2011-06-26

林田紀音夫全句集拾読170 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
170




野口 裕




身辺にふえて蛇口のまぶしい刻

昭和五十一年、未発表句。蛇口は水の出口であり、餌を丸呑みする蛇の口でもある。どこか、禍々しい白昼夢を思わせる。「蛇」の一字が絶妙に効いて成り立っている句。

 

呪符いくつ降る残照に水燃えて

昭和五十一年、未発表句。「船室へ降りる網膜呪符灼きつけ」の続きの句。比べると、今回の方が出来は良い。紀音夫の推敲過程を覗き見るようなところがある。

 

暗算の余命しばらく雨やどり

昭和五十一年、未発表句。宗祇や芭蕉に連なる色合いを有する句。とは言えど、暗算の中には金銭勘定も含まれている。


プール出て足形のこすひとりの昼

昭和五十一年、未発表句。「春ひとり槍投げて槍に歩み寄る」(能村登四郎)を含む句集『枯野の沖』が、昭和四十五年の刊行。その影響が心なしかあるようにも見えるが、他人の空似かもしれない。能村登四郎の句も含めて、ここには時代や社会の影はない。ひとりの人間の行為を淡々と見つめる視線のみがある。このような視線の獲得こそが、この時代の特徴と言えるのではないか。「結社の時代」と言われるのは十数年あとの時代になるようだが、その時代に主役を張っていた結社の主宰は、この頃にそうした視線を獲得した人たちではなかったか。

紀音夫はその資格がありながら、その流れになぜか乗らなかった。そう思ってみると、「ひとりの昼」がやけに物さびしい。

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