2011-04-10

佐藤雄一ロングインタビュー10,000字

傘[karakasa] presents
佐藤雄一ロングインタビュー10,000字


佐藤雄一、詩人。この現代詩手帖賞作家は、ゼロ年代の詩壇に登場した若手詩人のなかでも、ひときわ異彩を放つ活動を行っています。特にそれを示すのが、昨年4月からスタートした、詩歌の朗読パフォーマンスイベントBottle/ Exercise/ Cypher。HIP HOPにヒントを得たというこの詩歌の朗読イベントは、詩歌を詩の世界の外部にひらく試みであり、詩人・歌人・俳人はもちろんそれ以外のジャンルからも多くの著名人が参加。回を追うごとにその開催地域も広がりを見せ、昨年末には世界11都市同時開催するイベントにまで発展しました。今回、傘[karakasa]は、話題のサイファーの仕掛人としての佐藤雄一さんに、現代詩との出会いから今後の展望まで、たっぷりとインタビュー。もしかしたら10年代は、「詩歌の時代」になるかもしれません。

I(インタビュアー):こんにちは。今日は時間を作ってくださってありがとうございます。よろしくお願いします。まず、自己紹介も含めて、現代詩をはじめられたきっかけから話してもらえませんか。このインタビューは「週刊俳句」の中には、現代詩のことについてほとんど知識のない読者もいると思うので……。なぜ、今佐藤雄一という人が現代詩をしているのか。それを訊かせてもらえますか。

Y(佐藤雄一):我孫子[1]までわざわざありがとうございます。最初から直球かつ大上段なご質問で良いですね。
もともとわたしは気象図や星図など理系的なものが好きでした。一方、詩はあまり好きではありませんでした。中学3年のときに「SPA!」の週刊中森明夫新聞[2]に、堀川正美[3]の「経験」が引用されていました。「明日があるとおもえなければ/子供ら夜になっても遊びつづけろ!」です。それが意識的に詩を読み始めたきっかけですね。当時はシャープな少女作家だと思っていました。高校に入りましてから古本屋で現代詩文庫[4]『堀川正美詩集』をみつけて買いました。それからすぐ「現代詩手帖」[5]に投稿しはじめるのですが、たしか「24歳場末のホステス」というよくわからない詐称をしていました。多分、愉快犯的な気持ちだったのだと思います。愉快犯だったからすぐ止めました。当時の入選作を読むと、良くも悪くもウェルメイドです。今より上手いかもしれません。

I:一旦中断するってことですよね。では、現代詩手帖賞を取ったときのモチベーションはまたそのときとは異なるものだったのですね。

Y:倉田比羽子[6]さんが選者でいらしたことが大きかったです。加えて、メディアを作ろうと漠然と考えていて、仮目次案など考えていましたが、さまざまな面で難しく、賞をとるのが早いかもしれないと少し考えました。

I:投稿再開までの空白期間は、どのようなことをされていたんでしょうか。

Y:空白と言うほど大それたものではないと思いますが……ドキュメンタリーが好きでした。王兵[7]、ペドロ・コスタ[8]、フレデリック・ワイズマン[9]、ジャン・ルーシュ[10]、小川紳介[11]、土本典昭[12]、など作家性の強いドキュメンタリーが好きです。彼らはプロットよりもドキュメンタルな映像にアクセントを置くことが多く、ときにノン・ナレーションであったりします。「客観写生」といえるかもしれません(笑)あるいはアンドレ・バザン[13]にならって「存在論的リアリズム」ともいえるかもしれないですね。それらのドキュメンタリーはプロットがあまり重視されず、プロットとは違う継起性がみえやすくなるという点で詩と共通しているようにも思えます。そこが好きです。この点はたぶん一貫していて、小説でも、プロットがありながら、ドキュメンタルな描写に力点が置かれるゾラやバルザックのようなナチュラリスムが好きです。ちなみに池上冬樹という方が王兵のドキュメンタリーをゾラにたとえていました。
山形国際ドキュメンタリー映画祭[14]によく行きました。またアテネ・フランセ[15]や日仏学院[16]にもよく行きました。コンテンポラリーダンスや池田亮司[17]のインスタレーションも楽しみにしていましたし、川村記念美術館[18]や南天子画廊[19]の展示も楽しかったです。ドクメンタ[20]やヴェネツィア・ヴィエンナーレ[21]を見にヨーロッパに訪れたのも良い思い出です。
ひと言でいえば凡庸[22]なひとだったのではないかと思います。

