2012-01-22

〔週刊俳句時評56〕「俳人の作品は俳句です」 ――岸本尚毅『生き方としての俳句 句集鑑賞入門』を読む 西丘伊吹

〔週刊俳句時評56〕
「俳人の作品は俳句です」
――岸本尚毅『生き方としての俳句 句集鑑賞入門』を読む


西丘伊吹


先ごろ、岸本尚毅氏が『生き方としての俳句 句集鑑賞入門』(三省堂、2012)という本を上梓された。

これは「句集」をいかに読むか、ということをテーマとした本である。そして、より広い意味でいうなら「俳句論」ではなく「俳人論」といえるだろう。俳句は、例えば詩などと比較すると、「一句」(一作品)という単位で取り沙汰されて有名になったり、評価されたりすることが多い文芸形式だといえる。しかし本書は、俳句を敢えて俳人単位で捉えようとし、その俳人の生き方がもっとも分かり易く凝縮されたものとして「句集」を位置づけよう、という試みのもとに著されている。



本書は二部構成になっており、第一部は「句集とは何か」と題された書き下ろしの評論。第二部は、虚子門(「ホトトギス」)の俳人たちの句集鑑賞となっている。

岸本氏は句集を「俳人の個展」(10頁、以下同)と称し、「題材や表現の傾向、作風の特徴や変化、俳人の人生や境涯を反映した軌跡」だとする。そして、句集は「俳句と人生が一体化した俳人の『生き方』そのもの」と述べている。

第二部では、虚子門下の俳人の句集評が並ぶ。いわゆるお馴染みのラインナップではない俳人たちの句集であるが、それぞれにコンパクトかつ内容の濃い解説が付されており、彼らの作品と人生を、楽しみ頷きながら読み進めることができる。また、その俳人の作句態度や日常の人物像に対して、師である虚子はどのような印象を抱き、いかなる評価を下していたのか、虚子自身の言葉が引用されているのも面白い。時に辛辣で、時にあたたかいその言葉は、虚子がどのような時も、きびしく鋭い眼差しをもって弟子たちを観察(写生?)していたことを伺わせるものであり、非常に興味深い。この虚子の観察眼と人物描写は、誰かに似ていると思い、しばらく考えて思い当たった。須賀敦子のそれと似ている。透徹した眼差しが描き出す、淡々として辛辣な容赦のない描写。しかし、両者とも、それを裏打ちする愛情が確かに感じられるのも事実である。写生とはある種の愛情なのかも知れない、と思わせられた。



とりわけ面白かったのが、第一部において、岸本氏が客観写生を「狂気」とからめた問題として論じている点である。

すなわち、私たちは明日にでも隠遁してしまいたいという心を隠し持ちながら日常を送っているけれども、現実的には「フルタイムの隠者」(15頁)になることは難しい。しかし、「部分的あるいはバーチャルな隠者」(同)となることは可能であり、その方法の一つとして俳句があると岸本氏は述べる。

とはいえ、あまりに「俳魔」にとりつかれ、「風狂の『狂』がナマの狂気になると迷惑」(23頁)でもある。そこで、「ナマの狂気をコントロールする」必要がある。その方法論こそが、虚子のいう客観写生であったと岸本氏は指摘する。

俳人や画家の例を挙げながら展開されるこのくだりは大変面白く、是非本文を読んで頂けたらと思うが、この部分があるからこそ、例えば第二部における、長谷川零余子『雑草』(1924年)の鑑賞がより切実なものとして迫ってくる。
 
夕虹を見る人もなし芦の花  零余子

と詠んだ零余子は、自分の境涯性のなさにコンプレックスを抱きながらも、穏当ななかに「一微動」を起こした俳句を虚子から期待され、それに応えようと懸命に努めたという。しかしその一方で、零余子は結局、岸本氏の述べるところの「熱中すればするほど自分が消え、個性の発揮や自己表現から遠ざかる俳句形式の冷酷さ」(65頁)にほとんど絶望したとみえる言葉も残している。

自らの狂気(それは自分自身ともいえるだろう)と、それを制御すべく繰り返す客観写生とのあいだで、ひとり揺れる青年。その姿には思わず胸を衝かれる。



本書の冒頭部(最初の部分ということではなく、文字通りの冒頭)は、「俳人の作品は俳句です。」という言葉ではじまる。一見当たり前のようでいて、非凡な一行であると思う。

この言葉には、そのひとが俳句を作るから周りから「俳人」と呼ばれるのではなく、まず、自分が「俳人」(岸本氏自身の言葉を借りるなら「俳魔に取り憑かれた人」)であり、そのような自己が作るものが俳句だという意識が込められている。自分自身を「俳魔に取り憑かれた人」(そして、それを制御しようとする人)であると強く自覚している岸本氏だからこその言葉なのであろう。

そして、岸本氏のみならず、本書に登場する俳人のひとりひとりがそうであると捉えて読む時、句集というものが、私がこれまで考えていたよりもずっと豊かな舞台装置であるということに気付かされたのである。



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