2011-05-29

『豆の木』第15号(2011年4月)を読む 藤幹子

〔俳誌を読む〕
『豆の木』第15号(2011年4月)を読む

藤 幹子


白状しなければならないことがある。

『豆の木とは、超結社/1950年以降生まれの俳句実作者の会です。
主な活動は、毎月1回の目白での席題句会 月2回木曜日の銀座での句会です』
「豆の木」トップページより)
私は何度この文言を凝視し、それを表示するアドレスをクリックしたことであろう。

私事をお許し願いたい、俳句実作に手を染めて数年になるのだが、その最初期の頃、私は親譲りの無鉄砲を存分に発揮していた。(いや、親が本当に無鉄砲であったかは知らないが、とりあえずやってみるべえ、という気性の親(主に母親)であったのは確かである。)

インターネットの言葉遊びから俳句実作を知った私は、現実の句会もまして結社というものも知らないくせに、ただ闇雲に、俳句を評価しあえる場所を探していた。mixiの俳句コミュニティを検索し、Googleに「俳句 句会」と打ち込み、自分が面白いと思う俳句を生み出す人や、己が参加できそうなネット上の句会をがむしゃらに収集し、特攻をしかけていたのだ。さらにまたそのリンク集をたどり、もっともっと面白さを!もっと光を!と探索を繰り返している内にたどり着いたところ、その一つが、「豆の木」(のホームページ)だったのである。

「豆の木」の俳句は面白い。

その当時もそして今も、私は、俳句における「伝統的」も「現代的」も「前衛的」もよく分かっていない。何を以てカテゴライズするのかもわからない、せいぜい教科書で知った句かおーいお茶俳句か友蔵(ちびまるこちゃんのお爺ちゃん)のこころの一句くらいしかイメージを持たない、いわばまっさらの状態で触れたにも関わらず、これはたぶん普通と違う、ここは面白い、と前のめりになれたのは、豆の木に所属する方々の句であった。

それは例えば、

  メガネスーパーに眼鏡を洗ふ春愁       太田 うさぎ

自分の知っている俳句ではお目にかかったことのない固有店名が句の半分近くを占拠している句だったり、

  必殺のラムネ瓶から午后の島         小野  裕三

そもそも必殺のラムネ瓶とは何ぞやと思わせる暇もない速度の句だったり、

  コロンボ警部のコートのやうになる       近  恵

主体について全く説明もないのにそのユニークな措辞故に主体への想像が十人十色に膨らむ句であったり、

  消すときは懐手する組織かな         遠藤  治

不穏なのか微笑ましいのかわからなくなるような句だ。(以上「豆の木」15号:10句アンソロジー欄より)

俳句とは、や・かな・けりの切れ字があって、(たぶん)季語をつかって自然や風景を詠んで……と漠然と考えていた人間にとって、カルチャーショックとしか言いようがない。私は狂喜乱舞した。こんな面白い俳句も存在するのだ。というよりも、存在して良いのだ、と。

だがそれと同時に、初めて不安になった。これらの作品を作り出す人たちに果たして自分が混じっていけるのか。はっきり言って今の自分には、豆の木(のホームページしか見ていないのだが)で掲載されている句に恥じ入らずに並べられるようなものが詠めるとは思えない。面白そうな所にはどんどん首をつっこんでいこうという意気込みはしゅるしゅるとしぼみ、すっかり気弱になってしまった私は、豆の木トップページと掲示板をうろうろし続けた。二句競作も面白い、掲示板も和やかだ、楽しそう、1950年以降生まれという条件なら該当する、ああでも………

私は白状しなければならない。

その後数年もの間私は、掲示板に書き込みもせず、所属の方にコンタクトをとろうともせず、さりとて憧れを捨てきれず、「豆の木」ホームページを毎週(時には毎日)チェックし続けていたのです。お恥ずかしい。

ならばせめて年一回で発行している同人誌「豆の木」を買えば良かったのだが、もう勝手に憧れが高まりすぎて、いきなりメールを送って良いものか、欲しいというのもおこがましい位の気さえして、ただただディスプレイ越しに熱い視線を送り続けていたのであった。それは、「話した事もない先輩を恋して、物陰から覗き続ける少女漫画的感情」に近く、「ストーカー寸前」と言い換えても差し支えなかっただろう。

前置きがすっかり長くなってしまった。それほどの憧憬の的であった「豆の木」の本誌を鑑賞させてもらえて感激している旨を伝えずにはいられなかったのだ。

 

