人間はわれわれの俳句を月並に近いと非難するかもしれないけれど「簡単な景色を叙する上においても、わずかに一字一句の上にその作者の頭の味というものは知らず識らずの間に現れてくる」というふうに書いている。

岸本:「頭の味」ですか(笑)

── はい。岸本さんも「虚子自身の肉体と不可分一体の「芸」」というふうに書かれていて。これは虚子という個性と不可分、と言い換えることもできる。だから、 先ほど「措辞」なんだ、というふうに言われましたけど、措辞以前に、その人の取り替え不可能な「頭の味」、つまり個性とか思想の問題っていうのはあると思うんですよ。

で、あの、岸本さんは、ご自身のキャラクターが、作品に反映されていると、思われますか?

岸本:自分のことはよく分からないですね。

── 岸本さんご自身のことは、私もまったく存じ上げないんですけど、作品だけ拝見して、そうとうへんな人だな、と(笑)。失礼なことを言うつもりはなくて、属人的な独特さというものが、初期から近作にいたるまでずっとあるので。

だから、その「観念」をぽっと出して作品になるっていうのは、ノウハウ的なものではなくて、そういう個性ということもあるんじゃないかな、と。虚子、敏雄、岸本、という。


岸本:……うーん(笑)。


●「あとから来た」作家

岸本:先ほど言われた虚子の〈大寒の埃の如く人死ぬる〉の句で、〈一月の川一月の谷の中 龍太〉のことを思い出しました。先行者利得ということなんですけどね。〈大寒〉の句は虚子のブランドがあって、よくぬけぬけとあんなことを言った、はじめに言った先行者利得だな、と。そう考えると〈一月の川〉も、龍太だから名句になってしまっ たようなところがある。

──芸術にはありますよね。デュシャンとかポロックとか。あとから他人が真似しても意味がないけれど、お一人様一回限りOKという。

岸本:言うたもん勝ち、というね(笑)。もちろん、後から来た人は、先人のいろんな物が見れるという、両面ありますけど。

──ああ、岸本さんは、俳句において「後から来た」人間だという意識はありますか?

岸本:あ、それはありますねえ。だって、自分の前に、虚子・青畝・爽波・敏雄がいることを考えると、音楽で言えば、バッハ、モーツァルト、ブラームス、マーラーと出尽くしたあとの、現代の作曲家のような気持ちになりますよね。

──現代音楽の作曲家って、体に悪そうですもんね(笑)。

──(生駒)岸本さんは、季題を演奏する指揮者として、あるいは季題を演じる、という言い方もされています。

岸本:そういう意味で、俳句は幸せとも言えますね。苦しくなったら、作曲家から指揮者に逃げ込むという手もありますから(笑)。

正直なところ、私自身は俳句を「作ろう」と思うと苦しいのです。自分のたかが知れた才能で、わずか十七音の言葉の塊を一個の独立した芸術作品に仕立てようとはおこがましいとさえ思うのです。むしろ能を舞う能楽師、交響曲を演奏する指揮者、脚本を演じる俳優に自分を擬しながら季題に対すれば、何とかなりそうな気がするのです。(「季題を演じる」『俳句の力学』p.36)


●作家の晩年

──芭蕉の晩年と虚子を並べて論じられて、芭蕉の、子規が否定していた部分を、虚子が同情をもって見ていたというところ、面白かったです。

岸本:芭蕉と虚子の関係はむずかしいですが、なるべく楽しく考えたいと思って、ああいう書き方になりました。

──爽波さんの晩年の句もいくども引かれていて、本書には「作家が年を重ねて深化していく」という裏テーマがあったと思うんですが、岸本さんご自身は、今後に、どういう展望をお持ちでしょう。

岸本:そ うですね。青畝はまだ十分勉強が出来ておりませんし。あと富安風生という人が、青畝がモーツァルトなら、風生はハイドンかもしれない。読んでみないと分か らないんですが。……そりゃハイドンとモーツァルトなら、モーツァルトのほうが偉いに決まっているんですが、モーツァルトにないハイドンの良さというもの もあって、それは狙い所かなと思っています

青邨先生もいますし、ハイドン的な俳人の良さというものは勉強の余地があるんじゃないかなと。

──(生駒)はじめは秋桜子に惹かれたというふうに、書かれてましたよね。

岸本:秋桜子とか誓子はロマン派なんですね。ベルリオーズとかチャイコフスキーとか。もちろん、その良さはあるんですが、だんだんやっぱりバッハ、モーツァルトのほうに。モーツァルト、バッハ級というのが、虚子・青畝・敏雄かな、と。


●俳句は新しくなければならないか

──俳句は、進化していかなければいけないと思いますか。

岸本:「いけない」とは思わないです。変わったらおもしろいし、でも自分が変える能力はない。誰かが変えてくれたらいいな(笑)、くらいのものです

──虚子にしても、すごく変化していった人ですよね。時代によって、選句も作句もぜんぜん違うように見える。いったい何が俳句を新しくするのでしょう。

岸本:個々人の興味だと思います。時代に新風を吹かせることを目的として、自分のポジションとか方法を考えるということは、俳人の場合はありえないという気がします。それを考えること自体が俳句的ではないように思うんですね。

後から見て結果的にそうなるのならいいけれど、新しいことをしようと思って俳句をやると、たぶん、いい俳句できないですよ。思っただけで、手が縮んじゃって。

──現代俳句は、かっては、ほかの全ての現代芸術と同じく、新しく、複雑化し、高度化して行かなきゃいけないんだという宿命というか強迫観念を、共有しながらやっていたと思うんですけど、いつごろそういう考えから、自由になっちゃったんだろう、と思うんですよね。

岸本:みんな、強迫観念とかじゃなくて、好きこのんで書いていただけじゃないかと(笑)、思うんですけどね。人間、十人十色って言いますけど、蓼食う虫も好き好きで(笑)、お互い様なんですね。

まあ、ほんとに新しくなければいけないと思われているのかどうか、そういう立場の人に聞いてみなければ分からないですが。

──表現史を意識すべき、とか、芸術は過去を否定し発展していかなければ、という考え方もあると思いますが。

岸本:評論を書かれる立場では、そういうことを考えるのが仕事、ということもあるんでしょうけれど、私は実作者なんで、そういうことを考えると手が縮む、という、それにつきますね。

── 伝統俳句の中で、新しい生産的な理論があまりない、というか見たことない、というのが現状だったので、『俳句の力学』と『俳句の力』の二冊は、ひじょうに大きな意味があると思います。将棋の羽生がときどき一般向けの本を書いてくれるのに似た、思考の一端に触れられるという喜びがあります。

