2010-12-12

岸本尚毅インタビュー(2)最適化された「単純」さ

岸本尚毅インタビュー(2)
最適化された「単純」さ


2010年11月6日 聞き手 上田信治 生駒大祐 

●単純化と陳腐化

──虚子の句には「沈黙の力」があり、それは方法としては、単純化を極めるということだ、ということを書かれています。

岸本:沈黙というより、寡黙というのが本当のところでしょうが。

──ところで、芸術作品の価値をはかる基準に「唯一性」というものがありますよね。似たようなものがたくさん出来るものは、価値が低い。一方で、純度を上げるために単純化した表現は、互いに似たものになりやすくなる。

岸本:そのとおりだと思います。

──それが岸本さんの言われる、俳句の前門の敵後門の敵の、ひとつの現れだと思うんですよ。

俳句には二つの大きな陥穽があります。一つは碧梧桐に見られた写生の暴走、もう一つは月並に堕するという陥穽、いわば前門の虎と後門の狼です。(「虚子と「月並研究」『俳句の力』p.184)

意外性を求めれば読者に理解されないリスクがあり、季題の本意を生かそうとすれば類想のリスクがあります。いわば前門の虎、後門の狼です。(「言葉選びの心理」『俳句の力学』p.93)

──心の呟き、平俗の人の存問、普遍的な観念といっても、短くて微妙なところは伝えられないわけですから…。

岸本:ことわざとか、アフォリズムに近づくことになる。

──ええ、ええ。それは、叙景においてもそうで、感覚要素が減るということは、単純に言えば情報量が減ることにつながって、やっぱり作品同士お互い似やすくなるはずですよね。

単純化を押し進めながら、唯一性を獲得するっていうのは、どうやって可能になるんでしょうか。

岸本:こういうふうには考えられないでしょうか。複雑な世界には、選択肢が100、101、102、103…とあると。単純な世界には、選択肢が1、2、しかない。

しかしその選ばれた2というのが、2.001でも2.002でもない、純粋な2を選択しているのだとしたら。1.999の俳句は誰でも作れる1.998や 2.001も誰でも作れる。しかしぴったりの2。そこまで最適化された言葉の配列というのは、先人の句を見ても、そんなにたくさん、実現されているわけで はない。

──なるほど、最適化された単純さは、見かけと違って、情報量大であるかもしれない。要するにぎりぎりの精度を追求するということですね。

──(生駒)それは措辞において、ということでしょうか。

岸本:「てにをは」をふくめた措辞を、一字一句まで吟味するということに、尽きるのではないかと考えます。

──先ほど「先人の句を見ても、そんなにたくさん実現されていない」と言われましたけど、いや、すごいことを言われるな、と(笑)。名句だらけで、天井がふさがっちゃって、やるべきことがなにも残っていない、というわけではない?

岸本:そういうことではないと思いますね。……自分の調子しだいですね。今日はわりと、さっきの吟行の調子が良かったんで(笑)、そういう傲慢なコメントが安易に出て来るんですが、調子が悪かったら、もうほぼ限界です、とか言うかもしれませんが(笑)。

──(生駒)俳句を作るときって、はじめに措辞は来ないじゃないですか。

岸本:そうですね。

──(生駒)とすると、措辞が洗練されていくっていうのは、ものがあって、観念が頭に来て、それがさらに、推敲の上で巧みになっていくというプロセスですか?

