2012-04-29

奇人怪人俳人(9)超人俳人かく語りき・中村草田男 (なかむら・くさたお)今井 聖

奇人怪人俳人(九)
超人俳人かく語りき・中村草田男
(なかむら・くさたお)

今井 聖










「街 no.88 」(2011.4)より転載



とんでもない大発見をした。

眠っている間に「中性子」の存在に気づいた湯川秀樹のように、否(いな)、それを超えるほどのひらめきを昨夜得たのだ。

驚いてはいけない。あなたの句でも、どんなに喧伝された名句でも、それがほんとうに価値のある句かどうか、瞬時に判断できる物差しを僕はついに見つけたのだ。

それは実に簡単なことだった。しかし時代を変えるような発見というのは子規の「写生」という手法を例に出すまでもなく、ああ、こんなことになぜ気づかなかったのだろうと思うくらい手近なところにあるものなのだ。

もったいぶらないで教えよう。

秀句か否かを判別する方法とは、その句のあとに「なんちゃって」を付けて鑑賞すること。なんちゃってというおちょくりに耐えて、なお屹立できる一句こそ真の秀句というべきである。

名づけて「なんちゃって判別法」。

ふざけているわけではない。例をあげて試してみよう。

① 春風や闘志いだきて丘に立つ…なんちゃって。
② 明日ありやあり外套のボロちぎる…なんちゃって。
③ 古池や蛙飛び込む水の音…なんちゃって。
④ ついに戦死一匹の蟻行けど行けど…なんちゃって。
⑤ 戦争が廊下の奥に立つていた…なんちゃって。
⑥ 遺品あり岩波文庫「阿部一族」…なんちゃって。
⑦ いつせいに柱の燃える都かな…なんちゃって。


①は虚子の句。

「なんちゃって」の揶揄にこの句は耐えられない。闘志を抱いて丘の上に立つという図が演出として陳腐だからだ。この図は現代だから陳腐に思え虚子の時代だったら新鮮だったということはない。防人の昔からこんな図は陳腐以外の何者でもない。

良く言えば大衆性を持っているというべきだろうが、その大衆性に寄せる作者の計らいが「なんちゃって」によって完全に露呈する。大衆性を押し付けられる側が気恥ずかしい気分に襲われるのである。

②は秋元不死男の句。

こ れもダメ。演出がクサイのだ。貧乏と労働がどうもうそ臭い。そう言うと、何を言うか、この時代の貧しさや苦悩がお前にわかるかというお叱りを喰らいそうだ が、「明日」があることに一度は疑念を持つほど絶望したが、やはり「あり」と断定し希望を持って歩み出す、という演出は「三百六十五歩のマーチ」のように クサイ箴言そのものだ。

箴言、寓意はまさになんちゃって攻撃の好餌となる。

③は芭蕉の句。

これもダメで ある。「なんちゃって」が一番つけこむ箇所は古池の「古」。芭蕉と同時代なら、この「古」に当時の文学性が厳として存在したのだろうが、今見るとこの 「古」が旧来の俳句性の根っこ、つまり俳句の患部に思えてくる。この俳句を価値あらしめるために、どうして池が古くあらねばならないのかという問題であ る。

それは当時の俳諧の「俗」に対して叛旗を掲げた芭蕉のせいではなく、芭蕉の時代の文学性をそのまま今日にもちこんだ幾多の月並俳人の 責任である。だから今日の目で見ると、この部分に「なんちゃって」は容赦なく浸透してこの句を現実に生きない古典的価値のみに縛り付けるのである。

④は楸邨作品。

これもダメだなあ。蟻と人間、蟻と兵隊の比喩が陳腐。大衆性の方を向いているから簡単におちょくられてしまう。リズムと文体に工夫はあるけれど。

⑤渡邉白泉の句。

比喩が陳腐。個人的な体験に基づく個人的な感慨が優先されず、社会に対する私の批評意識のアンテナを見せてあげましょうという「説明」だけが先行する。だから一般性を獲得しようとする作為だけが強調される。なんちゃってがそこに容易につけこむのである。