岸本:そんなに立派なことではなくて、ものを理論的に考えるというのは、嫌いな性質ではないですし。考えたことを、書いて吐き出すと、頭が軽くなるんですね。頭の中に入れたままにしておくと、もやもやが残って作句のさまたげになる(笑)。今日もだいぶ、お話しして、頭を軽くさせていただきました。


●季題について

── 私(上田)自身は、季題について、約束ごとだし、それ抜きでは俳句になりにくいので使う、というスタンスです。それは、岸本さんのご著書にも現れてくる考え方俳句は季題と季題以外の部分で構成される十七音の詩である。この極小の詩が鑑賞に値する作品になり得るかどうかは、季題と季題以外の部分との関係をどう構築するかにかかっています。「季題を演じる」『俳句の力学』p.40でもあるんですが、ご自身にとって、季題は、俳句の機能以上の意味が(当然あると思い ますが)ありますか。

岸本:中学生で、俳句を始めたとき、興味はまず季語にあったんです。角川書店の文庫の歳時記を、読んでいましてね。季節ごとの人間の生活や、民俗学的なものにも興味がありましたし、生き物も好きだし、自然も好きだし、四季折々の美味しいものを食べる、とか、生活を楽しむという素直な意味でいいですよね。

生活を楽しみながら、詩が出来るというのは、シンプルな喜びです。ひじょうにポジティブにとらえている。ひとことで言うと「季語が好き」ですね。

──俳句の一機能、というより、それ自体「よろしいもの」であると。

岸本:書き始める前に、歳時記の一読者であったわけですから。

──なつかしい場所、ってかんじですかねえ。

岸本:「蚊帳」とかいいですよねえ。「花」とかねえ。

──『健啖』は、ほんとに季題諷詠だなあと思っていたんですよね。自選の句がみんな、「この時期の」という季語なんですね。盆の、とか、月祀る、とか、旬とか。 

岸本:それ以前は爽波撰、というものがございまして、「物の季題を使え」とか、手取り足取り、大リーグボール養成ギブスのように言われることがありまして、わりと言うこと聞いていたんですね。だから、先生、長生きされたら決裂していたかもしれませんが(笑)、まあ、田中裕明さんだけはずっと自由にやっていたので、 いずれ、ある時期からうるさく言われなくなったのかもしれません。それで、爽波撰というものを離れて、そこから季題の方へ行ってみた、ということですね。

──『健啖』から『感謝』の間が十年、この間の俳句の変化というものはあるんでしょうか。

岸本:自分では、『鶏頭』から『健啖』への変化ほどは、はっきりわからない…似たようなことやってるというのが正直なところですね。

── じつは『感謝』を拝読しながら、どこかで『鶏頭』的な感覚的鋭さを求めていたような気がするんですが、『俳句の力』を読ませていただいたあと、『感謝』を読み返してですね、ああ、うまいこと俳句が「鳴る」もんだなあ、というふうに、これまでと違う読み方をするようになりました。

岸本:虚子が、俳句を鳴らしているというのは、まったくそうですよ。すごく気が楽になりますよね、鳴らせばいいんだと。秋桜子や誓子は、自分の声で一所懸命歌っているんだけど、虚子はバチを持って俳句をばーんと叩いて、自分は黙っている。

──言葉の上ですべてを実現しようとするのではなく、読み手に響くように「鳴らす」んだということですよね。「想像力」に託すとも言われていますけど、相手の心に何かを起こすように、言葉をひじょうな巧みさで使う。

この本の大元のアイデアはいつごろからのものですか。

岸本:芭蕉が出てきたのは、作句上の興味でして、感覚に頼った華奢な俳句から 感覚に頼らない骨太な俳句を目指したいわけですね。そうすると、凡兆や去来は視野に入ってくる、それから大正の俳句。素十はまだ華奢ですもんね、やはり石鼎とか普羅ですね。

──素十は、現代俳句につながっていくほうの人だと思います。

岸本:華奢だけど精巧で、すばらしい。好きですけど、石鼎とか普羅には、素十にない馬力がありますわね。

──よく〈山川に高波も見し野分かな〉の句を引かれますね。

岸本:その馬力ですよねえ。

──〈雪に来て見事な鳥のだまり居る〉この「見事な」も、ちょっとうっとりしますね。

岸本:迂回ですよね、遠回し。遠回しの写生って言うのが、テクニックの難しい面白い部分ですね。

──遠回しの叙景……遠回しの抒情、というふうにも言えるんでしょうか。

岸本:ええ、おそらく言えると思います。ストレートに言っちゃうと、俳句って薄っぺらになっちゃいますから、いかに遠回しに持っていくか、遠回しでありながら、的をはずさないという表現にあこがれるわけですね。

飯島晴子さんだったかもしれないですが「俳句をいかにゆっくり読ませるか」ということを言われていて、スピードで読ませるというのもありますけど。両面ですわね。十七音が伸びているように思わせ、迂回し、引き算し。あとは緩急ですね。十七音の中で、濃いところ薄いところを作って、という。

そういう話は「俳句」誌に連載していた「名句合わせ鏡」のほうで、書かせていただきました。あの中に、虚子以降の俳句は、三橋敏雄とか河原枇杷男まで入れていますから。

──ご自身の俳句で、変わらないものはありますか。

岸本:季題重視の考え方っていうのは、変わらないですね。季題の噛み砕きという発想はかなりしつこくやりましたし、二句一章は否定しませんが、季題をとってつけたような使い方にはネガティブです。

『鶏頭』『舜』では季題を離す作り方もしていますが、あれは早く卒業したかった作り方です。〈酔ふ人を押せば倒れてきりぎりす〉なんて書きましたが、あれは「ホトトギス雑詠選集」の〈折檻の我口吃るほとゝぎす 萍雨〉とおんなじ書き方で。

あのやり方は、かなり神経をすり減らしますし、できあがった句にいつまでも自信が持てないのでね。それよりは〈また一つ風の中より除夜の鐘〉のような句を連発したいですけど、それは無理ですね(笑)。

ほんとは一元的な句って好きなんですよ。ただ、それだと、数が出せない。組合せで作らないと句の数が出ません。組合せの場合、季題が句全体にしみこむようになっていなければいけないと肝に銘じているし、人の句でそうなっていないものに対しては、きびしいです。

──(生駒)「季題を殺す」という文章を書かれていて、それは殺して生かすということなんで同じなんですね。

本を読んでくださった深見けん二先生から、季題を殺すっていう言葉にはどきっとしたけれど、季題を殺して生かすということなんだと分かって安心した、というお手紙をいただきました。

じつは最近、季題から素直に展開している句も多いですね。『鶏頭』や『舜』の時はそれなりにがんばって、いったん普通語にしてから使っていたんですが、段々横着になってきて、季題を季題として使うということも多くなって参りました。

──それが、今の岸本さんにとって、気持ちがいいということなんでしょうか? 

