2011-03-20

林田紀音夫全句集拾読156 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
156




野口 裕



「ご冥福をお祈りします」、この言葉がむなしく、しらじらしく感じるほどのことが起こってしまった。

こんなときに、過去を振り返るのは、気を落ち着かせるために有効かもしれない。かつて、林田紀音夫が阪神淡路大震災に遭遇したおりに書いた句をすべて抜き出したことがある。それを以下に記し、これまでのことと、これからのことを考えるよすがとしたい。


断水の蛇口が天に向き変える

軒並みに不意に瓦礫の空雑多

地割れ大きな未明の被災の顔いくつ

薄明の身を苛んで余震の揺れ

午後になる炊き出しの湯気ひとの息

落日を胸に液量過多の都市

軽震の起きて確かにまた夢に

瓦礫また瓦礫テレビそのつづき

九死に一生の震幅卒然と

寝食のいずれも欠けて地震の火

ああと鴉海を近くに激震後

倒壊家屋の暗部の脆さ引き当てる

廃屋のやがて瓦礫の夜の弱震

震災の翳の校庭液状化

倒壊家屋の暗部より罅陸続と

地割れ走る未明の悲運誰彼に

洗顔の水何ごともなく消える

微震また軽震の闇家を出て

 平成八年、「海程」発表句。


薄明の身を苛んで震禍の揺れ

地割れ大きな薄暮被災の顔いくつ

鉄筋の棘忽然と激震地

余震の夜へ枕木を踏み人の列

体感余震暫くは海切切と

炊き出しの昼来て逃げ場ない煙

午後になる炊き出しの湯気ひとの息

体感余震火と水を使うとき

水の来ている午前体感余震の辻

体感余震たびたび死者の翳を踏み

震災の夜へ悲しみの色ともにする

声落とす鴉に瓦礫泥まみれ

昼と夜の背中を押して余震くる

泰山木の花の明るさ悲傷の街

仏壇も瓦礫の類い激震後

はからずも生きて躓き爪を切る

震災の傷口夥しい鉄筋

ヘリコプター凶器余震と共に来る

遠吠えのいまは翼燈見遣りつつ

活断層走る家郷の余震の海

湾岸の昼の日やがて焔の色

埋め立ての沖見て昏れる喉仏

単線の日暮れの色を濃く辿る

震災の地上よりまず火の手あがる

天幕に雨また風の呪詛加わる

残骸として椿の木地震以後

手庇に港湾の昼荷役の音

廃屋の脆い部分に水溜まる

天幕の夜昼おなじ暗さに住む

倒壊の家屋生木を裂く部分

解体家屋の悲喜とりどりの土埃

仏事夜に他人の背中ばかり見る

遊弋の艦船錆びて都市の沖

電柱のほとんど傾ぐ鴉のため

震災の夜が切なくて供花遺す

廃屋の夜は誰彼の灯をすこし

向日葵の昨日につづく今日おなじ

市民課へ矢印電話途中で切れ

漏刻の或る雨だれの夜もまじる

家を組む木の音いまは釘打つ音

 平成八年、「花曜」発表句。


震災の夜へ枕木も兵馬の翳

震度7未明の手足まだ緩み

ヘリコプター浮遊体感余震生み

朝から雨の遙かを給水車

余震繰り返す暗夜のはるばると

軒並みに倒壊の傷男女の声

夜つぴいて救急消防パトカー泣き叫ぶ

余震の身苛んで薄明の裸木佇つ

薄明の身を病んで苛性ソーダの艶

給水車来ている呉越同舟で

炊き出しの列に眼鏡を拭いて待つ

地割れ夜へかなしみの色共にする

倒壊の壁や柱に誰の傷

雨の木が立ち廃屋のまざまざと

廃屋の夜々生きのびて爪を切る

泥土を着て仏壇も瓦礫の中

折々は震災以後の空まぶしむ

 平成七年、未発表句。

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