夕暮れの雨 髙勢祥子
春の山一人にひとつづつの窓
革靴に小さき波あり花曇
風船を放しし指の中に芯
永き日やピアスの穴の増えて会ふ
鳥雲に東京駅を覆ふ布
パイプ椅子連ねたる先春の塵
春風やしなりて後ろ向きになる
バンダナで包む禿頭猫柳
啓蟄や着替へるときの腕長し
山独活を置いて祈りの掌に
春雪や耳にほくろのあり未婚
恋猫の目に切先を持て行けり
書かれざる頁が吼ゆる春の闇
春暮るる眼鏡に映るマッチの火
行く春や出土礎石に手を置いて
春夕焼背中の見える遠い距離
春の星あなたに遅れはじめたる
犬の耳ほどに標識折れ暮春
教室の机上影なきみどりの日
八十八夜覗きこまれて亀乾く
青嵐押し来てバスの曲るなり
一瞬の足跡つけて水馬
振り向くと傘回るなり桜の実
中古カメラ黒く並びて梅雨の入
卯の花や傘の内より声のして
青みたる花屋のガラスケースや梅雨
夕暮れの雨掃く仕事桜桃忌
天辺を折り返してや天道虫
往来へ開く蒸籠や夏の雲
天井の四隅の暗さ半夏生
日焼せし少女に眠り深からず
爽涼や机の裏に腿触るる
クレヨンにはじかれてゐる秋の水
蟋蟀や明朝体の脚持てり
占ひの手順教はる秋の暮
差し出せば出て来る水よ文化の日
ここからが草原であるくしやみかな
体温がなければとべる冬の蝶
いくたびも通りすぎられスケート場
湯ざめして手足の返り来たるかな
火粉かと思ふ小雪の降り始む
凍空や産毛に似たる針の先
この道にあつて他人の雪だるま
よどみなく注文繰り返されて寒
ろばの耳なる暗がりが雪しまき
手の内にあてて美し暖炉の火
風花や紙ナプキンに地図描きて
白線に沿つて歩めば悴みぬ
冬桜皇女の墓に小さき柵
探梅や拳くらゐな海見えて
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2011-10-30
2011落選展テキスト 髙勢祥子 夕暮れの雨
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2 comments:
「永き日やピアスの穴の増えて会ふ」情感が高まる感じと、「ピアスの穴」のマイナスのイメージが強烈に対照をつくっています。
「一瞬の足跡つけて水馬」するどく「一瞬」を描ききった句。うまいなあ。
「振り向くと傘回るなり桜の実」まさに「桜の実」、的確な季語です。
「クレヨンにはじかれてゐる秋の水」いかにもクレヨンの感覚だ。小学生時代のお絵かきの時間をまざまざと思い出します。
「探梅や拳くらゐな海見えて」小さく見えた海を感覚的に表現している。季語も的確。
平均点が高く、非常に鋭い新しい句を含んでいます。私ならこの人に授賞するのですが、点を入れているのが池田さんだけとは。(絶句)
「春の山一人にひとつづつの窓」
学寮とか、学生マンションなどの景を思いました。子供部屋の景かもしれない。窓が一人に一つというのに心惹かれました。その窓から、一人一人の景が覗かれるのでしょうか。春の山ということで、ほのかに孤心の情なども感じられました。50句中、良いなと思う作を抜き出していったら、ずいぶんたくさん引かれてすごいな、と思いました。句だけ列挙させていただきましたが、作者独特の視点や、繊細で柔軟な感覚・感性、そしてそれを生かす表現の巧みさ、面白さなど、つくづく感心しました。
「革靴に小さき波あり花曇」
「パイプ椅子連ねたる先春の塵」
「春風やしなりて後ろ向きになる」
「啓蟄や着替へるときの腕長し」
「山独活を置いて祈りの掌に」
「恋猫の目に切先を持て行けり」
「書かれざる頁が吼ゆる春の闇」
「犬の耳ほどに標識折れ暮春」
「八十八夜覗きこまれて亀乾く」
「振り向くと傘回るなり桜の実」
「中古カメラ黒く並びて梅雨の入」
「往来へ開く蒸籠や夏の雲」
「天井の四隅の暗さ半夏生」
「爽涼や机の裏に腿触るる」
「クレヨンにはじかれてゐる秋の水」
「蟋蟀や明朝体の脚持てり」
「差し出せば出て来る水よ文化の日」
「いくたびも通りすぎられスケート場」
「火粉かと思ふ小雪の降り始む」
「この道にあつて他人の雪だるま」
「風花や紙ナプキンに地図描きて」
「白線に沿つて歩めば悴みぬ」
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