I:そんなことないです。創作だけでなく広範なものを取り込む旺盛さがあるように思えます。その広範な活動の一つとして、現在話題のサイファーにつなげていきたいと思っているんですよ(笑) 現代詩手帖賞受賞後から、サイファー開催までの道のりは、佐藤さんとしては紆余曲折があったのか、どうか。一般的には、投稿欄で頭角を表わすと、次は詩集刊行、という流れになると思うのですが……

Y:受賞後はレビューなど批評的文章を書かせていただく機会が多かったです。先ほど言ったような凡庸な守備範囲で、です(笑)昔は詩人がそういう批評を書く機会が多かったですよね。というより詩人は、ほぼ批評家を兼ねていましたし、ボードレールは、詩人は批評家でなければならないとさえ言っていました。ある種、文化資本[23]のなかで詩が一つの位置を占めていたのでしょうね。文化資本が存在すること自体、批判的であらねばならないと思いますが、一方、文化資本から詩が脱落したことの落胆というのもないといえば嘘になりますので、詩を文化資本のなかに紛れこませることができれば、と考えていましたが、無理でした。
I:「文化資本に紛れこませる」というところから、佐藤さんは「過去の作品を自分の土台の一つとして入れるべきだ」という見方をされているように感じるのですが……

Y:いえ、そのような見方はしておりません。当為ではないと考えるからです。個人的な趣味嗜好としては「お勉強好き」と思いますし、うっかり「勉強するべし」などと口を滑らせて、嫌われるということはあると思います(笑)ただ難しいところですよね。俳句は季語によって、自動的に過去のプレテクストとの差異と関係が幽霊的に浮かび上がるという極めて洗練されたシステムがあるわけですけど、自由詩はそうではないのだから、やはり「現代詩文庫を3周すべし」とも言いたくなります。

 けれど一方で、難解さのために難解さを追求する、というようなそれこそ現代詩初心者が抱きがちなクリシェは駄目だと思いますし、知的なひけらかしに終始したら駄目だと思います。

自由詩は定型がないし、「自由」であるわけだから、単なる「垂れ流し」になる可能性がとても高い。けどそれを嫌うあまり、知的な自己満足に終わったら駄目である、ではどうするか、ということをずっとぐずぐず考えていたですね。

まあ、それで唐突に本題に入りますと、HIP HOPがそのブレイクスルーになると考えました。

とはいえあまりに唐突なので順を追って話してみましょう。

 私自身は、HIP HOPはもともと、2000年ごろからカンパニー・フロウ[24]やアンチコンレーベル[25]などをよく聴いていました。それらは「STUDIO VOICE」[26]で紹介されていたし、それこそ現代詩のようにアブストラクトなリリックもあり、ある意味、文化資本の一部となっていた印象があります。もともと90年代の日本では、BLAST[27]は『FRONT』[28]と言った雑誌を読んで、宇田川町[29]でディグる[30]という様式があったし、結構お勉強文化だったのですが、2000年代初頭になるとK DUB SHINE[31]が「DQN[32]の大将」(宇多丸[33])といわれるように、そのころにはHIP HOPはもうすでにヤンキー文化でしたよね(笑)でも、やがてそのヤンキー文化に入れ込んでいました。当時は札幌平岸(同郷)のTHA BLUE HERB[34],横浜のOZROSAURUS[35],愛知のTOKONA-X[36]などが出始めて、地元レペゼンの流れが出来始めていた時期ですね。その中でもとりわけTBHは、パブロ・ネルーダ[37]や宮澤賢治に影響されてリリックを書いていたくらいで、文科系受けが良かったですし、私も熱心に聴いていました。ですが、TBHはいわゆるヤンキー層にはすんなり受け入れられず、「SNOOZER[38]」のようなロック雑誌で推されているイメージでした。

