テキスト版・籾山梓月200句抄 前半100句 西村麒麟選
『江戸庵句集』
春寒や机の下の置炬燵
膝へとる軒の夕日や草の餠
錦手の猪口の深さよ年忘
此の節に友達もなし園八忌
馬顔の使ひあるきや日の短か
腹中にふぐりある夜の寒さかな
双六や眼にもとまらぬ幾山河
道中お話もなく双六の上りけり
『浅草川』
日は雲に夕川寒くなりにけり
寒き日は船もすくなし都鳥
夕闇の空吹きあげて散る紅葉
はらはらと山茶花ちるや畳替
深川や夕日にのこる屋根の雪
夜の雪をつむやそこりの川の底
雪空に似てくもりたる重湯かな
うつうつと寝るや蒲団の穴の中
蕎麦がきをせばやの炭火おこりけり
なかなかに雪は春めく川げしき
春めくや五重の塔に牡丹雪
夕空の寒さも春や鳥の影
ひといろの青きものなく風光る
はね橋やおはぐろどぶの春の雨
春の雪庭先すこしありて置く
花売は昔ながらや春の雨
出すまじとすれどならぬや風邪の咳
あたたかに星うつくしや夜明前
春の日を粥にうくるや椀の中
ちよこまかと小舟あやつる春の川
窓ひとつあくるや炭のおこるまで
ほろにがき二月の雪の白魚かな
さくらもち一籠提げて風の中
魚売や雛にもてくる大栄螺
水のかぎり照るさざなみや春の月
焼芋のまた売るる日や春の雨
京の人京へ帰りぬ春の月
うららかに雲とほす日や松の上
朝露や御用の中をのがれ来て
青柳や鍋洗ふ母鮒釣る子
別れさへ春あけぼのの夢の中
やすやすとぬすむや垣のつくづくし
『冬うぐひす』
何事も堪忍したる寒さかな
片陰なる刀屋の暖簾かな
あらたまのとしのはじめや墓参
馬鹿ほして梅の莟もかたきころ
降る降るとあがるあがると雨蛙
手をぬけて鰈のすべる寒さかな
亀虫のにほひきこゆる座敷かな
おほよそに略して年をむかへけり
かまきりをいとはぬ萩のあるじかな
『冬扇』
母上のお出ましいとど余寒かな
春暑し日傘に隠す東山
材木の奥に帳場や春の雪
春雨や白粉にさす傘の色
恋人を扶(たす)けて登る春の山
いかものの文もなつかし梅座敷
富士の雪うつくし花の蕾む時
藤咲けば谷川山女釣れにけり
猫の子の破る狩野の襖かな
鶯や世にうつくしき弁財天
山はまだ木の芽もかたき小鮎かな
酒塩を焼蛤に利かせけり
深川や女肩なる浅蜊売
鳴き交す二つの池の蛙かな
あつあつの春の炬燵や京の宿
壺焼や壺の底なる浪の音
花漬や湯呑の底の夕ざくら
櫻餠提げて敷居の高さかな
夏の日や黍落雁を袂菓子
暑き日や人見ておろす腕まくり
雲深き處に夏を惜しみけり
酒の外薬を知らず老の春
ちまちまと旅人行くや雲の峯
くちなしや死んで孝行することも
十薬や人に知られぬ人の運
夕顔や共に住まねど生みの母
新芋のうま煮に一つゐる蚊かな
河鹿鳴く板一枚の小橋かな
深川や身はだぼはぜの浮沈
緋目高と目高と別れ別れかな
着るものの上よりいたく刺す蚊かな
浴衣縫ふや思ひやりなき人の為
京に来てひらめかしけり初扇
よそゆきの顔してゐるや手に扇
思ひあふ添寝もくるし夏袋
冷奴隣町まで祭かな
冷奴つめたき人へお酌かな
朝川や涼しき秋の一泳ぎ
肉眼に見る星雲や宵の秋
夫婦して庭にすずむや芝の露
白露や共に苦労をしたる人
臼一つ救ひあげけり秋出水
秋草の中に相撲の土俵かな
誰がおける柿の一つぞ墓の上
薄野に富士をまともの茶店かな
花落のすぐにくびるるふくべかな
人力車(じんりき)の旅や花さく稲の波
沙魚釣りて品川の灯に戻りけり
熊蝉の鳴く都なる暑さかな
がちやがちやもなかなか声をひそめけり
こほろぎや女のやうに苦労性
秋はまだ帯の錦に扇かな
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2011-02-20
テキスト版・籾山梓月200句抄 前半
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