【2012落選展を読む】
エプロン専門店からからふとますまで
(16すずきみのる 17藤尾ゆげ 18佐藤文香 19生駒大祐)
谷雄介
村越敦
司会:上田信治
この対話は、2012/11/18 22:23から2012/11/19 1:18にかけて、skypeのメッセージ機能を通じて交わされたテキストを、再構成したものです。
谷: この画面でチャットする感じですか??
上田: あ、そうです
谷: では、あと村越くん待ちですね。練習中・・・これ、発言どうやったら消えるんだろ(改行はshift+enterですね。facebookと同じ)
上田: 右の矢印をあれすると。
谷: お、消えた。右クリックですね。
上田: あ、そうだね。
今日、何食べたですか?
谷: 昼は自分でパスタを作り、夜は木枯しの浅草に繰り出して、安い回転寿司を食べて、浅草名物の「浅草メンチ」を頬張りながら夜の散歩。
ただいまマックに落ち着いたところです
上田: あ、村越くん、帰ってきた
村越: 遅くなりました。ダッシュで帰ったので、少し痩せたかとおもいます。よろしくおねがいします。
上田: えー、では、はじめさせていただきます。
村越: よろしくお願いいたします。
谷: お願いします。
上田: 落選展応募作品を、3ブロックに分けた後半8作品を、谷雄介さん、村越敦さんとともに読んで参りたいと思います。
村越: 高まります!
上田:では、番号順に。
●
16 すずきみのる「曲直」
≫読む ≫テキスト
村越: いいと思った句を挙げますと、
窓が切りとる上下層春の塔
節電の夏や緑に染める髪
冬川に石打ちなにも期待せず
はつゆきを競馬新聞にて避ける
エプロン専門店出て冬晴の高き塔
てな感じでした。雄介さんどうですか?
谷: 競馬新聞は僕も好きでした。ちなみに1句目はどこがおもしろかったの?
村越: 春の塔がなんとなく唐突なんですけど、上五中七が新鮮かなぁと。
全体的には、素材はけっこう新しくて、表現上も工夫を感じる部分が多かったのですが季語でうーん、となってしまう印象を覚えました。
谷: 僕は単純に「窓が切りとる上下層」が分からなかった。
村越: 窓の句については、大きな窓があって、その真ん中あたりで横に区切られる部分があって、その上と、下という風に読みました。でも冷静に考えると、どちらも同じ景色ですねw
谷: 捉え方は僕も一緒。
で、これは僕の中で今日の座談会のテーマでもあるんですが、
上田: おお
谷: 「それって面白いんだっけ?」
上田: w
谷: 「その面白さってどうやって説明するんだろう?」というのが、一通り読んで、非常にギモンでした。
村越: この方に関してですか?それとも、 今回読んでいただいた作品全体的にでしょうか。
谷: この方特定ではないです。各々濃淡はあれ、という感じ。
なんか感じ悪いね、僕。あ、いつもか。
上田: いや、大事な話だと思います、それ。
まず、あらかじめ説明できないようなことでも、それが俳句になっていて、面白ければ、逆算されて面白さがそこにあった、っていうことには、なるよね
谷: 信治さんの話、むずかしいっす。
上田: まだ、勘で喋ってるだけから、そこは、おいおい話していきましょう。
谷: 了解です。
村越: 雄介さん、この方の作品で好きな句はありました?
谷: まずは競馬新聞。
村越: いいですね。
上田:ちょっと、ポーズを感じないこともないけど、その句。
谷: あとは〈初夏の口腔に舌あるばかり〉もちオマージュとして。 んー、でも微妙かも。迷う
上田: 何へのオマージュですか?