 固有名が多く出すぎて、やや混線してきましたので、整理します。ひと言でいえばHIP HOPのなかにもヤンキー受けがよいものとお勉強大好きな文科系層に受けるものがあり、その二者は乖離している傾向があったということです。わたしはどちらも好きでしたが、それらは別物だとも思っていました。

 けれど、その二者が2005、6年から重なってきた印象です。いちばん大きかったのがDJ ISSO[39]とSEEDA[40]が中心となってつくられたコンピレーション(選句集のようなもの)の「CONCREET GREEN」シリーズです。ここにはESSENTIAL[41]やSCARS[42]、SD JUNKSTA[43]、SWANKY SWIPE[44]、鬼[45]、PSG[46]など、今のシーンの中心となるラッパーが参加することになります。

 彼らのリリックの内容は、オタクっぽいものから、実際にクスリを売ってつかまった話や被差別部落出身の生い立ちまで幅広いのですが、抽象性、抒情性、陰鬱さ、凝ったフロウ[47]とリリックという傾向が共通していると思います。つまり先ほど言ったTBHのような文科系要素を多分に持ちつつ、THUG(チンピラ)がTHUGに向けたような内容なので、ヤンキー層から熱烈な支持をうけます。ヤンキー層は彼らに憧れてラップをはじめるわけです。またこの頃になると、TBHはヤンキー層に受け入れられるようになります。

 とてもおもしろいなと思い、よく聴いていたのですが、2009年から現場[48]に行くようになりました。当初、現場は高齢化しているのだろうなと漠然と思っていました。というのはハウスやテクノなどの音楽がそうなっていたからです。ところが、現場にいくと10代の少年が多くてびっくりしたのですね。しかも、彼らはわたしの世代が聴いていたクラシック[49]をよく聴いていました。そして少年院に入っていたり、補導歴があったりする方が、コンクリート・グリーン一派や、TBH、MJP[50]を聴き、またそれ以前のクラシックを熱心に学び、高度なリリックを自ら繰り出していたのですね。これがとてもおもしろかったし、詩学全体に関わる現象なのだと思いました。

どういうことかというと、たとえば小西甚一[51]が「雅」と「俗」という区別をしますよね。「雅」はある教養や美意識を共有したもの同士で作品がやり取りされるということですね。ここまでに言ってきた言葉だと「凡庸」とか「お勉強好き文科系」といった言葉と対応しますね。一方「俗」はそのような教養を前提としないナイーヴに受容される文化ですね。これはヤンキー文化などが相当するでしょう。ただHIP HOPの場合「雅」の部分と「俗」の部分をうまく噛み合わせる「俳」の部分があるのですね。KRS-One[52]というひとが「エデュテインメント(エデュケイション+エンターテインメントの造語)」といいます。つまり「俗」にも親和性のある、それこそ、あまり共有前提のない年少者にとって単純にかっこよく、真似したいと思えるスタイルがあり、楽しみとして自分で表現しはじめる。そして、表現を磨くために、クラシックを学んだりする、もちろん楽しみながらです。とくにTHUGな人は、捕まったりして自己否定の感情が強くなるから、「自分が自分であることを誇る」(K DUB SHINE)ために必要栄養素のようにクラシックを貪欲に吸収し、フィロソフィーをかたち作っていくことも多い。そして、彼らの中からまた、年少者が真似したいと思うようなスタイルが生まれ、そして年少者が真似しはじめるという良い循環があるのですね。

そしてこの「循環」の中心にあるのがサイファーです。サイファーは輪になってフリースタイルラップをすることです。俳句でいうと「豆の木」[53]の方々の即詠に近いかもしれませんね。身体さえ持ってくればできますから、全国各地の駅前や道端や公園でおこなわれています。サイファーで、人前で言葉を出し、自分のスタイルが受け入れられるかどうか目の前のあなたに試されるというエクササイズをする、また人のリズムを聴いて自分のリズムも変性していく。サイファーで近所のお兄ちゃんなどからクラシックの何を聴けばよいか教えてもらい、You Tubeなどで聴く。そして同じクラシックを共有した別のラッパーと出会い、さらにサイファーで切磋琢磨する、そうして鍛えた着実なスキルでフリースタイル大会にでて、また新しいラッパーと出会い・・・ということを繰り返すわけです。日本ではUMB[54]が始まったくらいから本格的にサイファーでエクササイズ→フリスタ大会出場という流れが根付きましたが、それが「雅」と「俗」を往還するコンクリート・グリーン的な傾向を用意した一つではないかと考えます。現に、彼らはリリックやPVで道端でのサイファーをこれ以上にないほど美学的に描きます。

