林田紀音夫全句集拾読 157
野口 裕
むらさきに金閣寺見え水子透く
昭和五十年、未発表句。昭和五十一年「花曜」に、「紫の現つ夕凪供華もたらす」。勘繰ればの話だが、改作は「水子」が作家の伝記的事実から類推される愚を避けるためとも考えられる。案外、作家自身がそう思ってしまったかもしれない。私には改悪に見える。
風鈴に海よりも濃く藍溢れ
昭和五十年、未発表句。この時期、季語によりかかった句を発表する気はなかっただろう。その分、措辞に気楽さがうかがわれ、かえってのびやかな句になっている。作者が思っている以上に、この「藍」に作家の経験すべてがそそぎ込まれている。
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てのひらに天道虫の昼ひとり
昭和五十年、未発表句。紀音夫にとって、天道虫は珍しい素材。ふっとやって来た天道虫につい作ってしまった有季定型句。そんな心持ちに、こちらの頬もゆるむ。
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冥界へ煙草火ともす鏡の中
昭和五十年、未発表句。ベランダでわびしく喫煙していた人が、背後の暗い部屋をふと振り返ったとき、おのれの煙草火を鏡面の奥に見つけた、とも読めてしまう。もちろん、まだ嫌煙権というものが、それほど喧しくなかった頃だから、紀音夫がそんな風景を見たわけではないだろう。異界に引き込まれるような錯覚を起こす句。
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2011-03-27
林田紀音夫全句集拾読157 野口裕
Posted by wh at 0:30
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