岸本:推敲の過程はあります。しかし、コアになる措辞というのは、たとえば〈わだつみに物の命のくらげかな〉の場合、〈物の命〉ということばが、はじめに浮かんだかもしれませんね。

虚子はときとして観念的な言葉を使います。たとえば「物の命」や「威の衰へ」のように。にもかかわらず、その句は物に寄り添うような生々しさを伴います。「物の命」の語感は、海月の透明な寒天質の質感を連想させます。(「俳句と想像力」『俳句の力』p.200)


──岸本さんが「物の命」という言葉は「寒天質」を連想させる、と書かれていたのには、ぶっとびました。これが、俳句の読みだと

岸本:だからね、くらげから「物の命」が出てきたとはあまり思いたくない。物の命という言葉がスタンバイしていて、くらげとどこかで出会ったのかもしれない。

──わからないですよー、虚子も天才ですし(笑)。

岸本:これ「命はかなき」だと、句がぶちゅっとつぶれてしまいますからね。「物の命」というと、俳句がふわっとふくらむようなかんじがする。「命かなしき」となったら、もう残骸ですからね。この本で「事柄の本質を単純な言葉の塊にしてぬっと読者に差し出す」「言葉の仕掛けによって小さな詩をおおきく響かせる」と書いたのは、まさにこういうことですね。


●虚子という存在

──虚子は、岸本さんにとって、どう言ったらいいんでしょう、拠りどころにされていますか?

岸本:そりゃもう、拠りどころですね。バイブルのようなもんですから。

私は虚子の言葉を金科玉条のように信奉しています。虚子を信じていれば間違いないと実感するからです」(「写生について」『俳句の力学』p.58)

──残された言葉が拠りどころになっている。

岸本:会ったことがないので、そういうことに(笑)。聖書読むのと同じですわね。

──「虚子が見たら何て言うだろう」とか思われます?

岸本:はい、思います。変な言い方だけど、選句をしていて「この句が虚子の句だったら取るだろうか」と考えたり、そういうふうに、虚子を使うことは出来ますね。

──虚子の「人生とは何か。私は唯月日の運行、花の開落、鳥の去来、それらの如く人も亦生死して行くといふことだけ承知してゐます」というような人生観に共感されますか?

岸本:達観したようなところは好きですね。

──(生駒)岸本さんは、虚子の思想については、共感されなかったのかなと思ったんですが。

岸本:虚子の語る思想は、ある意味、われわれを癒す仏教に近い思想ですけど、そのことを論ずるより、やはり俳句自体にこだわっていかないと、と思います。

虚子の「天地存問」という言葉についても、三省堂の編集者の方から、天地に向かって諷詠とか本当にしていたんでしょうか、という疑問もありまして(笑)。それは、文芸上のフィクションに過ぎなかったんじゃないか、というようなことを書きました。

存問という概念自体は、虚子以前からの俳句の独特のキーワードとして否定する必要はないわけですが、虚子が、人格化された天地を本気で信じているかというと、そこまで素朴じゃないよね、と。

原石鼎のような人は、人格が吉野の自然の中に没入していたことがあったかもしれないし、あるいは登山家のような人も、リアルなアニミズムを生きているかもしれない。けれど、虚子は、やはりお座敷の芸にベースがあった人で、「天地有情」とは言いますが、大自然の中に分け入っていくようなアニミズムとは無縁だった、と断言せざるを得なかった。


●へんな人虚子

──虚子の人間性と俳句についてなんですが、虚子は、やっぱり相当へんな人だったと思うんですね。池内友次郎が書いている、女の人が怪我をしていたときのエピソードをご存じでしょうか。

岸本:それは、まったく存じ上げないですね。

父はいつも静かに家に居た。座敷の小机に肘をついてよく書きものをしていた。なにを言いかけても、よかったね、とほほえんで優しく答えてくれた。ある日近所 に独りで出かけたおり、がらす扉に女の手がささりその白い腕に血が流れているのを見た。動転して家に走り帰り、目撃したそのことを父に告げた。そして、そのとき手にしていた折り紙を見せ、だれだれさんから貰った、と、何故かつけ加えて言った。父は、あぶないね、そして折り紙よかったね、と、いつものように ほほえんで答えてくれた。(池内友次郎『父・高浜虚子』1989 永田書房)