これらの現象をみてわたしはアンリ・メショニックや藤井貞和先生が研究していたリズムの動性が具体化されたと思い驚きました。

アンリ・メショニックはフランスの詩学の泰斗です。彼はリズムの語源がギリシャ語のリュトモス(かたちを生成する過程)にあることを受けながら、リズムを狭義の音律ではなく、社会から文藝作品にいたるまでさまざまなレベルで、かたちを具体化する過程として考えます。そして、そのように動的な過程をもたらすものとして、「口承性(オラリテ)」に注目します。たとえばヘブライ語聖書に口承者のアクセントが反映されていたことに注目して「詩篇」を翻訳したりします。

藤井貞和先生はご存知の通り、国文学の大学者であるわけですが、五七調、七五調以前のまだリズムが定まってなかったころ、いわゆる「古日本文学」について研究しています。とりわけ、奄美歌謡などにまだ残っている「掛け歌」のように、順繰りに歌をくりだしお互いのリズムを変性させあう「口承性」に注目します。

どちらもなかなか実証研究が難しいジャンルなのですが、けれど近所の公園で、まさにその「口承性」を実践している人がいる、と。ここには詩歌全体に翻案すべき詩学やフィロソフィーがあるのではないかと考え、去年(2010年)の4月から俳句、短歌、自由詩、小説、戯曲、ラップなんでもありで、自分でもサイファーの実践をはじめてみたしだいです。ちなみにクロスオーヴァーなどでは一切ありません。違うリズムの人間がたがいに押しつけ合わず、しかし共鳴しながら、共棲できる、いわばストリートのイディオリトミー[55] (共棲修道院)をつくれるフィロソフィーを具体的な実践から見出すための試みです。


I:2010年4月からのスタートで、1年も経たないうちに12月には世界11都市の同時開催にまで発展しました。代々木公園で開催された東京サイファーには、谷川俊太郎さんが来られて。質・規模ともに加速度的に成長しているように感じます。

Y:ありがたいですね。谷川さんはもちろん、降神[56]のお二人もたいへんすばらしかったです。いまサイファーは全国でなされています。たとえば、今日は早稲田の学生の方が新横浜でサイファーを行っていると思います。また広島では老人ホームでサイファーが行われたそうですし、また小学校教育でサイファーを取り入れるべきという論文が教育学の紀要で発表されています。サイファーの理念は、「その言葉を受取ったあなたを詩人にするような言葉が詩である」です。これは俳句にも共通すると思っています。意味はわかんなくても格好いいなと思わせる俳句があれば、自分でも書き始めますよね。それを具体的なかたちで提示しエクササイズするのが、結社なり句会だったと思います。この人の俳句を読んで自分も俳句が書きたくなった、書いた作品をこの人に読んで欲しいというのが結社や句会のおおもとですよね。

I:そのような俳句結社のようなコミュニケーションのスタイルはこれまで現代詩では一切なかったのでしょうか。

Y:選民的なサークルではありました。
ちなみに、2000年代はポエトリー・リーディングがとても流行っていました。本場のアメリカではHIP HOPと近しいジャンルでもあるので、日本でも「クロスオーヴァー」のようなことをやろうとしていたひとがいましたが、表層的にみえました。少なくともここまで言ったようなフィロソフィーはあまり見られなかった。「私の傷を見て、私の思いを見て」という人ばかりで、これはひどいなと思いました。自由詩の「垂れ流し」になりやすい部分がもろに出たなと。新宿スポークンワーズスラム(SSWS)というのがあり、ラッパーとポエトリー・リーディングの人が入り混じってトーナメント形式で戦う大会がありましたが、観客として(実際の勝敗とは別に)ラッパーのボロ勝ちという印象でしたね。

