2011-10-02

林田紀音夫全句集拾読184 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
184



野口 裕



夕月に顔見えていてバスを待つ
橋わたる人のひとりの影すこし

昭和五十二年、未発表句。どちらも、たまたま遭遇した印象を素早く句に仕立て上げたかのような趣を持つ。前句は波郷を意識しているか。


護符宙に水餅の水骨を刺す

昭和五十二年、未発表句。おそらく、「護符宙に」、「水餅の水」、「骨を刺す」だろう。護符が「水骨を刺す」と読めなくもない。だがそれが、「宙に」となると訳がわからない。

おそらく、冷えた雑煮でも食ってむせてしまった。その瞬間、どこかに貼ってあった護符が目に飛び込んできた、というようなところが実景だろう。いずれにしても、護符、水餅、骨の組み合わせが意表を突く。


雪片の塞ぎの虫と共に降る

昭和五十二年、未発表句。「塞ぎの虫」は、作者の心境であると同時に、雪降る景色を目の前にした外界に対する印象でもある。作り込んでいない良さがあるが、紀音夫の発表句数からすると、はじき飛ばされてしまうだろう。


水洟の彼方花かんざしの揺れる

昭和五十二年、未発表句。水洟が自己、花かんざしが他者となる。花かんざしの所有者は、思春期に入りかけた紀音夫の娘さんだろうが、句の表面には現れていない。水洟によって自己が幼年時へと引き戻され、他方の花かんざしが大人びてくる時間逆転効果がある。

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