──という話なんですけど(笑)。こんなへんな人、いないですよね。たぶん物事が、あまりにフラットに見える人だった。

岸本:それは分かる気がします。目の前のことが、遠いことのように見えるというところがあるんでしょうね。

──この人の悟りの深さというか、業の深さは、その俳句のとんでもなさの中にあらわれていると思うんです。〈大寒の〉とか〈みな愚かなる〉とか。

あとですね『俳句の作りよう』(大正3年)(角川ソフィア文庫)の付録の「俳諧譚」の中で、新派の人間はわれわれの俳句を月並に近いと非難するかもしれないけれど「簡単な景色を叙する上においても、わずかに一字一句の上にその作者の頭の味というものは知らず識らずの間に現れてくる」というふうに書いている。

岸本:「頭の味」ですか(笑)

── はい。岸本さんも「虚子自身の肉体と不可分一体の「芸」」というふうに書かれていて。これは虚子という個性と不可分、と言い換えることもできる。だから、 先ほど「措辞」なんだ、というふうに言われましたけど、措辞以前に、その人の取り替え不可能な「頭の味」、つまり個性とか思想の問題っていうのはあると思うんですよ。

で、あの、岸本さんは、ご自身のキャラクターが、作品に反映されていると、思われますか?

岸本:自分のことはよく分からないですね。

── 岸本さんご自身のことは、私もまったく存じ上げないんですけど、作品だけ拝見して、そうとうへんな人だな、と(笑)。失礼なことを言うつもりはなくて、属人的な独特さというものが、初期から近作にいたるまでずっとあるので。

だから、その「観念」をぽっと出して作品になるっていうのは、ノウハウ的なものではなくて、そういう個性ということもあるんじゃないかな、と。虚子、敏雄、岸本、という。


岸本:……うーん(笑)。


●「あとから来た」作家

岸本:先ほど言われた虚子の〈大寒の埃の如く人死ぬる〉の句で、〈一月の川一月の谷の中 龍太〉のことを思い出しました。先行者利得ということなんですけどね。〈大寒〉の句は虚子のブランドがあって、よくぬけぬけとあんなことを言った、はじめに言った先行者利得だな、と。そう考えると〈一月の川〉も、龍太だから名句になってしまっ たようなところがある。

──芸術にはありますよね。デュシャンとかポロックとか。あとから他人が真似しても意味がないけれど、お一人様一回限りOKという。

岸本:言うたもん勝ち、というね(笑)。もちろん、後から来た人は、先人のいろんな物が見れるという、両面ありますけど。

──ああ、岸本さんは、俳句において「後から来た」人間だという意識はありますか?

岸本:あ、それはありますねえ。だって、自分の前に、虚子・青畝・爽波・敏雄がいることを考えると、音楽で言えば、バッハ、モーツァルト、ブラームス、マーラーと出尽くしたあとの、現代の作曲家のような気持ちになりますよね。

──現代音楽の作曲家って、体に悪そうですもんね(笑)。

──(生駒)岸本さんは、季題を演奏する指揮者として、あるいは季題を演じる、という言い方もされています。

岸本:そういう意味で、俳句は幸せとも言えますね。苦しくなったら、作曲家から指揮者に逃げ込むという手もありますから(笑)。

正直なところ、私自身は俳句を「作ろう」と思うと苦しいのです。自分のたかが知れた才能で、わずか十七音の言葉の塊を一個の独立した芸術作品に仕立てようとはおこがましいとさえ思うのです。むしろ能を舞う能楽師、交響曲を演奏する指揮者、脚本を演じる俳優に自分を擬しながら季題に対すれば、何とかなりそうな気がするのです。(「季題を演じる」『俳句の力学』p.36)


●作家の晩年

──芭蕉の晩年と虚子を並べて論じられて、芭蕉の、子規が否定していた部分を、虚子が同情をもって見ていたというところ、面白かったです。

岸本:芭蕉と虚子の関係はむずかしいですが、なるべく楽しく考えたいと思って、ああいう書き方になりました。

──爽波さんの晩年の句もいくども引かれていて、本書には「作家が年を重ねて深化していく」という裏テーマがあったと思うんですが、岸本さんご自身は、今後に、どういう展望をお持ちでしょう。