ラッパーは、ストリートで切磋琢磨してますが、ポエトリー・リーディングの人はそういう緊張感が希薄で「垂れ流し」になりやすいイメージでした。

とはいえHIP HOPというのはもともとニューヨーク、サウス・ブロンクスのローカルなコミュニケーションだったものが、全世界に拡散したものです。それはさきほど言ったようなコミュニケーションの核となるフィロソフィーに、翻訳耐久力があり、したがって、脚韻、強弱がもともとなかった日本ですらHIP HOPのスタイルが翻案可能になったのだと思いますし、また東京ではなく、札幌などでもシーン形成して全国に発信し億万長者になれるような、モビリティの高いものだと思います。HIP HOPのなかで生産的に機能している緊張感は、そのように翻訳耐久力があるのだから、自由詩にも広く翻案できると考えています。

俳句ですと結社は緊張感がありますよね。選者に読まれるというときに……
I:ある程度冷静になる必要がある。思う存分に出せばいいっていうのはまやかしで、丁度いい力の加減があるんじゃないかな、とは思います。

Y:特定の人間が認めてくれるかどうかというところで作品を出し続けるのが生産的だと思います。ただそのようなコミュニケーションの緊張感は、たとえば小説家だと、文学賞を取って編集者と意見交換するまでは持てないわけです。あるいは今までの詩のようにエリート的なサークルにいなければ持てませんでした。また結社や特定の同人誌に入らなければ、そのようなコミュニケーションに参入できないというのも閉じた印象です。しかし、HIP HOPはそのようなコミュニケーションに翻案可能性とモビリティがあることを証明してくれました。たとえばフラットな郊外でもできます。そのフィロソフィーは広くひろめることが可能です。

I:最後に、今後の佐藤さんの活動、あるいはサイファーについて訊いてみたいと思います。佐藤さんに目指すところ、策略などはあったりしますか?

Y:一つのきまった目標はありません。どんなにいい理念であっても一つの目標を目指して、一つのリズムで動く共同体であることを避けるべきだと思います。くりかえしになりますが、理念として持っているのは、違うリズムを持っている人間が、それぞれ理念を持っていて、けれども、互いに押し付けあわないで、共鳴しあえる、そのようなコミュニケーションを滾々と生み出せるアルゴリズムを一般化することです。そのためのソーシャルメディア、情報インフラがあるとより実効的だとは思います。

ソーシャルメディアというのはいうまでもなく、産業メディアの対概念です。

産業メディアというのは一つのところから、多数に発信するメディアですね。テレビのキー局や雑誌をだす出版社などです。one to manyという構造です。
一方、ツイッターなどのソーシャルメディアはone to oneのコミュニケーションが中心です。そのコミュニケーションを繰り返す中から新しいものが生まれてくる。この流れには本質的な射程があると思います。つまりこの流れは「文学」を破綻させ、代わって詩歌の本来的なフィロソフィーがより前景化するということです。

「文学」、あるいはshoene Literatur[「純文学」と翻訳される言葉です]はごく大雑把に、特権的テクスト、たとえば「聖書」をその国の言葉にどう翻訳するか、どうに読み直すか、ということから始まっていますね。それ以上根拠がないがゆえに根拠の源泉となるテクスト、つまりドグマをどう読み直すかということです。それはone to manyの構造ですね。でもたとえば、「聖書」に関して言えば、旧約聖書は事情が違う。メショニックがいうように、ヘブライ語で書かれていますけど、紙などが発達する前に琵琶法師みたいな人が伝えていた名残が残っていると。

I:口承の文学ということですね。

Y:そうですね。琵琶法師のような人が語りに出て行って、聴衆の反応で変わっていきます。サイファーと似通っていますね。つまり創発的[57]なやり取りで新しいリズムが生まれてくる、人を動かすようなリズムになるわけです。文学以前にそういう時代があったし、今もあります。それは「文学」などより勁く長い流れだと思います。このような、創発的なやり取りは、短歌とか俳句とも相性がいいですよね。そして、「詩歌」の持っているそのようなポテンシャルは、ソーシャルメディアの方が生きると思います。