村越: すみません、僕もわからなかったですw
谷: 晩春の肉。
村越: 舌よりはじまるか、でしたか。
谷: YES.舌。
上田: でも、それは、一連を代表する句ではないですね。
谷: 僕の方の全体的な感想で言うと、かなりの数の句が、よく言えば予定調和を脱していると思うんですが、 分かりにくい、読みにくい句が多いなという印象でした。
あ、〈ダービーや麦飯の上黄身の張り 〉も好きでした。〈壁と床ひといろの部屋かしはもち〉も。
上田: わがままな書きぶりというか。
村越: 書き方をわかりにくくすることで、予定調和を無理やり脱してるという感じでしょうか。
谷: たとえば、初めの〈春浅し運命鑑定士は中座 〉は、意味は分かるんですけど、なぜここで敢えて運命鑑定士を中座させるのか、そのシチュエーションにどういう面白さがあるのか、が、直観的にも、論理的にも分からない、という感想でした。
あと、村越くんの言う「季語がうまくいってない」という話で言うと、
ダービーの句なんか僕すごく好きなんですが、「ダービー」で要素が増えて、作品が何を言いたいのかわからなくなってしまった感。
(こんな話してたら朝になりそうですね・・・)
村越: いいですねw
上田: 今日は三分の一か、半分までという手もありますね
村越: もどりますと、季語と、それ以外の措辞の「つき幅」にばらつきがある印象なんです。
谷: 〈庭石の残るあかるさ揚ひばり〉とか? 〈拓本に私信の古ぶ万愚節 〉とか?
村越: いや、作品全体で見た時に、最左翼と最右翼が遠い印象で、たとえば〈揚雲雀〉の句は近い。〈運命鑑定士〉の句は、春浅しだと遠すぎてなんだかシチュエーションがわからない。
そのなかでダービーとか、あとはさっき挙げた〈エプロン専門店〉の句なんかは、要素は多いながらもぎりぎりのところで糸が通っている気がして。
だからなんだか統一感がないというか、ばらばらな印象があるなぁと、ちょっとふわふわした表現ですみません。
上田: 違和感というか、気持ち悪いかんじをたよりに書かれているのかもしれないですね〈節電の夏や緑に染める髪〉。
村越: その節電の、かなり好きでした。
上田: 節電と、カラリングの、つきそうでつかないかんじ。戦時中の愛国婦人会が、電髪を敵視した故事をふまえているのかな。
村越: 現代の、不安定な感じ。
谷: 僕も好きなんですが、 その村越君の「現代の、不安定な感じ」が見え透いてしまう気がしてとらず(笑)。
村越: 見え透いてしまう、なるほど。笑
谷: ちょっとひねくれすぎですね・・・すみません。 好き嫌いで言うと、好きです(笑)
村越: ツンデレw
上田: ちょっと親切に読み過ぎかもしれない。
谷: ちなみに、すごくつまらない質問をしますが、エプロン専門店の句の「高き塔」はスカイツリーのイメージ?>村越君
村越: いや、僕は送電線の鉄塔でとりました。 高円寺とか、初台とか、あのへんにあるやつ。
谷: なるほど。変な意地悪な意味ではないんですけど、やたら俳句って「塔」って使うんですけど、
上田: ふふふふ、なるほど。
村越: あー
谷: 「塔って何だっけ?」「その塔って伝わってるの?」と日頃から思っていたと。それだけの話なんですが。
上田: では、その問題は、また以降の作品にもちこしていただいて、
谷: あ、あとひとつだけ。この作者、「ひと」という言葉を多用してますよね。意図があるのかもしれませんが、悪目立ちしているかもと思いました。
上田: なんとなく女性のイメージ。男性性の演出だと思うな。
●
17 藤尾ゆげ 結界
≫読む ≫テキスト
谷: 一番好きだったのは、〈正月を殴つて逃げてしまひたき〉。
あとは、
失敗をつばめのやうに忘れたい
てつぺんの鬼柚子あした孵化するや
鰆の字大きく書きてバスガイド
かなり自由に書かれて面白く読めた半面、完全に意味が取れない句(〈オペ室へ〉とか)もありました。
上田: このひとも、わがままな書きぶりとは言えますね
谷: 信治さんの「わがままな書きぶり」の意味するところやその反意語等もお伺いしたく。
村越: 僕、この人相当好きでした。いっぱい丸がついてる。
蜘蛛の糸のぼりていつもここに来る
谷: (読み返すと、いろいろ気になる句ありますね)
村越:
鰆の字大きく書きてバスガイド
雹過ぎてパン粉の中に右手かな
日蝕の朝のたましひ胡瓜揉む
首長き天気予報士雪を貼る
咳けば狼の来る鉄扉かな
フレームの湿気すべてが父である
咳けば狼の来る鉄扉かな
春の山ぐるりとリップクリーム塗る
動物のモチーフと、あとはタイトルにあるように宗教的なモチーフが多くて。
谷: (狼の句、好きすぎるだろ)
谷: (あ、リップクリームの句もいいね)
村越: 生々しい、グロテスクな世界があるなぁと。あまりこのタイプの世界観をきちんと提示してくれる人って少ない気がして。
谷: もう一句〈塊は鯨となりて喪の明くる〉、にも一票。
村越: 丸ついてました、それw「塊は鯨となりて」の求心力、半端ないです。
谷: グロテスク、か。何か違う言い方あるかな。
村越: それはたしかに違うかも知れません、自分で言っておきながらですが。
谷: なんだろね。たとえば、パン粉の中の右手、のあたりでしょ?