⑥鈴木六林男の句。

主君の命により殉死を禁じられた侍が殉死しないことを臆病と謗られ、板ばさみになったあげく遂に腹を切る。結末がその一族が滅ぶという武家社会の不条理を描いた森鴎外の作。

戦死者の遺品としてこれを置くのはあまりにも解かりやすい仕掛け。忠義と家というものを戦時の倫理にかけた解かりやすさ。猪突猛進の男の鞄から「ドン=キホーテ」が出てくるような話だ。

なんちゃってはこの陳腐なドラマにつけこむ。

⑦三橋敏雄の句。

戦火を思わせる映像として陳腐。この句から映像以外に何を受け取れようか。
なんちゃってはこの定番の映像につけこむ。



中村草田男の句の多くはなんちゃってが通用しない。

 ふるさとの春暁にある厠かな…なんちゃって。

「厠かな」で終わる一句の結末が旧来の俳句的情緒に行かない。上句でほのめかされる郷愁が草田男独自の角度から意外性をもって示されるため揶揄が通じないのだ。

 蟾蜍長子家去る由もなし…なんちゃって。

蟾蜍(ひきがえる)という季語が下句と情緒的に融和しない。なぜこの季語が置かれているかを読者は即座には理解できない。立ち止まって考えざるを得ないのだ。ひやかす態度をまったく誘発しない。

 妻抱かな春昼の砂利踏みて帰る…なんちゃって。

テーマとしては一見ひやかし易いように思える。性意識がなまなましく書かれているともとれるからだ。

し かし、意図されたなまなましさなら定型を要求するはずである。性的な内容の卑俗さでくすぐりを入れる意図が作者にあれば手拍子のつくような定型のリズム感 で書くはずだ。なぜなら定型を崩すところに作者の主眼がないからだ。それならなんちゃってをつけられる。たとえば、「春昼の砂利踏みてゆく」、或いは、 「踏み帰る」ならなんちゃっては有効。

草田男の句には、どうしてなんちゃっては撥ね返されるか。

そのヒントを草田男自身の文章(「自句自解」昭和十四年「俳句研究」三月号)の中に見つけた。
創作に際しては――私はただ自分自身のためにのみ作り、頭初(ママ)より終尾まで他人の存在を秋毫も念頭に置かず、これを顧慮しない。引いては、他人との趣味的約束を全然無視してかかる。
その理由は(注・筆者)
創 作の世界では私という生物のあらゆる面がその欠陥と撞着とを含んだままで、「にも拘らず」全的な生命として生かされ得る。この歓びは限りないものである。 私の存在の本然の姿と必然の発展がここにある。「至上命令」の上に立つ歓びと悲しみの戦闘と宿命との軌道がここにある。かかる場合に―ーどうして第三者の 眼などを意識している余裕があろうか。いわんや世間の穏当な趣味的約束に自己の生命の方向を無理に合致せしめ矯正しようとすることが出来ようか。
僕は草田男俳句がどんな揶揄にも微動だにしない理由はこの文章に尽くされていると思う。

良い句を作ろうとするとき、「良い」の基準の中に何が意識されるのだろうか。
















例えばA図。

書く(詠う)自分は「自分の存在」を対象とすることは必然だろう。自分を見つめるということ。①は自己を見つめる方向。同時に自己表現は他者(読者)への自己主張を要求するから②のベクトルでは意味を伝達する配慮が必要になる。

解かるようにという配慮は評価されるようにという意図と重なり、草田男の言う「世間の穏当な趣味的約束」が顧慮されることとなる。例えば、俳句的情緒、一般的俳句的要件等において。

多くの俳人の態度にA図の構造は当てはまるだろう。

①のベクトルと②のベクトルはその作者の質を決定する。①だけが強すぎるとひとりよがりの作品になる。②が強すぎるとわかりやすく読者の嗜好を読み流行におもねたあざとい作品になる。