ちなみにそのこととも関連しますが、最近「文学=革命」という文脈がとりざたされますけれども、まったく乗れません。

「文学=革命」という文脈はわたしの理解ではこんな感じです。ルジャンドル[58]、ハロルド・バーマン[59]などは「近代」が、ルネッサンスやフランス革命からではなく、12世紀ごろの教皇革命から始まったのだと言います。たとえば、それ以前の教会は人を裁くというより「あなたの罪が許されるために一緒に祈ります」という集団でした。でも、教皇革命以後、「ローマ法」というドグマスティックなテクストの読み直しにより、「告解」などで教会が現世のことを裁くようになっていった。政教分離の走りですよね。そのあたりから近代が始まっていると。そして、そのような再解釈が文学であり、革命であると。近年ですと、そういう意味での革命にはイラン革命があるように思います。伝統的イスラーム社会ではイスラーム法学者のファトワー(教義解釈)が重要な意味をもっていました。イラン革命はホメイニ[60]というとても偉いイスラーム法学者が「国王を倒せ」という、詩的な演説をし、それを録音したテープをダビングして、各地で再生して、革命が起きました。これも、one to many ですよね。
けれども、エジプトで起きているようなジャスミン革命は直接的にはフェイスブックが発端ですね(もとは食糧の高騰など下部構造の問題ですが)。もちろん、ソーシャルメディア万能論はとりませんが、one to oneのコミュニケーションの集積が、新しい動きを作ったということはやはり重要です。これに対応できるのは「文学」ではなく、「詩歌」だと思います。つまり、そのような革命は、one to manyではなくオラリテのような one to oneの創発的コミュニケーションの集積でリズムがかたち作られていく過程そのものだからです。

そこにはone to manyの支配構造ではなく「あなたを詩人にできるのが詩」というような具体的かつ抽象的な二人称にあてられた慎ましさがあると思います。一番身近でありながら、自分の言葉をうけとってくれるかどうか確率的ある「あなた」とのコミュニケーションを繰り返すこと。そして、そのような確率に試されてなお記憶に残る物質性を「あなた」とつくることで、「わたし」のいなくなった世界の「あなた」に言葉が届くよう賭けること、言い換えればそのような「あなた」の棲まう「未来のわからなさ」を愛するための具体的な技術として詩歌を考え、実践してゆきたい、そんなことを思っています。

[fin.]

Caption

[1]我孫子(あびこ) 千葉県我孫子市のこと。都心から40km圏内にあるベッドタウン。我孫子駅内弥生軒の「唐揚げそば」が有名。インタビュー当日佐藤雄一氏は売切れで唐揚げそばを食せず。

[2]中森明夫新聞(なかもりあきおしんぶん) コラムリスト中森明夫氏による記事。
twitter http://twitter.com/#!/a_i_jp

[3]堀川正美(ほりかわ・まさみ) 1931年生まれ。詩人。詩集に『太平洋』『枯れる瑠璃玉』など。

[4]現代詩文庫(げんだいしぶんこ) 1968年以降思潮社より刊行されている文庫サイズの詩集。

[5]現代詩手帖(げんだいしてちょう) 思潮社より発行される現代詩の雑誌。1959年創刊。月刊。

[6]倉田比羽子(くらた・ひわこ) 詩人。

[7]王兵(わん・びん)1967年生。中国出身。映画監督。作品に『鉄西区』など。

[8]ペドロ・コスタ(ぺどろ・こすた)1959年生。ポルトガル出身。映画監督。作品に『コロッサル・ユース』など。

[9]フレデリック・ワイズマン(ふれでりっく・わいずまん)1930年生。アメリカ出身。映画監督。作品に『チチカット・フォーリーズ』など。

[10]ジャン・ルーシュ(じゃん・るーしゅ)1917年生。フランス出身。映画監督。作品に『ある夏の記録』(であるエドガール・モランと共同監督)など。2004年没。

