2012-04-15

【週俳3月の俳句を読む】 吃驚 松野苑子

【週俳3月の俳句を読む】
吃驚

松野苑子


涅槃図の蛸大足を伸ばしゐる  涼野海音

週俳の3月の俳句のなかで一番印象に残ったのがこの句。涅槃図などを熱心に見て詠むのは俳人。一般の人はさほど関心があるとも思われない。けれど、俳句を始めると何故か詠みたくなるらしい。私もそうで、拙句集を差し上げた僧職の方から、「涅槃図の句が多くて嬉しい」などと言われて吃驚したことがある。残念ながら信心があって詠んでいたわけではない。海音さんも、そうらしい。涅槃図の何を見ているかと思えば蛸。なんと大足を伸ばしている。涅槃図のなかの生き物は皆泣いているはずなので、この蛸も泣いてはいるのだろう。「この蛸大足を伸ばしているよ」と言えば、普通の人もどれどれと涅槃図の前に集まって面白がるに違いない。俳句的なものの言い方をすれば、いわゆる涅槃図という季語の詠い方に新しい視点を与えている。

と書いたところで、先週号の「週俳3月の俳句を読む」を開いたところ、山田露結さんもこの句を挙げていらした。最初の一行は「はて、涅槃図に蛸がいただろうか」。ショック。そう言えば、そうだ。露結さんのイメージはM女説まで飛躍するけれど、それはそれとして、もう一度句を読み直してみた。「涅槃図の」で切れているとは思われない。私は素直に涅槃図に蛸がいたのだと思うことにする。

実は私も露結さんと同様にずっと海音さんは女性と信じていた。ある時、どうみても男性としか思えない写真の横に涼野海音という名前を見た時のことは忘れられない。名前は確かに女性的。句のほうは、十句の中でサラダボールの滴に着目したり、菜飯をまぜたり、春キャベツを抱えたりしているけれど、中性的なのではないか。男性も自炊するようになった昨今の現実をつくづく思う。

以下、好きな句に私のブログ「俳句の苑」と同じように三行のコメントをつけさせていただきます。


どんな帽子この子に春を呼びたるは  依光正樹

綺麗な色の花の飾りの付いた帽子でしょう
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている子は
春そのものです


一声もあげずに人や涅槃寺  下坂速穂

掛けてある涅槃図には泣き声がみちている
けれど寺に居る人は一声もあげない
ふと無言の何かが聞こえてきた


帰宅即空地集合春一番   横山尚弘

すべて漢字の句だがリズムが良い
子供の頃のわくわくした気持ちが蘇る
帰宅したらランドセルをほっぽりだして駆け出すのだ


第254号 2012年3月4日
クンツァイト丸ごとプロデュース号

依光正樹 独 行 10句 ≫読む
下坂速穂 樹 間 10句 ≫読む
クンツァイト新人6人集
中谷みのり 光彩 5句 ≫読む
神山朝衣 指の光 5句 ≫読む
岬光世 日月 5句 ≫読む
導月亜希 未然 5句 ≫読む
みわ・さかい エンゲージリング 5句 ≫読む
岸由美子 変身 5句 ≫読む

第255号 2012年3月11日
松井康子 春 よ 10句 ≫読む
横山尚弘 少年時代 10句 ≫読む

第256号 2012年3月18日
涼野海音 春キャベツ 10句 ≫読む


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