岸本:あるていど、安心して、ということですね。それは慢心ということかもしれませんが(笑)。季題を季題のまま使っていると、それを軽舟氏に指摘されて、反省半ばです。もっとほんとうは、季題をいじめて使わなければいけないですね。

そういえば、三橋敏雄さんは、意外と季題をいじめていないので、その部分はめちゃくちゃ強靱ではない。観念を立ち上げて、季題を嵌めないと十七音にならないんじゃないか。無季には、やはり馬力にあふれている句もありますが、むしろ季題がはまってほっとひと息という、ある意味、われわれと似たようなところがあって、ひと安心です。想像を絶する天才ではないかも、しれないという(笑)。

私の場合はもうすこし、季題に寄りすがることは許されると思います。三橋さんほど才能がないとすると、その分、季題に寄りそわないと無理だろう、と。

──それは虚子と共通する……。

岸本:それはそうだろうと思います。虚子より三橋さんのほうが上手いし。

──(笑)そうなんですか?

岸本:そう、思いません? 純粋な技の上手さだと敏雄と青畝でしょうね。さらに言えば、三橋敏雄は青畝以上のところがあって、一番かなあと思うんですね。敏雄は季題を離れた部分での自在さがすごいです。

──青畝には「物の命の」に通じるような、よくこの言葉出たなっていうのがあります。

岸本:虚子、青畝は、季題とともにある自在さで、だから敏雄さんの場合は、季題とのシナジー効果は薄い。その間に道が(笑)、まだまだ何人か、何十人かは行ける。程度はともかく 全く同じにならずにすむことはありえますね。

──青畝は調べがありますしね。

岸本:関西仕立てのね。

──ほんと、お話しは尽きませんが、いったん、では二次会場の方へ移動ということで。


(次号(3)に続く)



眩しく見つめる ―岸本尚毅句集『感謝』を読んで 生駒大祐

眩しく見つめる
―岸本尚毅句集『感謝』評

生駒大祐

「天為」2010年2月号より転載


『感謝』は岸本尚毅の『鶏頭』『舜』『健啖』に続く第四句集である。

九月の終わりの本郷句会において、尚毅から東大学生俳句会の皆にと直接手渡された。白と青を基調とした装丁、『感謝」という句集名、そして表紙にあしらわれたコクトー。そのすっきりとした外見は、初期の尚毅の作風である季語の懐ぎりぎりまで切り込んでいく写生の切れ味を思い起こさせるものであったが、内容は第三句集までのものと比べると大きな変化があった。

この稿では句集の傾向を考察しながら『感謝』を論じていこうと思う。

『感謝』には指示語が多数使われている。これまでの句集ごとの指示語を用いた句の数は『鶏頭』『舜』『健啖』が各約一〇句ずつ、『感謝』三五句と増えている。これは近年の尚毅の傾向であり、作句の変化を表していると言える。
『感謝』中の指示語の用法に大きく二つあり、ひとつは

 女郎花きのふの月もこんな色
 この寒さ大陸よりぞ饂飩食ふ

のように、指示語の指示対象が作者以外に分からない用法。もうひとつは

 穴開きて其処より黴びてゐたるもの
 その中へ中へと日ざし春木立

のように、同意語の反復を行うときに代名詞として用いる用法である。

前者の用法は指示対象を言わないことで曖昧な印象を与える。尚毅は写生について『かつて職場の上司からこんなことを教わりました。「曖昧なことを、それが曖昧であることが明快にわかるような文章を書くべし」と。(中略)「曖昧であることを明確に」とは、会社の仕事だけでなく、俳句の要諦でもあると思われます。』と書く(『俳句の力学』)。

女郎花の句や饂飩の句において、月の色への印象も寒波による寒さの具合も作者の主観にすぎない。このことを明快に表現するために尚毅は指示語を利用する。初期の句集における尚毅の印象は「単純複雑を問わず、あらゆる事象を明確に、そして韻律を崩さず軽やかに描写する」というものだった。その印象は変わらないが、その「明確さ」の振れ幅は句集を経るごとに大きくなっている。

 空蝉のすがれる百合の途中かな
 現れて消えて祭の何やかや

空蝉が脚を曲げ体を丸めて掴まる姿勢を「すがれる」と書き、百合の茎の部分を「途中」と書く。また、祭の人や神輿、夜店、声の一切を何やかやの一言で表す。書くことも、書かないことも明確さなのである。

一方、後者の用法において尚毅は徹底的にテクニカルだ。「穴開きて」の句では、尚毅の目は穴に集中している。「其処」と言いなおすことで、黴びているもの全体ではなく穴に句の中心を持っていく。「春木立」の句では指示語を用いることで、春木立を句に出す前に日ざしを見せ、切れを作る。指示語を用いることで指示対象は置かれる場所が自由になり、無理のない韻律が生まれている。

同意語の反復と言えば、『感謝』には並列表現や反復表現が多い。

 藻と思ひ泥と思ひてうららかに
 鳴る如く光る如くに寒かりし
 蝶々の大きく白く粉つぽく

などがそうであり、句集中に約四〇句ある。これらの句を読んだとき、初めは少し不思議に思った。爽波の俳句スポーツ説などを参照すれば、写生の根底を成すのは反射的な作句力である。藻であるか泥であるかと迷っていたり、「鳴る如く光る如く」と比喩を重ねたりすればその瞬時性が鈍るのではないかと。

しかし、よく考えてみるとそれは真逆であった。これらは同時に「来る」のである。

反射的とはある景を見てそれが言葉になるタイムラグの小ささを指す。例えば蝶を見たとき、まずおおまかな大きさが分かり、続いて色が、最後に羽の質感が感ぜられる。尚毅はその一瞬をハイスピードカメラの映像を見るかのように言語化しているのだ。そこには瞬間の思考の流れが丹念に描かれている。尚毅の詠みぶりはゆったりしているようでやはり瞬間的であるのだ。

指示語の句全体に共通する点として、指示する側としての作者の目が句の中に現れるという効果がある。『感謝』の句には詠み手たる尚毅の存在が暗示的に現れた句が多い。

 この家は物呉るる家地蔵盆
 雨止んでそののち長し秋の暮
 秋の妻数かぎりなき人の中

この家と言われても作者以外にはどの家かわからない上に、誰にでも物をくれるわけではないだろう。物呉るる家という表現は尚毅の全くの主観である。雨が止んでその後が長いというのも、別に雨と雨の間隔が開いているというわけではなく、雨という出来事が終わった秋の暮という平坦な時間を作者が持て余しているのである。

