2011-01-16

〔週俳12月の俳句を読む〕月野ぽぽな

〔週俳12月の俳句を読む〕
父の領域
月野ぽぽな



雫   土肥あき子
冬満月焔ときをり咲くやうに

<冬満月>のもとで揺れる焔。 <焔ときをり咲くやうに>の措辞から、焔の中心に窪みができ先端が四方に広がる様子が目に浮かんだ。静かな中にも激しさを持つなんと美しい光景だろう。つい最近、冬至と満月が重なったこともあり冬至の満月を思った。冬至には世界各地で太陽の力が最も弱まる日が無事過ぎ去ったこと祝う冬至祭(クリスマスの起源とも言われる)が行われる。ここでは火は欠かせない。火—その熱は凍える体を暖めその光は闇を照らす—を望む心は人類共通なのだろう。光といえば、わたしの住むアメリカでクリスマスと共に広く知られるユダヤ教のハヌカを思う。八日間、一日に一本ずつ蝋燭を灯してゆくこの祭は「光の祭」とも呼ばれる。人々は祈りの歌を歌い焰は揺れる、<ときをり咲くやうに>。



レッド  上田信治
冬うららか駅の鏡に身を屈め

<駅の鏡>がいい。「服屋の鏡」「眼鏡屋の鏡」の様に用途が明らかで現実的な「鏡」とも違うが、「女の鏡」などの派生的意味を持つ「鏡」でもなく、そうかといって詩的飛躍を凝らした「鏡」でもない。実景に即していそうだが、なくてもよくてでもいかにもありそうという「鏡」。(「駅のトイレの鏡」の実景とも想像できるが、そうだとしたら省略の妙という意味でも)言葉が精選され、「気付くのは難しいが言われると納得できる」という範疇の表現となった。これが作者独自の発見というものなのかもしれない。さて、<身を屈め>ないと鏡に収まらないのだから句中のその人は長身の、おそらく男性(もちろん女性でも構わないが)か。これから旅に出掛けるのだろうか、それとも電車で訪ねてくる人を待っているのだろうか。どちらにしても<冬うららか>の季語がほどよく働き、その人の穏やかに弾む心地が伝わってくる。



玄冬 高橋博夫 
調律の音叉の余韻寒晴るる

調律は楽器の音の高さを特定の標準音と音律に従って整えること。音叉は標準音を得るための道具で一本の細長い鋼をU字型に曲げて中央に柄を付けたもの。 U字型の部分を軽く叩いて、柄の部分を耳に近付けたり共鳴しやすいものに付けて音を響かせたりして音を聴く。楽器は何だろう。ギターだろうか、ピアノだろうか。音叉の混じりけの無い純音が、楽器の音と共に冬の晴れた日の空気に気持ちよく漂っている。



山に雪   広渡敬雄
木枯し一号何となく父のこと
ただ単に「木枯し」と言うのではなく丁寧に<木枯らし一号>と言っているところが印象的。「木枯し」は冬の初めに吹く強い北風、<木枯し一号>は「木枯し」の中でもその年の最初のもの。そしてその折に<何となく父のこと>を思っている句中のその人(おそらく作者か)が見えてくる。もしかしたらその人は個人的な父のことを思っているのではなく、普遍的な父というものを思っているのかもしれない。どちらにしても気象と父との取り合わせが、父の様子や特徴を読み手に彷彿させている。<何となく父のこと>と軽く当たることで得も言われぬ趣も生まれているようだ。



仕様書 灌木
空壜が泥水溜める青野かな

句の中に「匂う」とか「匂い」とか実際に嗅覚に焦点を当てた言葉がなくても、匂いを感じる、もしくは匂いを追憶することができる句がある。「青野」は百草生い茂り、緑深く、草いきれの立つような野原。<空壜が泥水溜める> は、ある出来事———空壜をその場所に運んだであろう人間の気配や、泥水のもとであろう地面を打つ雨や嵐—— とそれらの出来事を含むある程度の時間の長さを読み手に伝える。そしてその上五中七が<青野>と出会うことで、雨が降り嵐が吹くたびに<青野>の草いきれが強く顕在化し咽せかえるほどの草の匂いがしてくるのだ。そして空壜はまた水を溜めてゆく。



聖家族 十月知人
さびるだけさびて鎖は父の土地

一読してこれは実景ではなく(もしくは実景も含みつつ)もっと何か大きなものを捉えようとしている句ではないかと直感した。それは何だろう。たとえば、「鎖」(物を縛るもの)と「父」という字を並べて見ていると、精神分析家ジャック・ラカンの精神理論の言うところの 「父」を思い起こす。「父」は現実の父ではなく、人である限りすべての子どもに割り当てられ、彼らの行為に一定の限界を設ける存在、「掟」の象徴。更に<父の土地>の<土地>は実際の土地の意から<領域>へと広がり、<鎖は父の土地>がラカンの言うところの「父性的機能」と重なってくる。ラカンは、象徴的な「父」つまり掟は言語活動によって生じるとし、人の生活を制御するとしている。そのとき人は自らの限界を思い知るという。<さびるだけさびて>は「鎖」を形容するため「錆びる」と読めるが、平仮名で表記されているため「寂びる・荒びる」とも読む余地があるとするならばそれは<土地>と響き合いはしないか。絶えず縛られているような荒涼とした風景――。この景は人が人である為に通らねばならない精神世界のある場面なのかもしれない。それはまるで夢の風景のような。


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