2012-10-14

【週俳9月の俳句を読む】神々しいと禍々しいは紙一重 榊 倫代

【週俳9月の俳句を読む】

神々しいと禍々しいは紙一重
 

榊 倫代


人体の表面積に秋の風 桑原三郎

「人体の表面積」という表現ひとつで、風が爽やかで気持ちがよいとか、風の音が何となく寂しいとかの感覚や感情が一切排除されて、秋風の乾いた響きだけが残るのが面白い。生命活動からも社会的活動からも切り離されて、人の体がひとつの物体になる。表面積という言葉からは、つるつるとした人型のオブジェのようなものを思い浮かべた。


空焚きの鍋のにほひや昼の虫  同

火事になる前に気づいて、火を止めることができて良かった。でも、ああ失敗したという思いはしばらく続くのだろう。洗っても消えずに残る匂いのように。昼間に鳴く虫の声はどことなく心もとない感じがして、よりいっそう侘しさが増す。


蟷螂の腹ふくらみてゐて怖し 対中いずみ

蟷螂の腹がふくらんでいるのは、交尾後で卵を抱えているからだ。やがて産卵し、暖かくなれば卵は孵化する。田畑や雑木林、草むらなどで普通に見かけることだ。何も怖ろしいことはない。けれど、本当にそこにあるのは卵か。何か得体のしれない別のものではないのか。見れば見るほど、腹のふくらみが異様に思える。腹を食い破って中から出てくるものは・・・・

と、いうようなことをかつて、日に日に大きくなる自分の腹を見ながら考えていたことを思い出した。妊婦のくせにホラー映画やホラー漫画の見すぎである。

妄想の話はさておき、昆虫でも人間でも、孕んだ姿に怖れや不安を感じるのは、よくあることのように思う。神々しいと禍々しいは紙一重で、土偶に妊婦を象ったものがあるのも、豊穣や子孫繁栄の象徴であると同時に、その姿そのものが畏怖の対象でもあったからではないのか。たとえばアマゾンの奥地に住むヤノマミ族の母親が、産んだ赤子を人間として育てるか、そのまま精霊に返すかという選択をする風習からも、妊娠出産が人間のものではなく、自然(精霊)の一部として畏怖される行為であることがわかる。

掲句に話を戻せば、蟷螂のメスは交尾の際にオスを捕食することもある。繁殖行動の一部とはいえ自然は怖ろしい。ふくらんだ腹に感じる怖ろしさは、人知の及ばない自然の力が、こんな小さな生き物の生態の中にもあることを感じるからだろう。ただ単に、生理的に気持ちが悪い怖いという以上の何かがあるのだ。


膝小僧青く小さな飛蝗来て  同

しゃがんで、草をむしったり花殻を摘んだりしているところだろうか。何か考えごとをしながら、膝を抱えて座っているのかもしれない。

青くて小さいというと精霊バッタだろうか。膝小僧という擬人化された措辞が効いていて、わざわざ飛蝗が訪ねて来たようにも読むことができ、和んだ。


スカートの裾より花野続きをり  柏柳明子

丈は膝ぐらいか、それよりすこし長い、裾がふわりと揺れるスカートなのだろう。風に揺れるスカートと花野。歩くたびにそこからまた花野が続いていくようだ。広がりのある気持ちのよい句。


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