妻や子供の句が見られるのは尚毅の以前よりの特徴の一つであるが、妻や子を句に詠みこむということは否応なしに夫・父たる姿を句の中に現前させる。これらの句は作者の姿がおおっぴらに文字に現れていないが、句の世界の中には作者たる尚毅の影の残り香が漂っている。

尚毅は前述の『俳句の力学』において虚子と外山滋比古の言葉を引いて、写生には「写し取る」だけの第一段階と、「心が動くままにその花や鳥も動き、心の感ずるままにその花や鳥も感ずる」第二段階、「花や鳥を描くのだけれども作者自身を描く」第三段階があり、第二段階は外山の言う「熱き情緒が対象へもち込まれ、対象まで熱っぽくしてやまない」感情移入であり、第三段階は「自然がつめたく心の中へ進入してくる」客観移入に当たるのではないかと書いている。

尚毅はこれまでの句集において、主観の熱を恐れて客観的な描写に徹していたように思われる。それがこの『感謝』では主観を利用して写生のさらなる高みに挑戦しているのではないか。

 冬夕焼押し沈めたる如くあり
 夏よりも秋の暑さの萩の露

尚毅の感覚は冬の夕日のへしゃげたようになりながら沈む情景に大いなる手を夢想する。「萩の露」の句においては、季語と助詞で一句をなすという凝った一句ながら、そこに描かれる情景は感覚的によく分かる自然なものである。

これらの句が何段階目にあるかは判断を任せたいが、韻律の確かさがこれらの句をより格調あるものにしていることは確かであろう。

指示語を通して『感謝』を眺めたが、感謝の中で忘れてはならないのは故人を含め人間への眼差しである。先に述べた妻子の句もそうであるが、

 初寄席に枝雀居らねど笑ふなり
 その妻のこと思はるる不器男の忌
 ある年の子規忌の雨に虚子が立つ
 口ずさむその句その名や爽波の忌
 裕明の初盆なれば迎鐘

俳人や文化人の死を通した景は、無理な取り合わせのない素直で静かなものである。自らに主観を許しても、尚毅の俳句は揺るがない。周りの人々へのあたたかな眼差しと自然への冷たい客観を兼ね備えた俳句は軽やかな韻律に乗って未来へと響く。

『感謝』に繰り返し現れる日の光のモチーフは、尚毅が俳句の未来を眩しく見つめる姿なのかもしれない。

 低きより出づる冬日を立ちて見る

虚子的安心感 藤田哲史

虚子的安心感

藤田哲史


岸本尚毅には、どのような作品を作ったとしても、いかにも俳句らしいウィットに着地する不思議がある。言葉に定着する以前にあらわれる彼の詩性の源泉は、ずいぶんむかしから、たった一つだけであり、しかもその泉は、粛々と、同じ質、同じ量の水を湧かし続けている。

 大海鼠箱の形で息づけり

たとえば、処女句集に収められなかったこの作も、先ほど言った彼の不変の詩性を示すものだろう。実はこの作、赤尾兜子の「渦」誌に渦賞の佳作作品として掲載されたもの。処女句集の『鶏頭』の序文では、波多野爽波が「なぜかわが若き日の分身であるかのようなこの好青年の将来を期待して止まない」と書き、爽波自身の青年期をそっくり岸本に重ね合わせる。そして爽波は〈四五人のみしみし歩く障子かな〉〈てぬぐひの如く大きく花菖蒲〉などの作を引くのである。しかし、先に挙げたような作品を見ると、「青」に入会する以前、かなり初期の段階から既に岸本の俳句の骨格はできあがっていた感がある。

先述の渦賞の「大海鼠」などの句を赤尾兜子は評して、「若い岸本君は、早熟にしてすでにイロニーというものを知っていて、それをより新鮮な諧謔へふんだんに持ちこんで、しかしそれなりに成功しているのに注目した。」と書いた。「イロニー」「諧謔」の俳句を多く物した俳人は、といえば、高濱虚子の名前が思い浮かぶが、岸本は素質にちかいところで虚子によく似たタイプの俳人といえないだろうか。

 白雲と冬木とつひにかかはらず   虚子

  ●

で、である。じぶんはその「イロニー」がとても怖いのである。高濱虚子と岸本尚毅の俳句を読んで、とても安心しているじぶんがいるのだ。虚子の「酌婦来る灯取虫より汚きが」を読んでもそうで、その安心感が、どうにも怖いのである。何か麻酔にかかったような気分になる。しかも、それはどこかで似たような感覚を覚えている。

思い出すと、それはNHKの大自然を撮影したドキュメンタリーを見るときの気分に似ている。テレビ画面のなかで、まさしくいま、ジャッカルがライオンに食べられる場面を見ているとする。しかし、ライオンはテレビ画面から出ることはなく、がゆえに、じぶんは安心してライオンはこわい、と思うことができる。ジャッカルの次にじぶんが食べられることはない。ジャッカルはかわいそう、なのだが。

そういう、伝達される側の現実には全く関わりがないと思わせる程度の刺激には、安心感がかならず伴う。ある閾値を越えない程度の刺激を、的確に、伝達される安心感。これが虚子・尚毅のウィットの(作品の)核にある。作り手は第三者的な立場からのイロニーをフィルターとすることで、受け手に刺激を与えすぎない。受け手の自己を揺らがせるようなことがないのである。そして、このような作り手の創作の意図を、「文学的」でないと思うことはたやすい。しかし、自分のことを棚に上げる意識があってはじめて、人は正常な意識を保つことができるものだ。

 大海のうしほはあれど旱かな   虚子

このような句の背後に、旱に対する悲壮感を覚えるような読者はいまい。この句の妙味は、いかにも理屈通りの感慨をなぞったところにある。海に海水が湛えられているのにもかかわらず、大地は旱であるなぁ、という感慨を、申し分ない過不足さで言葉に定着させている。旱による飢えも渇きも、大海の前では、かやのそとなのだ。

こうしてみると、伝達される側に刺激を与えすぎないことこそ、効率よく伝達するための最大の課題といえる。逆にそういう課題を無視すると、

 蝶落ちて大音響の結氷期   赤黄男

の句のように、山本健吉に「あまりに重々しく、笑いが凍りついてしまった句」と一蹴される羽目になる。

  

ここで仮に、「伝達される側が安心する作品を提供する」ことを、作家の完成度のバロメーターにしてみる。すると、田中裕明という作家がいかに「未完成」であったかが、よくわかる。

 初雪の二十六萬色を知る   裕明

この作品が収められた第三句集の時期に関して、岸本は「その頃(第三句集『桜姫譚』の時期)は、月々の句会で裕明の句は爽波選を受けていた。好き放題と見えつつ裕明は爽波の掌上にあった。」と書く。『田中裕明全句集』の句集解題において、岸本は裕明の位置を爽波より下位に位置づける。俳句形式に無理をさせすぎない岸本らしい文章だと思う。その中に、裕明作品の難解さへの躊躇もまた見え隠れはする。