さて手にしているのは件の「豆の木15号」。先月の20日発行。

開いてすぐ、参加者22人の10句作品が、内容ともに厚みを以てドンドンドン、と連なっている。作品+エッセイ、というスタイルは各誌でもお馴染みであるが、同時に掲載する写真にテーマを課せられるのは珍しいのではないか。今号のテーマは「天から句が舞い降りる瞬間」。概ねテーマを意識したものが掲載されているが、「降りてこない」の方やテーマなぞどこ吹く風と近影を載せていらっしゃる方も散見される。その屈託なさも「豆の木」の自由度を彷彿とさせて私はニヤついたが、ひいきの引き倒しであろうか。

10句アンソロジーより、上述以外で好きな作品をざりざりと引っ張り出してみる。

  逃げながら振り返り見る花火かな   岡田由季

  侍をたくさん噴いて弥生山   小野裕三

  よく回る金時山の木の実独楽   菊田一平

  ともだちを半分かくす春ショール   こしのゆみこ

  錠剤をぺちと押し出し春灯   齋藤朝比古

  風鈴を鳴らさぬやうに仕舞ひけり   同

  権妻のさわぐでもなく春樹海   嶋一六

  ほうたるとみんな静かに首をふる   高橋洋子

  匙とメロン部屋に子供たちがいない   田島健一

  ぶらんこの鉄に戦歴あるだろうか   月野ぽぽな

  冴返るバックドロップ投げつぱなし   内藤独楽

  やはらかき「つ」の字になりし毛皮夫人   中嶋憲武

  ノルウェイへ行きても毛皮夫人反る   同

  いちまいのももんがひらく月の夜   三宅やよい

  キツネノカミソリすんすんと過ぐ時間   宮本佳世乃

  ことばきよらか冬瓜のお味噌汁   同

  二歳児が馬のものまね夏惜しむ   室田洋子

  手を上げるだけの決め事春近し   矢羽野智津子

  狼の棲息地図よ夏の星   吉田悦花

  啓蟄に機械の上を走りけり   吉野秀彦

  手帳買ふ葱買ふ馬買ふ牛蒡買ふ   上野葉月

  夏痩せてまだ出てこない種がある   大石雄鬼

(以上「豆の木」15号:10句アンソロジー欄より)

(それにつけても我が愛しの毛皮夫人よ!貴女がいらして光栄であります。参考→ウラハイ = 裏「週刊俳句」: 中嶋憲武 毛皮夫人50句

  

●P46 中世の風―月野ぽぽなの俳句をめぐって 小野裕三

●P50 近 恵『大丈夫』を読んで 外見に格好つけないほうが格好いいと思うタイプ 大石雄鬼

●P53 宮本佳世乃『晴れわたる』を読む ゆゆしきこと 田島健一
 
「中世の風」は、第二十八回現代俳句新人賞を受賞した月野ぽぽな氏を論じた項。現代都市ニューヨークに在住する作者の持つ「異国感覚」を、読み解いていく。受賞作『ハミング』も掲載。『大丈夫』『晴れわたる』はともに『きざし』(炎環新鋭叢書5・ふらんす堂刊)という女性作家五人のアンソロジー句集に納められたものである。

いずれも豆の木の同人が同人を評したものであり、もちろん三者三様のスタイルで書かれているのだが、句座を共にしてきた相手への尊敬や親しみがどれにもにじみ出ており、かつそれに流されることなく読み解いている。特に田島健一氏の論は緻密であり読み応え十分だ。(後者二篇はこちらで読むことができます→炎環PLUS+

  

●P57 古本という愉しみ-『俳風動物記』 三島ゆかり

●P62 旅ノート⑫ 涙うるみ目じりの下がる銀ヤンマ ドイツ・リーメンシュナイダーを訪ねて こしのゆみこ

『俳風動物記』(宮地伝三郎・岩波新書1984年刊)という、動物生態学者が季語や句そのものに関する事を動物生態学的に解釈していく本を紹介したこの項は、滅法おもしろい。

三島ゆかり氏がかいつまんで紹介しているだけでも、例えば著者は、「田螺鳴く」という空想季語から、では実際にその声を出していたのは何の動物かと検証を重ね、蛙やキンヒバリなどオーソドックスな鳴く動物から、やがてウンカの配偶行動にまで話が発展していく。また季語「獺祭」の出典をひき、やはり空想とされる「魚を先祖に祀る獺」の姿を、獺の実際の習性を調べて実証する。俳句トリヴィアともいうべき内容の充実に、興味津々になってしまう。

しかし本著の内容もさることながら、こういった書物を探し出してくる筆者の目利きにも唸らざるを得ない。また、「蚊を焼く」という季語を論じた項を紹介しながら、其角の句の新解釈や三島由紀夫の『金閣寺』がひょいと飛び出す三島氏の随想もなみならぬものと思われる。