岸本:そ うですね。青畝はまだ十分勉強が出来ておりませんし。あと富安風生という人が、青畝がモーツァルトなら、風生はハイドンかもしれない。読んでみないと分か らないんですが。……そりゃハイドンとモーツァルトなら、モーツァルトのほうが偉いに決まっているんですが、モーツァルトにないハイドンの良さというもの もあって、それは狙い所かなと思っています

青邨先生もいますし、ハイドン的な俳人の良さというものは勉強の余地があるんじゃないかなと。

──(生駒)はじめは秋桜子に惹かれたというふうに、書かれてましたよね。

岸本:秋桜子とか誓子はロマン派なんですね。ベルリオーズとかチャイコフスキーとか。もちろん、その良さはあるんですが、だんだんやっぱりバッハ、モーツァルトのほうに。モーツァルト、バッハ級というのが、虚子・青畝・敏雄かな、と。


●俳句は新しくなければならないか

──俳句は、進化していかなければいけないと思いますか。

岸本:「いけない」とは思わないです。変わったらおもしろいし、でも自分が変える能力はない。誰かが変えてくれたらいいな(笑)、くらいのものです

──虚子にしても、すごく変化していった人ですよね。時代によって、選句も作句もぜんぜん違うように見える。いったい何が俳句を新しくするのでしょう。

岸本:個々人の興味だと思います。時代に新風を吹かせることを目的として、自分のポジションとか方法を考えるということは、俳人の場合はありえないという気がします。それを考えること自体が俳句的ではないように思うんですね。

後から見て結果的にそうなるのならいいけれど、新しいことをしようと思って俳句をやると、たぶん、いい俳句できないですよ。思っただけで、手が縮んじゃって。

──現代俳句は、かっては、ほかの全ての現代芸術と同じく、新しく、複雑化し、高度化して行かなきゃいけないんだという宿命というか強迫観念を、共有しながらやっていたと思うんですけど、いつごろそういう考えから、自由になっちゃったんだろう、と思うんですよね。

岸本:みんな、強迫観念とかじゃなくて、好きこのんで書いていただけじゃないかと(笑)、思うんですけどね。人間、十人十色って言いますけど、蓼食う虫も好き好きで(笑)、お互い様なんですね。

まあ、ほんとに新しくなければいけないと思われているのかどうか、そういう立場の人に聞いてみなければ分からないですが。

──表現史を意識すべき、とか、芸術は過去を否定し発展していかなければ、という考え方もあると思いますが。

岸本:評論を書かれる立場では、そういうことを考えるのが仕事、ということもあるんでしょうけれど、私は実作者なんで、そういうことを考えると手が縮む、という、それにつきますね。

── 伝統俳句の中で、新しい生産的な理論があまりない、というか見たことない、というのが現状だったので、『俳句の力学』と『俳句の力』の二冊は、ひじょうに大きな意味があると思います。将棋の羽生がときどき一般向けの本を書いてくれるのに似た、思考の一端に触れられるという喜びがあります。

岸本:そんなに立派なことではなくて、ものを理論的に考えるというのは、嫌いな性質ではないですし。考えたことを、書いて吐き出すと、頭が軽くなるんですね。頭の中に入れたままにしておくと、もやもやが残って作句のさまたげになる(笑)。今日もだいぶ、お話しして、頭を軽くさせていただきました。


●季題について

── 私(上田)自身は、季題について、約束ごとだし、それ抜きでは俳句になりにくいので使う、というスタンスです。それは、岸本さんのご著書にも現れてくる考え方俳句は季題と季題以外の部分で構成される十七音の詩である。この極小の詩が鑑賞に値する作品になり得るかどうかは、季題と季題以外の部分との関係をどう構築するかにかかっています。「季題を演じる」『俳句の力学』p.40でもあるんですが、ご自身にとって、季題は、俳句の機能以上の意味が(当然あると思い ますが)ありますか。