同様にこの「初雪」の句に関して、小川軽舟は「師弟の緊密なキャッチボールの中ではこの句が光って見えたのかもしれないが、一般の読者は疎外感を覚えるだけではないか(「現代俳句の海図」)」と、難を示す。

確かに、「初雪」の句は読み手に大きく負担をかけるところがある。唐突な「二十六萬色」の措辞には読み手の理解を拒む意思が感じられもする。作り手の独断が読み手の閾値を大きく振り切る。そういう作り手における読み手へのイジワルさは、現代においては甘えとも、アマチュア的ともとられかねない。

そういうイジワルさで言えば、難解とひとくちに言っても、草田男の俳句より裕明の俳句のほうがイジワル度が高い。裕明の作品は、平明なようでいて読み手に深い読みを求める度合いが強い。

 点燈よろこぶ金魚ぞ全身かがやくゆゑ   草田男
 たはぶれに美僧をつれて雪解野は   裕明

草田男は、あくまで精密に、作り手の伝達したいことを一語も余すことなく放出している姿勢である。一方、裕明の作品の「雪解野は」の「は」は、読み手に対し極めて挑発的である。作品が読み手に対してものほしげなのだ。結果、読み手は読みに緊張感を強要されることになる。岸本はこれを未完成の証拠ととるかもしれない。読み手にウェートがかかる場は連句であって、俳句ではない、と。

その点、岸本尚毅という俳人ははじめから読者に負担をかけるそぶりがない。

 木枯らしや目刺にのこる海の色  芥川龍之介

を自らの俳句の出立とする岸本にとって(『セレクション俳人 岸本尚毅集』)、読み手にはあくまで作品への陶酔を求める傾向があるようだ。

 自ら其頃となる吊忍   虚子
 さういへば吉良の茶会の日なりけり   尚毅

先ほどの「読み手への安心感の提供度を完成度のバロメーターとする」仮定を是とするなら、子規以降の俳句の最終形態は岸本尚毅に代表させることができるにちがいない。

それで、だろうか。岸本尚毅以後の作家が俳句を作りにくそうにしているのは。


2010-12-05

岸本尚毅インタビュー(1)「感覚」から「観念」へ

岸本尚毅インタビュー(1)
「感覚」から「観念」へ

今年11月、『俳句の力学』(2008)に続く評論集『高浜虚子 俳句の力』を上梓された、岸本尚毅さんをお迎えしお話をうかがいました。4時間(二次会含む)にわたるインタビューの内容を、3週にわたって掲載します。

2010年11月6日

聞き手 上田信治 生駒大祐 











『高浜虚子 俳句の力』


2010年11月・三省堂刊 1,680(1,600)円 272p
目次
第一章 虚無を飼いならした男(虚無を飼いならす/「虚子」とは何者か/虚子を貫く虚子らしさ)
第二章 俳句の力(沈黙の文芸/逆転の発想/絵にならない俳句/観念を詠む/俳句の不思議な力)
第三章 季題と想像力(「季題を殺す」/季題の風景/虚子と「月並研究」/俳句と想像力)
第四章 孤独な選者( 諷詠について/照れくささの美学/虚子『五百句』鑑賞/虚子亡き世に)
初句索引



●自分なりのノートとして

──新刊『高浜虚子 俳句の力』には、虚子を中心に芭蕉、石鼎、爽波などの作品を通じて、いま岸本さんが「どうやって」俳句を書いていこうと考えているかが、率直かつ明確に語られています。

こういう本を書かれた最も強い動機は何ですか。


岸本:この本のコアになっている部分、第二章の「沈黙の文芸」「逆転の発想」「絵にならない俳句」「観念をよむ」「俳句の不思議な力」という五つの文章は、私が30代半ばの時、「俳句研究」誌に「虚子現前」というタイトルで書かせていただいたものです。

波多野爽波が68才で亡くなりましたのが、私がほぼ30才くらいのときで。以後、先生がいない状態になったわけですが、その時、ちょっとまだ自分が俳句について心許ないという自覚がありましたので、これは虚子に行くしかないだろう、と。

もちろん爽波と虚子の俳句は違うんですが、爽波先生も、選者としての虚子を滋養にしてきたということがありましたから、作句も選句も力をつけていく必要があると考えたきに、俳句の最もベーシックな部分で、虚子がいちばん有益なんじゃないかと。

そこで、虚子の滋養を吸収するために、ノートを作るような気持ちで、虚子の論と句を照らし合わせて、自分なりの虚子像を得てみようというのが、書き始めたきっかけです。


●「観念」というキーワード

──本書のポイントとなる言葉に「観念」という用語がありますね。

人間は事実の中にではなく観念の世界に生きている(…)人間にとって事実より観念の方が切実だ、俳句にとって観念は事実に優先する、そう考えることが虚子の俳句を理解する一つの鍵となります。(「観念を詠む」『俳句の力』p.107)

俳句そのもの、俳句でなければならないものを突き詰めると、何が見えてくるでしょうか。五十一歳で亡くなった芭蕉が最晩年の元禄七年に到達したもの、八十五年を生きた虚子が生涯詠み続けたもの、それは「平凡な観念」と「練達の表現」の組合せだったのではないでしょうか。(同 p.123)

──観念という言葉は、これまで俳句の叱り言葉として使われてきた。

ところが岸本さんは、この言葉を、お考えの核を表わす用語として、ポジティブに使われています。
別の場所で「感覚に頼らない叙景」(「天為」「句集を読む⑨虚子と芭蕉(素描)『芭蕉句集』他」ということも書かれていて、要するに、岸本さんは、「観念」という言葉を、「感覚」の対義語として使われている。

岸本:「感覚」というのは、実作者の立場で、現場に行くと目や耳に入ってくるような視聴覚的な要素を、おおまかに「感覚」の世界と言っています。

「観念」というのは、現場に行かなくても、本とか、聞きかじりの知識から、じわっと醸成されるもので、宇宙観、自然観、あるいはネガティブに言えば、ステロタイプ、固定観念などを含むものですね。

自分自身の作句に引き寄せて言えば、第一句集の『鶏頭』には、皮膚感覚がぎらぎらしているようなところがありまして、なにしろ年齢が20代ですので、吟行に行けば、見るもの聞くものが新しい。私自身は若くして爽波先生のマネをしたおかげで、感覚的なものを五七五にするテクニックを、わりあい早くに身につけることができたので、そのやり方で、どんどん書いていきまして、第二句集の『舜』までは、そういう書き方を引きずっています。

