林田紀音夫全句集拾読 211
野口 裕
苗売りと跼んでおなじ影をひく
昭和五十五年、未発表句。「跼んで」は、「しゃがんで」と読むのだろう。視界を低くし、さらに視線を地面に落とすと、自身の影に気づく。句末の「ひく」は、思ったよりも長い影だったことの表れだろうか。
そんなことは、とっくに気づいているのか、どうでもいいのか、跼む動作の先輩格として苗売りがそばにいる。句中の存在感は作中主体を上回る。作中主体は、無意識に影の長さを見比べていないだろうか。
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疲れた手の雨いつも途中の感
昭和五十五年、未発表句。十七音だが、「疲れた手の」、「雨いつも」、「途中の感」と、六五六。あるいは、「疲れた手の」、「雨」、「いつも途中の感」とも取れるがいずれにしろ変則リズム。それが句末の語の意味と絡まり、やるせなさを誘う。できてしまったが、紀音夫の好みではない、というところか。
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点滴の眼に竹の青の久しい揺れ
点滴の刻々雨に閉じこめられ
点滴の日のきらめきの刻移る
昭和五十五年、未発表句。ここから病床吟が続く。点滴が連続して三句出ることは、この素材が紀音夫の琴線に触れたことを意味する。このあとにも、「点滴の空より淡く日射降る」、「点滴のまぶしさが降る静かな飢え」が断続的に書き込まれている。発表句は、「点滴に秒針移る日のきらめき」(昭和五十六年「海程」)、「点滴のはかなさ窓のひかりより」(「昭和五十六年「花曜」」)となり、竹、雨が捨てられたことがわかる。点滴と光に集中してゆくことが、この素材を生かす。紀音夫の作句工房の一こまである。
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2012-04-29
林田紀音夫全句集拾読211 野口裕
Posted by wh at 0:15
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