2011-12-25

林田紀音夫全句集拾読195 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
195



野口 裕



水飴の澄むやすらぎの雨の昼

昭和五十三年、未発表句。昭和五十三年「海程」、「花曜」に、「水飴をすこしさびしく眠らせる」。発表句では、雨の昼を取っ払って水飴に焦点を絞り、ひっそりとした夜のたたずまいの中に配置する。

対して未発表句は、雨に閉じ込められた所在ない昼の室内。うっとうしいと思っても不思議ではないが、句は「やすらぎ」という語を使う。おそらく「水飴の澄む」が、使用した後には濁ってしまう水飴が、澄んでしまうまでの長い時間経過を思わせ、長い時間経過を思うことが過去への回想に向かう経路を指し示している。過去の回想の結論が「やすらぎ」であるとすると、現状の生活に対する安堵感が浮かび上がる。それを許せない潔癖性が作家内部にあり、「やすらぎ」を未発表とし、「さびしく」を発表とさせたのではないか。と、邪推をフル回転させてみた。

個人的には、「やすらぎ」の方に魅力を感じるが、「水飴の澄む」と「やすらぎ」がどう繋がるか、一抹のわかりにくさがまとわりつき、わかりやすさの点で「さびしく」に軍配が上がるだろう。

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湯気立てて眉字のあたりの桜の夜夜桜の煌として死者声飾る空の青残すさくらに人は昏れ緋の鯉に流れて花びらのさくら雨の日のさくらとなれば雨の音嬰児より手が出て花の宙掴む点鬼簿のひとりさくらの夜空透き

昭和五十三年、未発表句。湯気と夜桜の間に水飴の句を挟むのみで桜の句が続く。これだけ書いて、昭和五十三年と昭和五十四年の発表句に桜の句はない。最終句に、「悼・大青氏」の詞書きがある。

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