その後、実年齢も俳句年齢もかさんでくると、どうしても「感覚がなまる」ということとですね、椿とか梅とかについては、感覚で捉えられる部分はもう詠み尽くして、自分の能力範囲は埋まってしまった、と言いますか、もう感覚の世界は残っていないことを、認めざるをえないわけです。

その上で、いちばん若かった時の自分を、自分で越えようとするならば、「感覚」以外に栄養を求めなければならないので、「観念」というところに首をつっこまざるをえないんですね。

──「感覚」より広いものとして、あるいは内側にあるものとして、「観念」ということを、お考えになっているということでしょうか。

岸本:そういうことですね。


●類型の海を泳ぐ

──本書で、岸本さんが挙げている「観念」の句というのは、たとえば虚子の、

 大海のうしほはあれど旱かな
 大寒の埃の如く人死ぬる
 陽炎がかたまりかけてこんなもの
 人生は陳腐なるかな走馬燈
 大いなるものが過ぎ行く野分かな


あるいは、芭蕉の


 あさがほに我は飯くふをとこ哉
 病雁の夜さむに落ちて旅ね哉
 此秋は何で年寄る雲に鳥
 物いへば唇寒し秋の風
 秋の夜を打崩したる咄かな


のような句です。また「感覚によらない叙景句」という意味では、

 冬日柔か冬木柔か何れぞや    虚子
 旗のごとなびく夕日をふと見たり
 日凍てゝ空にかゝるといふのみぞ
 雪に来て美事な鳥のだまり居る 原石鼎
 梅雨の海静かに岩を濡らしけり 前田普羅


のような句を挙げられています。

いっぽう「感覚」の句の例として、凡兆の
ながながと川一筋や雪の原〉〈市中は物のにほひや夏の月〉や、素十の〈鰯雲はなやぐ月のあたりかな〉〈空をゆく一とかたまりの花吹雪等を挙げられている。

「観念」の句というのは、いちばん単純化して言えば「思ったことを言ってしまう句」である、とも言えそうです。

しかもそれは、みんなが思っているような平凡なことでもいいんだ、と……。


俳句の力は、俳句の言葉と人々の心の中にある普遍的な観念とが共鳴するところにあります。観念そのものは平凡でも陳腐でもよい。ただその描き方は練達の表現、すなわち「平明で余韻のある表現」でなければならない、俳句にとって個性的な思想や観念も特別な境涯も必要ない、それが虚子の考え方でした。(同 p.122)

岸本:言い過ぎかもしれないのですけれど、たとえば社会心理学などの知見においては「人間の認知はステロタイプの塊である」と言えるらしいですね。

年を取ると、自分だけの物差しやフレームで物を見るということの、限界を意識せざるをえない。よく俳句では、感性ということが、褒め言葉として使われますが、感性はいつかなくなっちゃうよ、ということです。

──いわゆる叱り言葉としての観念については。

岸本:観念の世界は、ブラックホールのような吸引力のある「類型」に取り巻かれていますから、「類型」の罠にかからないように、泳がなければならないということでしょうか。

その泳ぎ方が分かっていて、昔からの他人様の垢の浮いているようなプールで、平気で泳いでいたのが、虚子、青畝。そうではなくて、自分の新しいプールを作ろうとしたのが、誓子や秋桜子、というふうに言えるかと思います。

──じつは、寺澤一雄さんが、江戸中期の三宅嘯山という人の句について、書かれていることがあって。


打上た花火ゆゆしきゆとり哉 嘯山
この時間をちょこちょこと写生するよりも、「ゆゆしきゆとり」と主観的に言い放ったほうが真実に近づくのである。  

秋の暮毎日あつて淋しけれ
 嘯山

普通のことを感情こめて俳句にしている。この直情は好きだ。

(寺澤一雄「江戸俳句・秋」2008年1月『晩紅』第29号/週刊俳句180号に転載)

──これは、岸本さんと、ほとんど同じことを言われているのではないかと。

岸本:ああ、そうですね。まったくそうだと思います。


●「観念」のチャンピオン・三橋敏雄

──ここで寺澤さんの言う「真実」というのは、どういうことだと思われますか。主観的に、普通のことや当たり前のことを言って、読者の心を動かす真実……。

岸本:上田さんの言われることに一番近いのは、三橋敏雄さんの句じゃないかと思います。

虚子、青畝、爽波という名前を出しましたが、そこには、敏雄を必ず加えなければならないと考えております。〈撫でて在る目のたま久し大旦〉とかですね。ぬっと当たり前のことをつかみだして、読者の前に差し出す。

爽波と虚子は「句触り」が違うんですが、敏雄には非常に虚子と似たところがあって、ある意味、感覚のチャンピオンが爽波で、観念のチャンピオンが敏雄というふうに言えるのかもしれません。そこに飯島晴子をもってくると、その軸が交錯するのですが(笑)。

三橋敏雄の、誰でもできそうでできない、俳句の力を、ある意味どうやって真似ようかという(笑)。

敏雄は、本人の意志としても作品の成果の上でも、俳句の根っこというものを、純粋に究めた作家だと思います。ものすごくオーソドックスな俳句であって、観念というものを一番すなおに流露させた作品ではないか、と。観念的であって、生々しい。現実以上に現実らしい、とも言える。

──〈石段のはじめは地べた秋祭〉とか〈表札は三橋敏雄留守の梅〉(笑)。

(笑)あれですよねえ。三橋敏雄さんの、個々の句を見ていったときの打率の高さ、一句一句、内容を言えば陳腐であったり平凡であったりするものを、練達の表現でなまなましく生き生きとした俳句にする、という驚きがある。

私は、ある意味で、三橋敏雄は究極の俳句の天才だと思っていて、もう仰いで止まない……モーツァルトを見るサリエリのような気持ちで、敏雄のことを考えますよ。彼の句を読めば読むほど、自分の能力の乏しさを実感するという……爽波先生の底力は、私としてはそれなりに見極めることが出来たという感じはあるんですが、三橋さんの句は怖い。

三橋さんのあの言葉の出しかた、言葉の出て来かたって言うのは、逆立ちしてもマネが出来ない。もっとも、彼には僕の句は作れないだろうなという部分もあるので、それが自分自身のアイデンティティになるような部分もあるわけですけど。

たぶん、言葉への依存度というのが、三橋は高いですね。爽波さんのほうが、即物的な手触りがある。それは、敏雄の、弱点と言っちゃいけないけど、あえて、その部分は残してくれたと考えて、爽波よりも観念的だけど、敏雄より即物的なところっていうのは、まだすこし自分にも耕す余地があるのではないかと、考えている次第です。

──後期の句集に注目されますか?