なんちゃってがつけいるのはこの②の傾向の強い作品である。

①と②の兼ね合いが顕著にあらわれるのは加藤楸邨の作品である。楸邨自身が「内側のものと外側のものを同時に見るように」と言っている。内側は内面、外側は事象や自然。

視角など五感を通して感じられるものを一度通してからでないと、内面描写、言葉での描写だけでは作品のリアリティが深まらないという意味だが、一方で、内側の混沌の難解さを外側の風景で説明しバランスを取るという意図も含んでいる。

 木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ  楸邨

は、 いそぐないそぐなよというモノローグだけではただの意味不明の難解に陥るところを「木の葉ふりやまず」の風景描写がかろうじてこの句の理解を一般的な方へ ひっぱってきているとも言える。風景描写でバランスを取っているのである。しかし、背景に木の葉をふらせる風景描写の映像的陳腐が②のベクトルの強さを思 わせる。ここにやはり、なんちゃってのつけこむ隙が生じる。

冒頭に述べたなんちゃってにやられてしまう作品はすべてこの②のベクトルの強い作品である。わかりやすく見せること、わかりやすく納得させることが何よりも優先されている。

思えば①が強い作品は自己と向きあう態度だけが突出した作品である。

 坑底枯野めきポンプすっとんギーすっとんギー
                 野宮猛夫
 梅の香や吸ふ前に息は深く吐け 石田波郷
 秋の暮山脈いづこへか帰る   山口誓子


猛 夫の句は坑底という語から坑道の底であるということがわかる。枯野めきは灯りに映し出された枯野の色を思わせる。これは色と広さであって枯野の感触ではな い。ポンプは酸素を送るポンプ。すっとんギーはその命をつなぐポンプの音である。そういうふうにこの句は現場をわからない読者にも一語ずつ想像をつなぎな がらそうとしか読めないように辿らせつつついに理解させる。

すっとんギーのひらがなとカタカナの混在の意図も質の違う音のリアルとして作者の謎解きをあと押しするのである。この句は①の強い句。なんちゃっては入りこめない。

波 郷の句は自分の体の現実が書かれている。現実のリアルと書かれたもののリアルは違うという人がいる。そんなことは百も承知だ。ならば、吸ふ前に息は深く吐 けという表現を言葉だけを紡いで出せるか。末期の眼と言おうか。自らに向き合う眼差しだけが存在する。つまり①の態度。このリアルの前になんちゃっては刃 が立たない。

誓子の句は日付つきで日々書かれた大戦末期の句である。いづこへか帰るが並の郷愁ではないことは山脈を擬人化したことからもうかがえる。まったくこの句、読者の方を向いていない。強烈に①の句。他者に対する主張が前面に出ない分、揶揄も効かない。

B



















次に、B図は草田男の場合である。

先に引用した草田男自身の文章にあるように草田男は他者をまったく意識しない。(と言っている)
草田男によって意識されるのは「至上命令」だけで、それが「表現される自分」に全人間的に介在している。

草田男による「啓蒙」は冒頭にあげた①の強い俳人たちの主張とはまったく異なったもので、主張というより義務感を伴ったもの。唯一の覚醒者としての使命になる。
草田男は自己とのみ向き合い表現をする。草田男にとって表現というものは「「至上命令」の上に立つ歓びと悲しみの戦闘と宿命との軌道」である。

ところで「至上命令」って何だ?

「中村草田男」を解く鍵はここにある。



草田男は明治34年(1901)清国福建省で生れる。父は領事。前年にニイチェが死去している。ニイチェは死して草田男に転生したのかも知れない。このことは後述する。

草 田男はやがて帰国し松山に住む。旧制中学五年のとき強度の神経衰弱で休学、一九歳で復学して卒業。旧制松山高校受験に失敗。翌年二十一歳で合格この年、修 学旅行の帰路、電車の車中で「或る異常な心理体験」に遭遇。このことが以後の生活や考え方に大きな影響を与えることとなる。

この異常な心理体験こそが「至上命令」と深く関わってくる。

草田男は書いている。
天地の幔幕ただ両断さるる、ある異常な心理的体験に遭遇した。このことは爾後の我が内的外的生活を規定せずには置かなかった。(中略)幔幕両断の比喩は直接には「死の恐怖」というかたちでやってきた。ある経験的事実をさすのだが、それのミミックのようなもの(似たようなものという意味か 注筆者)なら誰でも経験していることである。私の場合は、その前景を以ってする永遠というものの全たたずまいを直接に見てしまったとでもいえよう。