[11]小川紳介(おがわ・しんすけ)1935年生まれ。映画監督。作品に『ニッポン国 古屋敷村』(ベルリン映画祭国際批評家連盟賞受賞)など。1992年没。

[12]土本典昭(つちもと・のりあき)1928年生まれ。ルポタージュ作家。作品に『水俣 - 患者さんとその世界』(第1回世界環境映画祭グランプリ他受賞)など。2008年没。

[13]アンドレ・バザン(あんどれ・ばざん)1918年生まれ。フランス出身。映画批評家。書籍に『映画とは何か』など。1958年没。

[14]山形国際ドキュメンタリー映画祭(やまがたこくさいどきゅめんたりーえいがさい)1989年より、山形市で隔年ごとに開催される映画祭。2011年現在までに11回行われている。

[15]アテネ・フランセ(あんね・ふらんせ)1913年に創立した外国語学校。フランス語や英語、古代ギリシャ語、ラテン語を学べる。

[16]日仏学院(にちふつがくいん)フランス政府の公式機関。フランスの語学や文化、情報を発信している。

[17]池田亮司(いけだ・りょうじ)1966年生。ミュージシャン。作品に『1000 fragments』『0°C』など。

[18]川村記念美術館(かわむらきねんびじゅつかん)1990年開館した私立美術館。千葉県佐倉市にある。川村喜十郎をはじめとする川村家の収集品を公開している。

[19]南天子画廊(みなみてんしがろう)1960年に開館したギャラリー。東京都中央区京橋にある。

[20]ドクメンタ(どくめんた)1955年以降5年おきに行われる現代美術の展覧会。ドイツのカッセルで開催される。

[21]ヴェネツィア・ヴィエンナーレ(べねちあ・びえんなーれ)1895年以降に隔年ごとに開催される現代美術の展覧会。イタリアのヴェニツィアで開かれる。

[22]凡庸(ぼんよう) 蓮實重彦による言葉。対義語として「愚鈍」がある。同氏の著書に『凡庸なる芸術家の肖像』『凡庸さについてお話させていただきます』などがある。

[23]文化資本(ぶんかしほん)フランスの社会学者ブルデューが唱えた概念。学歴や文化的素養といった個人的資産を意味する。

[24]Company Flow(かんぱにー・ふろう)
「8 steps to perfection」http://www.youtube.com/watch?v=c7_aWIA3bhA
[25]anticon(あんてぃこん) 1997年設立の音楽レーベル。 
'We Aint Fessin' cLOUDDEAD
「The Teen Keen Skip」http://www.youtube.com/watch?v=tzWBhhowF0A
Subtle
「Swan Meat」http://www.youtube.com/watch?v=mOEE_Yc6zZQ

[26]STUDIO VOICE(すたじお・ぼいす)INFASパブリケーションズより発行されていたカルチャー雑誌。月刊。1976年創刊。2009年休刊。

[27]BLAST(ぶらすと)かつて発行されていたヒップホップ専門音楽雑誌。シンコー・ミュージック・エンタテイメント刊。

[28]FRONT(ふろんと)ヒップホップ専門音楽雑誌。

[29]宇田川町(うだがわちょう)東京都渋谷区にある地名。繁華街の中心地。

[30]ディグる(でぃぐる)(レコードなどを)探す意。

[31]K DUB SHINE(けー・だぶ・しゃいん)
キングギドラ
「星の死阻止」http://www.youtube.com/watch?v=G_kLvD3pBMg
「大掃除」http://www.youtube.com/watch?v=cu8njxnWBnA
「行方不明」http://www.youtube.com/watch?v=VHBWaqgdn0w
K DUB SHINE
「LAST EMPEROR」http://www.youtube.com/watch?v=SVWcJ4iEdcE

[32]DQN(でぃーきゅーえぬ)ヤンキー、不良など粗暴そうな風貌をしている者や実際に粗暴な者を指す言葉。

[33]宇多丸(うたまる)1969年生。ミュージシャン。ヒップホップグループRHYMESTERのMC、マイクロフォンNo.1。

[34]THA BLUE HERB(ぶるー・はーぶ) 
「孤墳」http://www.youtube.com/watch?v=Dwx26kaSl6s
「智慧の輪」http://www.youtube.com/watch?v=-qUreVSQs7o
刃頭「野良犬 feat ILL BOSSTINO」http://www.youtube.com/watch?v=n_G8PymchqI