全体に渡ってです。初期の〈青のなか〉〈鐵バクテリア〉とか、あのへんはちょっと、あの時代の句だと思うんですけど。『真神』『鷓鴣』。…『長濤』もいい句集でしたねえ。


●「観念」と平凡陳腐を分けるもの

──あらためてうかがいますが、岸本さんの言われる「観念」と、平凡陳腐を分けるものは、何でしょう。虚子でいえば〈人生は陳腐なるかな走馬燈〉〈大寒の埃の如く人死ぬる〉のような句ですね。感覚は、その都度感じるもの。観念は、あらかじめ分かっていること。既知の内容を言って、なぜ、面白いと思えるのか。

岸本:説明しにくいところなんですが……。〈人生は陳腐なるかな走馬燈〉は句も陳腐ですからねえ。あれは名句ではない、ということは、言っておかなければなりませんが。

──前著の『俳句の力学』で、外山滋比古さんと飯島晴子さんの理論を援用して、「俳句のかたちで認識した世界」「つめたく心に進入してくる」(『俳句の力学』p.65)ということを書かれていて、あれは重要かな、と思ったんです。外山さんの言うのは、「感情移入」じゃないんだ、ということですね。

「心理の層で生温くなってしまうようなものは、そこで深化を止めてしまう」、その心理、感情のレベルのものが、平凡陳腐のレベルにとどまる、虚子のいわゆる「小主観」というものかもしれない。心理のレベルでキャッチされてしまうものは、体温で生温くなってしまうのだとしたら、心理、感情のレベルではないところに「つめたく進入」することが、観念が陳腐にならない、ということなのではないかと。

岸本:それは、まったくそうだろうと、思いますねえ。

『俳句の力』は30代で書いたものと最近書いたものが、両方入っているのですが、最近書いたものの言い回しで、比較的上手に言えたな、というところが二つありまして。ひとつは「虚子が詠むのは「日常」であって、「日常の哀歓」ではありません」(「虚子を貫く虚子らしさ」『俳句の力』P.50)というところで、わりと良く書けたなと思っているんです。

つまり「日常の哀歓」を、諷詠に乗せてしまうと、すごく陳腐になる。だから、哀歓は落として、哀歓の根っこにある「日常」という部分だけを描くならば、外山先生のいうように「つめたい」まんまですよね。哀歓をつけるとあったかくなっちゃう。そこは作句の重要なポイントですね。

──なるほど。言われてみれば、「日常」という観念なんて、あらかじめあるものではない。俳句で提出されてはじめて、カッコつきの「日常」というものが立ちあがるわけですね。

ちなみに、もう一つの上手くいった部分というのは……。

岸本:もうひとつは「無感動を装った無表情」「ノイズのような小感動を消し去る」というところで、ここは、正確に書けたかなと思っています。無感動・無表情という本質からすると、哀歓という部分はノイズなんですね。


虚子の本質は、無感動を装った無表情です。虚子の句は、ノイズ(雑音)のような小主観を消しさった俳句です。ノイズのような小感動を消し去ることによって、物事の本質がぬっと現れることがあります。それが、本当の意味の俳句の力です(同 P.49)


●ノイズの中から純度の高いものを掴み出す

岸本:これは悪く言うわけではないのですが、最初からノイズを切り捨てたような世界を一から構築する、髙柳重信のような作風と、虚子や敏雄はすこし違います。

私の好きなのは、ノイズのある世界から、ノイズをあえて消し去った、というんでしょうか。ノイズの中から純度の高いものを掴み出すプロセスがあるもの、そういうものには、強烈な手触りがあります。重信の句には、穀物から生まれたお酒ではなくて、初めからお酒として生まれたようなさびしさを感じる。私はすこし重信に冷淡なんですが。

虚子とか敏雄は、最後は物凄く純度が高いものに行ってるんだけど、その前段階ににノイズにまみれた作句のプロセスがあって、その電位差のようなものが、いわく言いがたい作品の力になっているのではないか、と。

爽波は、それを方法として明確に言っていまして。一つの季題で五句十句二〇句と作っていくと、深くなり、求心的になってくる。初めはノイズをノイズとして書き留めていくわけでしょうが、そのノイズを消していくわけですね。 

──(生駒)実験で、サンプル数をあげると、ノイズが減ってS/N比が高まるということがあるんですが、それに近いことでしょうか。

岸本:直感的には、それは間違っていないと思いますね。

──純度を志向する方向感覚があるんでしょうか?

岸本:爽波先生には、アンチ純度志向みたいなものもあって、両方ありました。虚子も敏雄もそうですね。〈山に金太郎野に金次郎予は昼寝〉みたいなね、おもろいやろ、みたいなものもありますね。

──〈鈴に入る玉こそよけれ春のくれ〉とか。

岸本:ちょっと美空ひばり的なうまさを見せつけたというか、手練手管を惜しげもなく誇示した作家でした。


●想像力・諷詠・共鳴


虚子の句の単純な描写は、単純さゆえに読者の想像を刺激し、なめらかな調子がその効果を高めます。「沈黙の力」を信じた虚子の俳句は、最晩年まで衰えを知りませんでした。(「沈黙の文芸」『俳句の力』p.71)

(最晩年の芭蕉の〈秋近き心の寄や四畳半〉〈此道やゆく人なしに秋の暮〉〈此秋は何で年よる雲に鳥〉のような句について)いわゆる「抒情」というほどの明確な情感もありません。ただ、ここに一人の人間がいます、というだけのことを、誰か別の人間に向かって、あるいは天地に向かって呟いている風なのです。(同 p.72)

──岸本さんは、虚子のボーッとした句と芭蕉の晩年の句をつなぐ線を引かれて、凡兆・蕪村から子規にいたる「絵になる俳句」との対照から、「観念」の句というものを析出されるわけです。そのとき本書で言う「観念」には、厳密に言うと二種類ありますよね。

時ものを解決するや春を待つ〉〈此秋は何で年よる雲に鳥〉と、〈冬日柔か冬木柔か何れぞや〉〈旗のごとなびく夕日をふと見たり〉の観念はそれぞれ違うといえば、違う。前者は「主観的叙景」、後者は「平俗の人の存問」。両方、絵にならない俳句ではあるわけですが。

岸本:そこは、この本を整理する上で、自分で自分が何を考えているかが分からなくなるいちばんの難所でございました。概念がきちんと整理されているか、正直、自信がありません。

──いえいえ(笑)、これは岸本さんに、その二方向が一つになる場所があるという直感が、あってのことだと思うんです。

岸本さんは以前、虚子の叙景句と月並的人生観の句について、単純に考えれば、虚子はたんに異なる作風を使い分けていた、ということだろう。だが、私自身はもう少し、このへんの事情を考えてみたいと思う」というふうにも書かれていましたし。


この二つの「観念」が一つのことになる場所というのは、岸本さんが言われる「想像力」「諷詠」という用語のあたりではないでしょうか。前著で言えば「内言語」の共有ということの近辺。