僕の感じで言うと、生死とか、苦しさ、神や地獄とかを、犬猫や、パンやスープと同列に並べて作品を作っているという印象。 神様を買うっていう言い方とか、自分が解剖される蛙になる視点とか。
塊は、の句も、何の塊かは分からないけど、変に暗示的ではなくて自然に詠まれている気がする。
村越: 〈藻の花や沈めば我は誰の餌〉そうですね。そうか、それなら〈岡本太郎〉も理解できます。
上田: あー、ちょっと、じゃあ、わがままの話してもいいですか
村越: もちろんです。
谷: お待ちしてました。
上田: あげていただいた句に、なんらかの感覚的な内容があるらしいというのは、分かるんですけど、ぼくは、ほとんど説得されなくて、もどかしかったんですよ。
雹過ぎてパン粉の中に右手かな
雹過ぎて、という言い方がまず、ぎりぎりなかんじ。雹が通りすぎるように止んだということかな。
で、雹が止んだことを認識してる主体が、つぎは、パン粉の中に右手を発見する……自分が、自分の手をパン粉に突っ込みっぱなしだったことを思い出すんだろうか。
それ、面白いかもしれないけど、ほんとに作者が書いたことはそれなのか。ただ、うまく言い切れてないだけなんじゃないか。
ローマ字のどれにも冬の鳩のゐて
popですよね。でも、もうひと説得して、ローマ字にいる鳩にふれさせてほしいのに、そこまで踏み込んではくれない。
谷: すごい雑な添削ですけど、「雹過ぎて→松過ぎて」なら、まだイケます?
村越: いや僕はそこ、雹のほうがいいとおもいますw
「雹すぎて」、難しいですかね?さっきまで雹が降っていて、いまは止んでる。でも硬い雹があちこちにあたる音とか、空気感はまだ残っている。
それを通奏低音として、自身は右手がパン粉の中。気持ち悪いじゃないですか、あれ。
いろんな微妙な感覚が、良い感じで絡み合ってて、それが気持ちいいなぁと。 痛気持ちいいに近いというか。
谷: そうか。まあ、松過ぎてを押すわけではないんだけど、「雹過ぎて」を信治さんも、村越君も真面目に鑑賞していることにちょっと意外な気がしている。
(突然変なこと言いますが)(鑑賞に取り入れていることに、か)
村越: おおっ
谷: (ちょっと意味が分かりませんね、やめますか)。
冬の鳩の句は、僕も信治さんと同じ印象(ふれさせてほしい、踏み込んでくれない)なんですが、その踏み込めなさを多少楽しんで読めているかも。今は。飾り文字、みたいな事ですかね。
上田: あと、壁の立体サインという可能性もある。
谷: そういえば、今思い出しましたが、 善光寺の門の「善光寺」という文字には鳩が隠れてるんですよね。ああいうののことか。http://zenkozi.com/about/pigeon.html
村越: なるほど。
上田: これは、たしかに「それって面白いんだっけ?」かもしれないですね。
谷: つまり、信治さんの言ったような意味が裏にあるとすると「ローマ字」じゃないかも。
村越: LOVEのオブジェとか、そういうのの可能性もありますよね。
上田: つまり、わがままな句作り、というのは、言葉足らずとか、イメージの不確かさを逆手にとろうとしている、ということですね。
谷: あ、そういう意味ですよね。
上田: この方の場合、言葉が足りると、〈失敗を〉〈正月を〉〈蜘蛛の糸〉のような、川柳に接近した句になる。
谷: ああ〈正月を〉は川柳といえば、川柳ですね(このへん種々議論があると思いますが)
上田: 村越さんのイタキモチイイ、おもしろい評言でした。
村越: とすると信治さんは、言葉が足りてない句に魅力を感じるということでしょうか…?
