北窓 和倉左京
春めくや屏風の陰に誰かゐて
初蝶と呼ばれしものの明日かな
北窓の開き初めたる摩天楼
流されてきて濡れ髪の雛かな
天才に踵をかへす万愚節
蜃気楼見ることもなき一生かな
春愁の北限知りたくて北へ
麗かに一歩踏み入る射程圏
閂によき流木や啄木忌
万緑の始の樹をさし仰ぐ
蛍火の一寸先の闇に坐す
われに尾のありし世紀や立葵
川柳と化したる一句花石榴
海ゆかばわれは海彦太宰の忌
噴水の縁に腰掛け世を語らず
石割りし草の匂へる夏野かな
素裸に五体投地の痕あらず
噴煙の目の当たりなる涼しさよ
ハレー彗星何処なりやと生身魂
猫舌を猫に知られず魂祭
登高の師弟五十歩百歩かな
海抜を刻まれ秋の頂上に
先生に真向かふこころ稲の花
東京の讃岐うどんや秋の雨
鳥渡る太陽暦の国の上を
水澄みて水の惑星澄みわたる
指切りの指の行方や朱欒割く
名人と呼べばこたふる松陰囊
地上へと降りきて以来懐手
白息をあげて妻くる獣道
幕間に冬虹を見にゆきしまま
北窓を塞ぎし十指組みてあり
柚子風呂を大樹のやうに溢れしむ
死んだふり上手な虫と冬籠り
前の世を問はず語りの闇夜汁
七癖を数へなほすも年用意
完売の解体新書年の市
おまへこそ総てと添へてやる賀状
去年今年滅びしものの爪の痕
恵方より放たれし矢を懼るるな
一丁目一番地てふ淑気かな
初旅や明日は順風かもしれぬ
太箸や海なき国の海の幸
無口なるひとの口癖松毟鳥
北窓を開けよとの声何処より
白魚を包みし水に包まれよ
一切の指紋拒みて桜鯛
春愁の諸事男根に託したり
亀鳴くを待つや百年悪達者
海霞伊予の松山此岸なり
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