【週俳6月の俳句を読む】
わたしたちのこと。
衣衣
はみ出せる自愛ぶよぶよアマリリス 神野紗希
いしいしんじさんの小説『みずうみ』に出てくる、水まみれのタクシー運転手のおはなしを思い出しました。あれは自愛、ではないかもしれないけど。”ぶよぶよ”は、お風呂につかりすぎて、指がしわしわになったときのあのかんじです。
「共有」することとか、「ソーシャル」なんていう言葉ががちまたにあふれて、珍重されるなかで、“愛”はそこから最も離れたところにいる。だって「ソーシャルな愛」、「パブリックな愛」って聞こえはいいけど、なんか変でしょう?
わたしの愛はわたしのもの。特にそれが自分自身に向けられたものなら。
でも時々、出口のなさに辟易することもある。行き場のない愛は夏の湿気を含んだ空気みたいにふくらんで、自分の輪郭を危うくする。そんなときに人は夜の散歩に出かけたり、時につぶやいたり、誰かに手紙を書いてしまうわけです。
清楚な名前と響きのわりにけっこう派手でどぎつい見た目をしたアマリリス。それはわたし自身そのもの。
クレマチスから私まであと少し 北川あい沙
「クレマチス」、「私」という文字の硬質さが素敵。個人的には(字余りかもしれないですが)「私」は“わたくし”と読みたい。これが”あたし”だったり、”わたし”とかだったら、ちょっと違った印象だったかもしれない。「から」という文字が、定規のように「クレマチス」と「私」の間をきっちりと分かち、隔てている。硬度の違う二つは、永遠に一定の距離を保ち続ける。衛星と太陽みたいに。N極とS極みたいに。水と油みたいに。
距離感とはまなざしのこと。
今は私が見つめているけど、近づいたらクレマチスから見つめ返されてしまうかもしれない。だから、このままで。
第267号
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■藤田哲史 緑/R 10句 ≫読む
第268号
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第269号
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第270号
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2012-07-15
【週俳6月の俳句を読む】衣衣 わたしたちのこと。
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