2011-04-10

〔週俳3月の俳句を読む〕 小久保佳世子 神話的

〔週俳3月の俳句を読む〕
神話的
小久保佳世子




ああ暗い煮詰つているぎゅうとねぎ  金原まさ子
雉の首あげる弥明後日(やのあさって)なら 
鹿肉をあらそい白胡椒黒胡椒

この春、百寿を迎えられた金原まさ子さんの「牛と葱」の10句は、どれもますます挑発的で噛み付いてくるような意志が感ぜられた。

肉体の原初性への関心を手放さず、現代あるいは俗との接触をやや偽悪的に楽しむ、それがまさ子俳句だとかねがね思っている。

ここに揚げた3句には肉が詠まれている。特に「ぎゅうとねぎ」の句はごく最近の停電を思わせ、煮詰まっている牛と葱の暗さは今日的にリアルな実感がある。と同時にこれらの肉には太古の生贄の気配を感じてしまう。多分あの神話的規模にも思える大災害のあとだからだろう(句稿は災害以前に、編集部に到着していたと聞いたが)。

曇る鏡面大向日葵が向けられて  金原まさ子

鏡を曇らす程なまなましい向日葵とは、一体なにの喩えだろう。強烈な向日葵のイメージに天鈿女命を思った。天岩屋戸の前で健康的にエロチックに踊る天鈿女命。
まさ子さんの大向日葵句には肉体の勝利、絶対肯定があるのではないだろうか。



水底をゆく太陽とレミングと  九堂夜想
噫、死児の頭上に千の太陽が
永遠を太陽虫が喰い尽す

『新撰21』の九堂夜想氏の100句「アラベスク」には、圧倒的な言葉の高みを感じたが、共感を拒否されているような置いてきぼり感が否めなかった。

しかし今回の作品「レム」は違った。

像を結ぶのだ。それは紛れもなく、あの大震災を経験し、自然のとてつもない悪魔性に恐怖し、人間が創った原子エネルギーへの不安を感じている今だからだろう。

10句すべてに太陽が詠み込まれていて、太陽は地球規模の視野と同時に地球の辺境で起きた人類的悲劇への視野を誘う装置となっている。

(なずき)いま太陽風のプリズム紀  九堂夜想

意味を読み解くことを、作者は潔しとしないかもしれないが、私はこの最後の句に人類の叡智への期待と未来に対する祈りを感じた。



第202号 2011年3月6日
淡海うたひ とことん 10句 ≫読む
第204号 2011年3月20日
金原まさ子 牛と葱 10句 ≫読む
今井肖子 祈り 10句 ≫読む
九堂夜想 レム 10句 ≫読む
第205号 2011年3月27日
望月 周 白湯 10句 ≫読む
投句作品
澤田和弥 土筆 ≫読む
十月知人 ふおんな春たち ≫読む
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