林田紀音夫全句集拾読 177
野口 裕
水銀の重さの夜の雨しきり
昭和五十一年、未発表句。水銀から何を連想させようとしたか。作者名がつけば、その方向は決まってくるだろうが、読者としては無限定に読んで良い。どう読み取っても、確かにそんな降り方の雨があるなと納得できるはずだ。
ところで、紀音夫の句の作り方はけっこう即物的なところがある。この水銀は、公園辺りにある水銀灯から引っ張ってきたのではないかと愚考するのが、喩を読みたがらない一読者の感想である。水銀灯の下で見上げれば、雨は得体の知れない落下物として光を纏いながら眼に飛び込んでくる。これもまた水銀の重さであろう。
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夜はまたピアノに映り道化の父
昭和五十一年、未発表句。娘さんはこの頃小学校高学年か。紀音夫に限らず、この世代の男には、家庭を、父を、演じている、という気分がどこかにある。戦争で生き残った、という意識と通底しているだろう。ピアノに映っている自身の姿を意識しているのは、三人家族のうち一人だけ。他の人間がそれに気づかぬよう、しょうもないことを言っては笑わせている。そうしないと、この幸福が守れないかのように。
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2011-08-14
林田紀音夫全句集拾読177
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