上田: いや、うーん、
村越: あ、この作者の作品の話です。
上田: 俳句に「ウワゴト感」みたいなものは大事な要素だと思います。坪内稔典さんの言う片言性ですか。
でも、それって、まぐれを方法化するみたいなもので、ガラガラポンみたいにして作っていく中で、どういうわけか汲めど尽きせぬ魅力があるものが選ばれて提出されていれば、作品として成立していると言える。波多野爽波の句の多くは、そういうものだと思います。
でも、アタリハズレはかまわずどんどん書くんで勝手に読んでくれ、という句作りに見えてしまう場合は、ちょっと、わがままかなあ、と。
村越: そうちょっと思いだしたのが、最近句会の選評の中で、村上鞆彦さんが「稚拙を装った句」という表現を句をほめる文脈で使ってらして、
上田: ほほお
村越: 信治さん的にはそこまでいってないよね、ということでしょうか。ここまでのお二方に関しては。
上田: あ、ぜんぜん、そういう方法意識で作られてないと思います。
谷: 稚拙とはまた違いますか?
上田: えーと、ジャンプをつくろうとしてる。
谷: 俳句には二つある。ジャンプのある句と、ジャンプのない句である。by上田信治
上田: (無視して)
詩的飛躍をつくろうとして、いっぱいいっぱいの歩幅で飛ぶとき、すごく無理がある飛び方をして、ふしぎなポーズになるみたいな?
谷: ジャンプにはつある。週刊少年ジャンプと月刊少年ジャンプ、そしてその他のジャンプもろもろである。あ、くだらなくて死にたい。
村越: 僕マガジン派です
上田: 笑。えー、では次に。
●
18 佐藤文香 丘に見えたところ
≫読む ≫テキスト
村越: 好きな句を抜きます。
泪の夜さへもスープは熱く出来
ゆずり葉や更地脇群青の小屋
川までのてのひらに雛あたたまり
初桜めがねの朝はさりげなく
さへづりに濡れてはじめの樹へ戻る
桜蕊降るやひとりの夜がすべて
葉桜や丘に見えたところに来てゐる
いつまでもむかしの波を平泳
ひとことで言えば、長いラブレターのような作品群、どう読めばいいのかという感じです。
上田: どう読めばというのは。
村越: 全体的にぼやけた、不安定な書き方をしているんですけど、たとえば言葉の連続性(梅園に→梅林の、みたいな)に見られるように、連作作品としては相当練られている。作者の世界がきちんと提示されている。
反面、たとえば〈冷えた手を載せれば掴む手であつた〉。~であつた、はいったい誰に向けて書いているのか。読者はなにをよすがとしてこれを読めばいいのだろう、と思ってしまって。
谷: 乗っかりますが、「この句ってどこがおもしろいんだっけ?」という疑問、僕は村越君のあげたほとんどの句についてあてはまるかも。
上田: ふむふむ
谷: (あ、すみません、マックから追い出されそう)
村越: おっとw
上田: えええピンチじゃないですか
谷: 10分ほど小休止いただいていいですか? すぐ家に戻るので。
上田: はい、了解です
谷: その間に、村越君があげた句の一部でいいので、「この句はここが面白い」と世間にプレゼンできる部分を、教えてほしいかも。
村越: 了解です、ちょっと考えるので、帰宅されたらしゃべって下さい!
