2012-01-29

林田紀音夫全句集拾読200 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
200



野口 裕



銅鐸のひそかな昼に往き当る

昭和五十三年、未発表句。博物館あたりの見聞か。下五の説明に近いところが、試作を思わせる。銅鐸という素材が魅力的。


年終る指頭インク消し残り

昭和五十三年、未発表句。この年はこの句が最後。

時間に区切りがつこうとしているが、自身の心境に区切りはつかない。書いても書いても書ききれない何かが残るように、指先にインクが残る。

「指頭」は普通「しとう」と読むだろうから、「指頭のインク」と書くべきところを、急いでいたためか、書き損じたのだろう。返ってそれが句の内容と一致しているのが面白い。

 

膕に花文字ひとつ消え残る

昭和五十四年、未発表句。「膕」に、「ひかがみ」と振り仮名。膝小僧の裏面になる。花文字は画像検索すると多彩な装飾文字があらわれる。見立ての句。

自身の膝小僧の裏を見たとは考えにくいので、たとえば配偶者など、近くにいる人のそれを見たときに抱いた感慨だろう。としても、「消え残る」がうまく働いてくれない憾みが残る。

 

道化師となり果てて夜は鏡の部屋

昭和五十四年、未発表句。追従笑いを貼りつけた顔が鏡の中にあった。見つけた途端に、部屋全体が鏡になる。「は」の働きが功罪半ばする。

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