岸本:中学生で、俳句を始めたとき、興味はまず季語にあったんです。角川書店の文庫の歳時記を、読んでいましてね。季節ごとの人間の生活や、民俗学的なものにも興味がありましたし、生き物も好きだし、自然も好きだし、四季折々の美味しいものを食べる、とか、生活を楽しむという素直な意味でいいですよね。

生活を楽しみながら、詩が出来るというのは、シンプルな喜びです。ひじょうにポジティブにとらえている。ひとことで言うと「季語が好き」ですね。

──俳句の一機能、というより、それ自体「よろしいもの」であると。

岸本:書き始める前に、歳時記の一読者であったわけですから。

──なつかしい場所、ってかんじですかねえ。

岸本:「蚊帳」とかいいですよねえ。「花」とかねえ。

──『健啖』は、ほんとに季題諷詠だなあと思っていたんですよね。自選の句がみんな、「この時期の」という季語なんですね。盆の、とか、月祀る、とか、旬とか。 

岸本:それ以前は爽波撰、というものがございまして、「物の季題を使え」とか、手取り足取り、大リーグボール養成ギブスのように言われることがありまして、わりと言うこと聞いていたんですね。だから、先生、長生きされたら決裂していたかもしれませんが(笑)、まあ、田中裕明さんだけはずっと自由にやっていたので、 いずれ、ある時期からうるさく言われなくなったのかもしれません。それで、爽波撰というものを離れて、そこから季題の方へ行ってみた、ということですね。

──『健啖』から『感謝』の間が十年、この間の俳句の変化というものはあるんでしょうか。

岸本:自分では、『鶏頭』から『健啖』への変化ほどは、はっきりわからない…似たようなことやってるというのが正直なところですね。

── じつは『感謝』を拝読しながら、どこかで『鶏頭』的な感覚的鋭さを求めていたような気がするんですが、『俳句の力』を読ませていただいたあと、『感謝』を読み返してですね、ああ、うまいこと俳句が「鳴る」もんだなあ、というふうに、これまでと違う読み方をするようになりました。

岸本:虚子が、俳句を鳴らしているというのは、まったくそうですよ。すごく気が楽になりますよね、鳴らせばいいんだと。秋桜子や誓子は、自分の声で一所懸命歌っているんだけど、虚子はバチを持って俳句をばーんと叩いて、自分は黙っている。

──言葉の上ですべてを実現しようとするのではなく、読み手に響くように「鳴らす」んだということですよね。「想像力」に託すとも言われていますけど、相手の心に何かを起こすように、言葉をひじょうな巧みさで使う。

この本の大元のアイデアはいつごろからのものですか。

岸本:芭蕉が出てきたのは、作句上の興味でして、感覚に頼った華奢な俳句から 感覚に頼らない骨太な俳句を目指したいわけですね。そうすると、凡兆や去来は視野に入ってくる、それから大正の俳句。素十はまだ華奢ですもんね、やはり石鼎とか普羅ですね。

──素十は、現代俳句につながっていくほうの人だと思います。

岸本:華奢だけど精巧で、すばらしい。好きですけど、石鼎とか普羅には、素十にない馬力がありますわね。

──よく〈山川に高波も見し野分かな〉の句を引かれますね。

岸本:その馬力ですよねえ。

──〈雪に来て見事な鳥のだまり居る〉この「見事な」も、ちょっとうっとりしますね。

岸本:迂回ですよね、遠回し。遠回しの写生って言うのが、テクニックの難しい面白い部分ですね。

──遠回しの叙景……遠回しの抒情、というふうにも言えるんでしょうか。

岸本:ええ、おそらく言えると思います。ストレートに言っちゃうと、俳句って薄っぺらになっちゃいますから、いかに遠回しに持っていくか、遠回しでありながら、的をはずさないという表現にあこがれるわけですね。