旅ノートはこしのゆみこ氏の紀行文。15~16世紀に生きた彫刻家、ティルマン・リーメンシュナイダーを訪ねるドイツの旅を綴ったものである。的確な写真資料や筆者の豊富な美術知識に裏打ちされた表現に連れられて、リーメンシュナイダーの祭壇彫刻をともに経巡っている気分を味わえる魅力的な文章だ。またそこに華を添えるのが、訪れた町ごとの風俗と食事の描写だ。フランクフルト→ヴュルツブルグ→ローテンブルク→ニュルンベルク→ミュンヘン→インスブルック…と続く旅の中でかぶりつかれた熱々の焼きたてソーセージ、それを挟む丸パン、豚脚丸焼きにザウアークラウトにビール!一生一度はドイツに行かなければいけない気になってしまった。

⑫とあるからにはこのような紀行文を筆者は今まで連載してきたのだろう、であるなら、一冊の本の形で是非全て読んでみたい。この一回を読むだけでもそう思わせる程の内容の濃さがある。

  

●P70 2010年第十六回豆の木賞発表合宿記 おおるり鬼怒川激安編 齋藤朝比古

「豆の木」についてかつて週刊俳句誌上にて、同同人の上野葉月氏がこう書かれている。
「俳句の未来を人質に」をスローガンに1994年に活動を開始。
『ジャックと豆の木』からの連想によって彼らの句会は豆の木句会と呼ばれていた。
豆の木句会はその後も複数の俳句結社から若手の参加者を得て既成俳壇の枠組打破を標榜しつつ定期的に題詠即吟を旨とする鍛錬句会を行い、さらに年に数回の吟行、年一回の同人誌の発行を繰り返しながら現在に至っている。
(2007.11.11  週刊俳句 Haiku Weekly: 豆の木とTHC 非結社型句会の今日 上野葉月より)
例えば「豆の木」同人が毎月第3土曜日に行っている目白句会、「豆の木」本誌裏表紙には「13時~20時・席題句会3ラウンド途中参加退席可」とある。ネット上以外の句会に参加したことが片手で数えられるくらいしかない私は、それだけでたじたじとなってしまう。だがしかし、「豆の木」のまさに鍛錬句会と呼ぶに相応しい句会は、一泊二日を俳句色(?)に染め上げる合宿句会なのだ。

本項は、その句会の模様を時系列に沿って淡々と記録したものである。

句会スケジュールのみまとめると、池袋西口を長距離バスにて出発。バス内にて席題による作句。15時宿チェックインのち、バス内で提出された句による句会と(それとは別に)10句出しの句会。夕食。21時より句会。就寝。起床。朝食。チェックアウトのち9時20分よりロビーで句会。バスにて池袋帰還(例年であればこのバス内でも句会があるが今回はなかったとの記述)。16時25分池袋到着のちジョナサンにて句会。18時、解散。

合間合間に観光やもちろん温泉、飲酒の愉しみはあれど、実に42時間必ずどこかで俳句を意識し続けるという体験は得難い。総出句数384句、一人平均約55句をものした合宿を振り返り、齋藤氏は書く。

心地よい疲労感と達成感。錆び付いた俳句頭を活性化させてくれる貴重な時間。自己模倣に陥りそうになったとき、引き出しの中を開いてばさばさと捨ててゆく、年に一度の俳句煤払い。往時の勢いは無くなったとはいえ、豆の木の「作る句会」という精神はまっとうできたのではないだろうか。

簡単に言ってはならないと思いつつ、やはり「うらやましい」というのが本音である。合宿に全ての豆の木同人の方が参加しているわけではないが、この「作る句会」という精神が貫かれているからこそ、豆の木より生み出される句たちが平坦でない、なにがしか魅力的なものに見えるのだろう。

結社でもなくそれぞれが自主的に、俳句実作において文字通り切磋琢磨する場へ参加する。その「場」を17年に渡り維持し、おそらくこれからも維持し続けるであろうと第三者の私の目からも思えるのは、その自主自立性の高さによるものだ。大人らしい自主性に富んだ句座「豆の木」の姿を、同誌よりかいま見せていただいた。ありがとうございます。


豆の木ホームページ
http://homepage3.nifty.com/mamenoki-kukai/

1 コメント:

こしのゆみこ さんのコメント...

藤 幹子様

いやいや、いやいや、しかし、一番作れない私でも句会が一回ではものたらない体になっているのは不思議ですね。この「豆の木」句会、是非、一回でも、突然でも、藤さん、大歓迎ですよ。

そういえば、初めての「豆の木」句会参加の、Mさん、私より先にちょこんと座っていて、もう何年もまえから座っているような顔して「はじめまして、よろしく」といった時はおどろいたなあ。メンバーの名前全員しっているんだもん。Mってじゃんけんに弱いあのMさんのこと。

藤さん、いつかお会いしましょうね。