林田紀音夫全句集拾読 159
野口 裕
雲淡く過ぎて真昼の道祖神
昭和五十年、未発表句。真昼は、ともすると意識のエアポケットを招く。小声で、『奥の細道』の冒頭を暗唱しているような句。紀音夫の句に芭蕉を思い起こすものは少ない。戦後、営々と定住者の感慨を綴ってきた人間にとって、芭蕉は遠い存在だった。そんな彼でも、戦後が遠くなってきたこの年代に、ふと芭蕉を思い起こす瞬間があったようだ。
トランプの花を少女の手に咲かす
昭和五十年、未発表句。あまりにロマンチックな句なので、作者はこれではならじと思ったのだろう。数句あとに、「トランプの血のまざまざと少女の手」、「迷妄のトランプ海へ翼もつ」と作っている。しかし、これはこれで紀音夫の特性を示している。
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列中の数珠にまつわる風の声
昭和五十年、未発表句。焼香の列中での、ふとした思い。この風の声は、単数の死者からではなく、当の葬儀の死者に連なる複数の死者を連想させる。
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油槽群れ天辺を往く風の音
昭和五十一年、未発表句。湾岸沿いの石油コンビナートなどに代表される、ガスタンクをも含む、天然資源備蓄槽の集団。風は文明と無関係に流れる。
無季俳句でありながら、紀音夫は、こうした無機的な文明の風景はあまり詠まない。どこか紀音夫内部の意識と接触する点がないと、五七五のスイッチが入らない。この句は、かろうじて風音に気付いた時点でスイッチが入ったようだ。その点では、珍しい句。
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2011-04-10
林田紀音夫全句集拾読159 野口裕
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