谷: ただいま、戻りました!一瞬トイレ!
本格的に戻りました。さすがに木枯しの日は寒いですね。
村越さんがまだのようなので、先に別の話をすると。
冷えた手を、の句と、〈長恨歌のちに冷たき手となりぬ〉の句と(過去の同じ作者の句を比較しちゃうのはあまりよくないかも知れませんが)全体的に相当わがままな書き方に言ってしまっているというか、わがままな「面白さ」の方へ作者だけが突っ走ってる気がしてます。
作品自体は嫌いではないですが。全体雑感、以上です。
村越: おおっ…喋りにくい…
谷: いや、ぼくのくだりは一度無視して、あげた句の「ここはオレが推すぜポイント」を熱く語ってください。他の人は佐藤句のどのへんが面白いと思ってるのか、確かめたい。
村越: 〈川までのてのひらに雛あたたまり〉これなんかは、俳句的にすごく良くできているというか、感覚を丁寧に描けていて好きでした。
それから、〈はじめの樹〉の句や〈丘に見えたところ〉(題名にもなってますが)の句は“時間差”が魅力だと思いました。
あとは、内容もさることながら、この作者は、この人ならではの書きぶり・形式が魅力的だと思います。
谷: 〈めがねの朝〉は?
村越: さりげなく、でしょうかw
谷: 「書きぶり、形式が魅力的」は分かる。
上田: これは、後朝では。
谷: あ、きぬぎぬか。なるほど。
信治さんはどのあたりの句が好きでしたか??
上田: あ、ぼくですか。
村越: ゆーすけさんも好きな句を、是非。
谷: 〈月は春かつての最寄り駅に降りず〉とか。
上田:
冬の日や浅瀬の鳩のうむ水輪
その指をながめてをれば吾を摘む
水仙の群のほぐれて向かうまで
あかき葉のつと空を指す芽吹きかな
春になる中野通りを北へただ
花に夕焼スパゲッティを巻いてなほ
たんぽぽを活けて一部屋だけの家
溶けぬ砂糖に潰すミントの茎むらさき
葉桜や丘に見えたところに来てゐる
呼吸そつと汗の後頭部を抱く
村越: おお、ほとんどかぶらなかった…
上田: もともと、こう、言葉の操作と偶然によって生じる、キラキラしさみたいなところで勝負してる人だと思うんですけど……。
この句は、これ連作でしょう。
谷:〈その指を眺めてをれば吾を摘む〉は僕も一票。
連作として読まれることを相当意図してますね
上田: そのムードの持続が、キラキラに、核を生んでるなと。
感情的な核に、いちいち手応えがあるので、これは、僕がさっき言ったような、わがままっていうんじゃないような気がするんですよ。
谷: なんか「連作」と言い始めると別の話になっちゃうんですが。ここまで「連作」と言う話が一度も出てこなかったのに。
上田: あ、谷さんは、一作一作ができてるかどうかを言いたいのでしたね。
谷:いや、僕は一作一作の出来だけではないと思ってます。 この作者になると「連作」としての見方も語る必要があるってことでしょうか。
上田: もどるけど、ぼくは、長恨歌、の句よりも、冷えた手のほうが、いいなあ。
谷: その気持ちは僕もわかります。気持ち、というより、本当は僕もそう思うんですけど。
なんだろーなー、同年なので変にうがった見方をしてるのは間違いないんですが、たびたび野暮な質問ですが、信治さんがどのへんが面白いと思われますか?この句。
今回は感情的な核に、手応えが出てきてるということでしょうか。(おっしゃってる意味は何となく分かるんですけど・・・面倒くさくてすみません。。)
上田: ことばのあやうい操作の生む抽象的なキラキラと、情感のたしかさの両立。
村越: なるほど…。
上田: たとえば、どちらも性愛の句かもしれないですけど〈その指を〉の句の、時間と運動、あと視点がシンクロして動く経過とか。
谷: 性愛じゃないですか。これは。
上田: 〈呼吸そつと〉という上五の、切り出しの不安定さとか、まあ、たまらんですね。
村越: すごく、すごくよくわかるのですが。
情感のたしかさというのは本当にそうで、それは伝わってきます。で、それを独特の書きぶり、ことばのあやうさでいいところまで引き伸ばして、放り投げてる。