飯島晴子さんだったかもしれないですが「俳句をいかにゆっくり読ませるか」ということを言われていて、スピードで読ませるというのもありますけど。両面ですわね。十七音が伸びているように思わせ、迂回し、引き算し。あとは緩急ですね。十七音の中で、濃いところ薄いところを作って、という。

そういう話は「俳句」誌に連載していた「名句合わせ鏡」のほうで、書かせていただきました。あの中に、虚子以降の俳句は、三橋敏雄とか河原枇杷男まで入れていますから。

──ご自身の俳句で、変わらないものはありますか。

岸本:季題重視の考え方っていうのは、変わらないですね。季題の噛み砕きという発想はかなりしつこくやりましたし、二句一章は否定しませんが、季題をとってつけたような使い方にはネガティブです。

『鶏頭』『舜』では季題を離す作り方もしていますが、あれは早く卒業したかった作り方です。〈酔ふ人を押せば倒れてきりぎりす〉なんて書きましたが、あれは「ホトトギス雑詠選集」の〈折檻の我口吃るほとゝぎす 萍雨〉とおんなじ書き方で。

あのやり方は、かなり神経をすり減らしますし、できあがった句にいつまでも自信が持てないのでね。それよりは〈また一つ風の中より除夜の鐘〉のような句を連発したいですけど、それは無理ですね(笑)。

ほんとは一元的な句って好きなんですよ。ただ、それだと、数が出せない。組合せで作らないと句の数が出ません。組合せの場合、季題が句全体にしみこむようになっていなければいけないと肝に銘じているし、人の句でそうなっていないものに対しては、きびしいです。

──(生駒)「季題を殺す」という文章を書かれていて、それは殺して生かすということなんで同じなんですね。

本を読んでくださった深見けん二先生から、季題を殺すっていう言葉にはどきっとしたけれど、季題を殺して生かすということなんだと分かって安心した、というお手紙をいただきました。

じつは最近、季題から素直に展開している句も多いですね。『鶏頭』や『舜』の時はそれなりにがんばって、いったん普通語にしてから使っていたんですが、段々横着になってきて、季題を季題として使うということも多くなって参りました。

──それが、今の岸本さんにとって、気持ちがいいということなんでしょうか? 

岸本:あるていど、安心して、ということですね。それは慢心ということかもしれませんが(笑)。季題を季題のまま使っていると、それを軽舟氏に指摘されて、反省半ばです。もっとほんとうは、季題をいじめて使わなければいけないですね。

そういえば、三橋敏雄さんは、意外と季題をいじめていないので、その部分はめちゃくちゃ強靱ではない。観念を立ち上げて、季題を嵌めないと十七音にならないんじゃないか。無季には、やはり馬力にあふれている句もありますが、むしろ季題がはまってほっとひと息という、ある意味、われわれと似たようなところがあって、ひと安心です。想像を絶する天才ではないかも、しれないという(笑)。

私の場合はもうすこし、季題に寄りすがることは許されると思います。三橋さんほど才能がないとすると、その分、季題に寄りそわないと無理だろう、と。

──それは虚子と共通する……。

岸本:それはそうだろうと思います。虚子より三橋さんのほうが上手いし。

──(笑)そうなんですか?

岸本:そう、思いません? 純粋な技の上手さだと敏雄と青畝でしょうね。さらに言えば、三橋敏雄は青畝以上のところがあって、一番かなあと思うんですね。敏雄は季題を離れた部分での自在さがすごいです。

──青畝には「物の命の」に通じるような、よくこの言葉出たなっていうのがあります。

岸本:虚子、青畝は、季題とともにある自在さで、だから敏雄さんの場合は、季題とのシナジー効果は薄い。その間に道が(笑)、まだまだ何人か、何十人かは行ける。程度はともかく 全く同じにならずにすむことはありえますね。

──青畝は調べがありますしね。

岸本:関西仕立てのね。

──ほんと、お話しは尽きませんが、いったん、では二次会場の方へ移動ということで。


(次号(3)に続く)



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