[35]OZROSAURUS(おじろざうるす)
「AREA AREA」http://www.youtube.com/watch?v=Qi9FfQi1-rg
「WHOOO」http://www.youtube.com/watch?v=qr8WzFCHckw

[36]TOKONA-X(とこな・えっくす) 
「Let me know ya...」http://www.youtube.com/watch?v=PXuWxSyfvG8

[37]パブロ・ネルーダ(ぱぶろ・ねるーだ)1904年生まれ。チリ出身。詩人。ノーベル文学賞受賞者。作品にしさをうたった「マチュピチュの高み」や「女のからだ」など。1973年没。

[38]SNOOZER(すぬーざー)1997年に創刊されたポピュラーミュージックマガジン。リトルモア刊。

[39]DJ ISSO(でぃじぇー・いっそ)日本のヒップホップユニットMELLOW YELLOWのメンバーでDJを担当。

[40]SEEDA(しーだ) 
「花と雨」http://www.youtube.com/watch?v=Y9lyEzHkJoA

[41]ESSENTIAL(えっせんしゃる)

[42]SCARS(すかーず)
「日付変更線」http://www.youtube.com/watch?v=Xq70wNmUPSQ

[43]SD JUNKSTA(えすでぃー・じゃんくすた) 
BRON-K
「スサノオ」http://www.youtube.com/watch?v=mFc04RIAw4Y
「寒空」http://www.youtube.com/watch?v=TY6XeYfIdy0
NORIKIYO
「DO MY THING」http://www.youtube.com/watch?v=_b6hPwtQcIY

[44]SWANKY SWIPE(すわんきー・すわいぷ)
「BUNKS MARMALADE」http://www.youtube.com/watch?v=1ixQMkYdGlg
「MY WAY」http://www.nicovideo.jp/watch/nm6019604

[45]鬼(おに) 
「小名浜」http://www.youtube.com/watch?v=WK0csNSX_qA
「精神病質」http://www.youtube.com/watch?v=wKS8GhzEs9s

[46]PSG(ぴーえすじー) 
「お隣さんより凡人」http://www.youtube.com/watch?v=6OtXKpW8nug

[47]フロウ(ふろう)ラップの節回し等の意。

[48]現場(げんば) イアン・コンドリーの著作『日本のヒップホップ―文化グローバリゼーションの〈現場〉』に登場する。HIP HOPの現場。

[49]クラシック(くらしっく)古典音楽のみならず、西洋の芸術音楽全般を意味する。ポピュラー音楽と対になる言葉。

[50]TBH/MJP(てぃーびーえいち/えむじぇいぴー)

[51]小西甚一(こにし・じんいち)1915年生。日本文学・比較文学者。著書に『梁塵秘抄考』『俳句の世界』など。2007年没。

[52]KRS-One(けーあーるえす・わん)ローレンス・パーカーの芸名。1965年生まれ。MC、音楽プロデューサー。

[53]「豆の木」(まめのき)俳句同人誌。代表こしのゆみこ。

[54]UMB(ゆーえむびー)ULTIMATE MC BATTLEの略称。2005年より開催されたLibra Record主催のラップのフリースタイルで頂点を決めるMC BATTLEの大会。

[55]イディオリトミー(いでぃおりとみー) 共棲修道院。ロラン・バルトによる言葉。それぞれがそれぞれの孤独を受け入れながら共生をめざす方法。

[56]降神(おりがみ)日本のヒップホップクルー。

[57]創発的(そうはつてき) あるものを構成する各部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れること。局所的な複数の相互作用が組織化することで、各要素の振舞から予測できないシステムが構築されること。

[58]ルジャンドル(るじゃんどる)1752年生。フランス出身。数学者。1833年没。

[59]ハロルド・バーマン(はろるど・ばーまん)1929年生。アメリカ合衆国出身。指揮者、作曲家、打楽器奏者。

[60]ホメイニ(ほめいに)1902年生。イラン出身。イラン革命の指導者。1989年。

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