全体として見ても、句でちゃんと作者らしさが一気通貫していて、好きな一連です。
ですが、その情感の内容が、やや「独りよがり」、もしくは逆に「普遍的すぎる」内容が多い気がして、だから「わあ!おもしろい!」、という感覚とは違ったんですよね。
なので一読者としては、もうすこし、少しだけでいいので、普遍的でありながら、詠う内容にオリジナルな部分があると、書きぶりもあいまって作品がより遠くに飛んでいく気がしてならないのです。
その意味ではちょっとだけ、残念でした。好きな一連なので、なおさら。
谷: 「独りよがり」とは違う言い方だけど、「君」という言い方で出てくる相手のパーソナリティが、ほとんど具体的に語られていないのが特徴的。どういう人物か見えてこない。
「普遍的」はたぶん作者自身が意識してるんじゃないかな。普遍的・・・ん、言い方違うか。
上田:逆にね、極私的であることを前面に出しつつ書くことで、新しい領域を切りひらいている、ということでは。
谷: 明らかに「新しい」と思います。
村越: 「新しい」、そうですね。
僕自身がこのごろ私的なものを可能な限り排除して書こうとしているので、眩しいだけなのかもしれないです、単に。笑
上田: 普遍的でエモーショナルなものって、平成俳句では、ダサイとされがちではなかったかと。子供が生まれて父になったとか・・・そんなことない?
谷: そうですね。
上田: この一連は、エモーショナルなものを、あからさまに極私的に書くことで、俳句にふたたび持ち込んでみせているのではないか。
村越: なるほど。
上田: どこが極私的かっていうと、けっこう露骨に暗示される性的なものとか、〈花に夕焼〉や〈溶けぬ砂糖〉みたいな、その日のできごとだろそれ、的な内容。
それもこれも、恋の句だから可能なことで、おもしろいと思ったなあ。
谷: なるほど。 白泉の〈われは恋ひきみは晩霞を告げわたる〉みたいな、このへんの世界がちょっと近いですかね。
上田: ああ、白泉。近いかも。〈われは恋ひ〉は「青春譜」っていう連作の最後の句だし、あの子供が死んだ時の一連とかね。
あと、ぼくがあげたうち、半分くらい叙景句で、非常に率直に書かれていて、でもそれは、一連の感情的持続の中で書かれてるんじゃないか、と。
村越: ですね、恋の句で読み手もエンジンが掛かって、情景句はその惰性の中で読む、という感じがします。
上田: 惰性は、ちょっとあれだけど、いい意味で勢いに乗って、素直に書かれているような気がして、
村越: うんうん。
上田: 浅瀬の鳩の、と、もたもた言っといて、冬の日や、と帰ってく感じとか、いくないですか。
谷: 逆に「これはないだろー」みたいな句ってあります??
上田: 凝り過ぎかなというのは、ある。
村越: 〈ふきのたう愛の湿度のととのほる〉の「ととのほる」がちょっと…(笑)。「さへづりに」からはじまって、そこからの数句はすごくいいと思いました。句どうしの連関が。
本当に、話すことは尽きないですね。
上田: どうしましょう、谷さん、明日会社ですよね。
谷: とは言え、もうひとりふたりやらねば、2回でおさまらないですよね汗
村越: 生駒さんまでやりましょうか?
谷: すみません、紛糾させて。
村越: お仕事、優先して下さい。(明日は我が身)
●
19 生駒大祐 らふそく
≫読む ≫テキスト
谷:
天の川星踏み鳴らしつつ渡る
螺子締めて木を苦しむる夏はじめ
蝸牛まみどりを糞りつづくなり
取り急ぎ、以上です。
村越: 全体的に見ると、どうでしょうか。
谷: 読み切れない句と、何でこんな簡単な句作っちゃったの?という句もあったかなー。
簡単な句というのは、〈風吹いて〉〈木漏れ日の〉〈太陽の育てし〉あたり。誰でも作れそうな句ではないかと。
(そもそも賞に出してすらいない僕が人の句に偉そうなこと言えないんですけど・・・)
(やばいな、このポジション・・・)
(ひえー)
上田: いやいや、賞に出してる方も辛いよw
谷: 村越君はどう?