単純化と具象化という相反しがちな傾向を結び合わせるキーワードが「想像力」だと思います。(…)一句の言葉をそのような単純な状態に置くことが、俳句の言葉を最も力強く働かせる(すなわち読み手の想像力を喚起する)条件だということを虚子は知悉していました。(「俳句と想像力」『俳句の力』p.202

虚子の句は(…)読み手の読みを操る手管は玄妙です。構造は単純ですが、読み手がどう読むかを考慮した句の設計は巧妙です。(「俳句の設計思想」『俳句の力学』p.170)

読者の「脳中の理想」に訴える力(「沈黙の文芸」『俳句の力』p.65)

俳句における写生の本質は、作者が描写することではなく、読者に想像させることです。(…)写生は退屈な修行ではなく、むしろ読み手の心の中にある想像力というカンバスに自由に絵を描く愉快な営みなのです。(「写生と読みについて」『俳句の力学』p.83)

これらの句(〈悲鳴にも似たり夜食の食べこぼし 爽波〉〈蜆買つて清浄の息吐きにけり 同〉)は、決して絵を描くような句ではありません。むしろ、作者が感得した直感的な印象(おそらくは、絵に描けないような何か)を、読者が想像力によって追体験できるように、句の言葉が読者の想像力を刺激し、喚起するように機能しています。(「絵にならない俳句」同 p.94)


──俳句の言葉というのは、他のどんな言語行為にも増して、読み手の想像力をあてにして成り立っている、ということですよね。言葉を操ることによって、人の頭に何かを起こすのが俳句だ、と。

「ものの一つかな」「即ちこれを」「いふことを」「思はずや」などの空洞のような言葉が、洞窟に反響する声のように一句を大きく響かせます。(「諷詠について」『俳句の力』p.211)

虚子の句は、写生と諷詠、描写と詠嘆、という二つの異なる言葉の働きを縒り合せたものです。(同『俳句の力』p.213)

外から入ってきた感じではなく、自分の心の中に埋もれていた言葉の塊に光りが当たってキラッと輝いたような感じ(…)俳句を介して作者の内言語が読者に共有されることが、俳句の目的であり理想であるとも考えられます。(「内言語について」『俳句の力学』p.196)


──「写生と諷詠」「描写と詠嘆」が、思ったことをつぶやくように書く、という意味で虚子においては区別がなく、それが、人の心をもっとも大きく「共鳴」させる言葉として選ばれている……そういうふうに考えてもいいでしょうか。

岸本:共鳴あるいは「共振」ということばは、かなり「諷詠」と近いですね。

──そう、うかがって安心しました。

岸本:どうしても説明不可能な部分はありますが、説明可能な部分については、あちこちに同じことばかり書いていますので、だいぶ分かりやすく言えるようになってきたのではないかと思います。ほんとうに説明不可能なことは、書いても仕方なくて、それは黙っているしか仕方がない。説明不可能な部分を、なるべく説明可能なほうに持っていくという努力はしているんですが、むずかしいですね。


●諷詠──遠回りする叙景

岸本:旗のごとなびく夕日をふと見たり〉というのは、目や耳の感覚を通過せずに、言葉で「遠回り」している叙景だと考えています。

──諷詠的な部分が、遠回りしながら、叙景の機能も果たしていると。

岸本:爽波先生の〈西日さしそこ動かせぬものばかり〉もそうです。古舘曹人さんが、爽波の晩年の句について「ついには叙景さえも捨ててしまう」と書いたことがありますが、目の前の物に飛びつかないわけですね。ピストルのように、まっすぐピンポイントで狙うのではなくて、迫撃砲や榴弾砲のようにいったん変なほうに飛び出した弾が迂回して命中する。目の前の物に向かって直進せずに、全体を大まかに狙っている。そういう写生が、虚子や、晩年の爽波にはあります。

──「たたずまい」ということを、以前岸本さんがインタビューで言われていました。爽波から学んだのは、「感情を切り捨てながら、ものの持っている、その風景の持っているたたずまいを言葉に乗せていくテクニック」(「恒信風4号」1996)であると。

岸本:そういうことかも、しれません。結果的に、あまり、即物的ではなくなってくる。一つ一つの物体でなくて、相互の関係を書くんですね。物体を省略しながら、物と物との関係に言葉の網をかけるようにして。見ている自分との関係もそこに書き込まれて、かっこよくいえば「空間を描く」ということでしょうか。

爽波晩年の〈老人よどこも網戸にして一人〉というような句は、他にはない世界です。『舗道の花』の句は、一つ一つのものが物体として描かれていて、分かりやすいですが。

──しかも、いちいちおもしろい。

岸本:それは、たとえば違和感というような、スパイスを使っているということですね。晩年の句は、そういうスパイスを使わなくても、出汁だけで食べられるというのがすごい。


●諷詠──「歌」にならないように

岸本:五七五であること自体、諷詠であることに等しいわけで、五七五で物を言うことは、予定調和的にならざるをえない。だから逆説的ですが、諷詠は、いかに「歌」でなくするかというのが問題です。五七五の韻律というのは逃れられないんですけど、それを気持ちのいい「歌」として読ませないということは、作者として考える必要がありますね。

五七五は、最低限度の約束ですから、器として五七五はあるんですけど、韻律の心地よさを、なるべくしずめるということでしょうかね、実作としては。

──調子よくなっちゃ、いけないと。

岸本:田中裕明さんの句なんかでも、隠し味のように頭韻があるなんていう指摘は面白いとは思うんですけど、逆にそういう音の効果を句の底に沈めるという考え方もあるかな、と思うんですよね。

──それは、言葉自体を意識させないように、透明にしていくような行き方ということですか? 以前、長谷川零余子の句と鈴木花簑の句を比較して、零余子の句は「作者と風景との間で言葉が通せん坊をしている」(「天為」「句集を読む③微動を求めて 長谷川零余子『雑草』(下))と書かれていて、なるほどなあ、と思ったんですが。

岸本:わりとテクニカルな問題でして、「山風の」と言うか「山の風」と言うか、どちらを選好するかというと、「山の風」を好むということなんですね。

──日常語に近い方がいいと言うことですか。

岸本:山風、と言ったときに生じるプラスアルファの情緒を消すために、山と風に分けたほうを選好するということですね。

句会などで人様の句にアドバイスするケースがあって、たとえば、母とか兄とか妻と言うのを、いったん全部「人」に替えることを提案します。そうすると意味が抜け落ちますから、つきはなした良い句になる確率は高いと見ます。もちろん、それをやると味が落ちちゃってだめだ、となれば、母でなければならない句というのが分かる。

言葉を透明にしていくというのは、具体的にはそういうことかなと。

(次号・(2)につづく)