2012-02-05

林田紀音夫全句集拾読201 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
201



野口 裕



地下鉄の夜のいろいろな顔見せる

昭和五十四年、未発表句。地下鉄の句は珍しい。「いろいろな」という措辞からうかがえるように熟考した末の作品とは思えない。たまたま、地下鉄に乗り合わせたときの感慨だろう。同じく現代的な素材ながら、陸橋は繰り返し句の中に登場する。句の素材としての、陸橋と地下鉄の違いは何なのだろうか。無意識なのか意識的なものなのか、素材としての地下鉄は却下され、発表句には登場しない。

 

足音の夙に失い梅に寄る

昭和五十四年、未発表句。梅に魅入られつい長く立ち止まってしまったぐらいの句意。有季定型の得意な作家が良くやる手法で、相当の作と思うが、紀音夫は急がない。

昭和五十五年花曜に、「梅ひらく夜気濛々とたちのぼり」がある。昭和五十四年から五十五年にかけての発表句、未発表句に梅の句が見当たらないので、上掲句から花曜発表句まで待ったと見るべきだろう。つい立ち止まり、魅入られてしまったものの正体を見極めたかったか。

 

雪片の消えゆくばかり身に土に

昭和五十四年、未発表句。降っては消えて行く淡雪。身も土も濡れてゆくが、雨のようにあわてて逃げ出したりはしない。溶けてゆくのを確かめようとするかのように句調はゆったりとしている。身のうちに溶けずに残る記憶との比較をも考えているかもしれない。

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