草田男は何を見たのだろうか。

数年前から草田男は神経衰弱の波に襲われている。今でいうと鬱病か強迫神経症か。さらに、領事であり世界各国に赴任して留守がちであった父母の代りに世話をみてくれた祖母の死が同年にあって、そのことの精神的負担が重なったのかもしれない。

もっともこれは一般的な見方から言っているにすぎないが。

この体験を契機に草田男はニーチェに傾倒する。
 
ニーチェにも「幔幕体験」があった。

1881年の八月中旬に、スイスの山村シルス・マリアでの滞在中に、ニーチェが散歩の途中に岩のそばで霊感のごとく感得したヴィジョン「永遠回帰」である。

す べてのことがらはすでにかつて体験されたことであるという概念。どうもピンとこないが、喩えていえば偶然と思われるものでもそれを無限回繰返せば同じ結果 が必ずめぐってくるというもの。何をしようとどう考えようとそれはすべてかつて行われたことの繰り返しにすぎない。究極のニヒリズム。

草田男が決定的に逃れ得ない「死の恐怖」の前景に「永遠」を体感する。この「永遠回帰」の啓示とつながるものであると草田男は実感する。ニーチェ体験と言ってもいい。

僕は高校の頃、同級生の鷲見(すみ)に勧められた。

「ニーチェは面白いぞ。読んでみいや」

鷲見はニーチェの真似だと言って彼なりのアフォリズム集を作って僕にみせた。笑いころげるほど面白かった。

僕は、ニーチェとはそんなに面白いものかと思って、『ツァラツストラかく語りき』を読んでみた。

超 人が山から下りてくる。ツァラツストラが体験するひとつひとつのエピソードが寓意に満ちでいる。それが寓意であり警鐘であり啓蒙であるということはなんと なくわかるのだがその内容がチンプンカンプン。よくわからない。わからないけど、とにかくカッコ良いという印象。読んでいくうちにこれが聖書のパロディだ ということを感じてくる。「神」を揶揄しているのだなとわかる。カッコ良いという印象はさらに強まった。

真理イコール神という絶対的な概念を否定し、知識による理解よりも情念を先行させること。

「人間」の原初の在り方を至上のこととすること。

無垢なるものを希求すること。

徹底したニヒリズムを通してはじめて「生きる」ということに覚醒すること。

漠然としてはいるがなんとなく浮かんでくる「ニーチェ」の概念と草田男俳句は僕の中でぴったりと重なる。

 冬すでに路標にまがふ墓一基
 時を違へてみな逝きましぬ今日は雪
 踊の輪ただに輪廻のかがやきに


などの究極の「絶望」から、

 あかんぼの舌の強さや飛び飛ぶ雪
 妻と生きるは永遠に一度や梅魁
(さきがけ)
 拭きにこよと厠に呼ぶ嬰天に燕


などの「生成」へ。

これが草田男にとっての「至上命令」。
 
草田男に最も強い影響を与えたのはもうひとり斎藤茂吉。これも神経衰弱の谷間の時期に遭遇している。

あかなすの腐れてゐたるところよりいくほどもなき歩みなりけり

を草田男は絶賛している。この短歌など、どこかニーチェと同じ匂いがしないか。絶望からの一歩。

草田男にとっては啓蒙は自己主張ではない。「至上命令」を伝える大いなる義務なのだ。ニーチェが人間の最初の覚醒者として、山を下りる「超人」に自分を喩えたように、草田男もまた最初の覚醒者、単独登攀者としての自分を絶対視した。

 蟾蜍長子家去る由もなし

長子は家に残りたくて残るのではない。去りたくても去る理由がないから残らざるを得ないのだ。「家」を俳句の世界に置き換えてみればいい。家は長子にとって継ぐべき運命にあるのだ、当人が望む望まないにかかわらず。

最初の覚醒者の「義務」としての啓蒙がここで認識されている。



そして、「俳句の師は草田男、人間の師は楸邨」と今でも公言する金子兜太が嫌ったのはこの「啓蒙」意識であった。

戦後の草田男と楸邨との公開書簡「楸邨氏への手紙」でもこのことが論議になる。楸邨に向って「貴君は後進の哺育を考えているのか」という問いかけがなされる。

楸邨は「自分が創作に向う態度をみてそこから学ぶべきものがあればどうぞ」というふうに考えていると返す。

共に人間探求派と称された両者の考え方の違いが顕著に示されている。

草田男の「哺育」とは単なる世俗的な教育という意味を超えている。冒頭に示した②のベクトルを強めるという考え方とは異なって、覚醒者としての義務について言っているのだ。

兜太は「教えるなんて態度はとんでもない」とこの点に関しては草田男を批判する。だから、「俳句の師」を去って楸邨に師事したのだと暗に言っている。

だが、兜太が定型文体や俳句的情緒に捉われない作り方を学んだのは、やはり草田男からだ。兜太が伝統を外れる句作りをすると兜太が出ていた「成層圏」(「萬緑」の前身)の句会の先輩たちから「草田男限りだ」と言われたとのこと。これは直接聞いた。

草田男限りとは草田男だけに許されることで、お前は二番煎じだという意味である。

兜太が草田男の句から受けた示唆は大きいものがある。



中学生のとき石田波郷選に入って俳句へ導かれた僕は浪人のとき大阪で山口誓子の句会に出て憧れの誓子を見た。

大学入学で上京したので、こんどは加藤楸邨、次に中村草田男に会うつもりであった。まずは楸邨と考えて「寒雷」の句会に出たらそのままそこに居つくことになった。

最初に出た句会で、当時の平井照敏編集長が声をかけてくださったおかげだ。

「僕のところでやってる句会に来てみませんか」

あの言葉がなかったら、僕は自分の計画通り「萬緑」の句会に押しかけていただろう。

草田男を「見た」ら僕は何を思っただろうか。草田男に師事して「哺育」をいただいていただろうか。

今となっては一度でいいから草田男を見てみたかった。

なんちゃっての通用しない句を作りたい。
                       
(了)

    
中村草田男 三十句撰

ふるさとの春暁にある厠かな
蟾蜍長子家去る由もなし
秋の航一大紺円盤の中
蜻蛉行くうしろ姿の大きさよ
冬の水一枝の影も欺かず
冬すでに路標にまがふ墓一基
妻二タ夜あらず二タ夜の天の川
妻抱かな春昼の砂利踏みて帰る
ショパン弾き了へたるままの露万朶
あかんぼの舌の強さや飛び飛ぶ雪
萬緑の中や吾子の歯生え初むる
月夜なり買ひ来て下駄を眺める妻
毒消し飲むやわが詩多産の夏来る
空は太初の青さ妻より林檎うく
白鳥といふ一巨花を水に置く
蟷螂は馬車に逃げられし馭者のさま
深雪道来し方行方相似たり
耕せばうごき憩へばしづかな土
炎熱や勝利の如き地の明るさ
焼跡に遺る三和土や手毬つく
麦埃旅の時問は生きてゐる
母が家
(や)ちかく便意もうれし花茶垣
くつわ虫のメカニズムの辺を行き過ぎぬ
夕べのとばりつく毬未だ赤に見ゆ
時を違へてみな逝きましぬ今日は雪
熟睡
(うまい)赤児のそこここ微動百千鳥
妻と生きるは永遠に一度や梅魁
さきがけ
拭きにこよと厠に呼ぶ嬰天に燕
踊の輪ただに輪廻のかがやきに
ムッソリーニの如き大螇蚸今も見たし




第126回現代俳句協会青年部勉強のお知らせ
「腐った」男は『白痴』の男に何をみたのか 中村草田男と川端茅舎 ≫読む


「街」俳句の会 (主宰・今井聖)サイト ≫見る

1 コメント:

野口裕 さんのコメント...

> 眠っている間に「中性子」の存在に気づいた湯川秀樹

う~ん。中性子ではなく中間子だろうと思います。一応補足しておきます。