村越: えっと、好きだったのは
目を瞑るやうに雨止む草紅葉
文殻を焚けば浅草見ゆるなり
下京や氷柱肥えゐて一つ根に
螺子締めて木を苦しむる夏はじめ
朝風や死螢の背ナ湿りゐる
はつなつはましろきゆめとこゑがいふ
村越: 〈螺子締めて〉はゆーすけさんも挙げてますよね、僕もいいと思いました。
谷: 〈はつなつ〉の句はどう鑑賞したの?こゑをどうとるか、迷った。
村越: はつなつの句、たぶん生駒さん的には、決め球のつもりで書いてると思ったんです。
谷: ふむ、決め球。
村越: ここがひとつの山、みたいな。
谷: ほう、ここがひとつの山。
村越: ww
谷: なんだよ、山って!
村越: いや、連作のなかにいくつか散りばめるじゃないですか、自信作みたいなのを
谷: そうね、でもここでいう「こゑ」ってなんじゃらほい?
村越: わからないです、誰かに発声されて、空気を伝ってきた、なにかです。
上田: この世ならぬもの、というかんじでしょうか
村越: ですね、霊的ななにかでしょうか
谷: ですね。だだこねました。
村越: 笑
谷: でも、だだではありますが、
上田: ええ
谷: 俳句の世界って、相当雰囲気で理解する部分、多いですよね。あまり詮索せん方がいいのかも知れませんが、
上田: 超音波で、会話してるみたいなとこあるよね
谷: あ、それ分かりやすいですね。
村越: びびびびびび、ですね
谷: でも、本当に会話できてるかは、あやしいと思いますよ(漠然とした話ですが)
村越: たしかに
上田: どのくらい、その空中戦が「ほんとうに」あるか、が句の価値だったりすると思う。
村越: ただその齟齬がおもしろいですけどねー、伝わらないとか、曲解されるとか、おもしろいなぁと
上田: ああ、村越さんは、今、そこがつぼなんですねえ。
村越: かもしれないです。だからこのはつなつの句、 ちょっと物足りないんですよw ひらがな書きとか、狙いどころとか、ふむ(ニヤリ)としてしまって。
上田: この人は、でも、わりと、かたちにしていこうとしているよね。雰囲気的といわれてしまうようなものをもっとも好みつつ、ムードで終わらないようにという意図は感じる。
目を瞑るやうに雨止む草紅葉
眠たげに木の横たはる春のくれ
蝸牛まみどりを糞りつづくなり
いのちなき鶏卵茹でる晩夏光
でも、ほんとは、
黒蟻や溶けし氷菓に流さるる
おのづから粘土は花器に神無月
日本間の匂ひのしたる冬の雲
缶に入るからふとますや春の春
このへんの、あほか、というような句が好きです。自信作なのか、やけっぱちなのか分からないけど。
谷: 春の春って(笑)何なんでしょうね。
村越: たしかに。笑
からふとます、ってひらがなで書くとなんかいいですね。
谷: からふとます
村越: 違ういきものみたい。
上田: ふとましいよね。
谷: ふとましいからふとます
谷: からふとましい、からふとましく、からふと・・・
上田: 春や春、だったのかもですね
谷:〈潰えては肉に浮かびぬ柿の蔕〉とか
村越: たとえばこの一句で予選を通過しないってあるんですかね?春の春なんてないだろ!みたいな。
上田: 春の春、はきついかなあ、でも、そこ通過するために、俳句やってんじゃないよね、という。
谷: うん、そういう小賢しさはないですね。好きな俳句を作ってる感じはします。
〈鋸の生む木屑の熱や雪穿つ〉とか、このへんのモノへの執着、詠み切っていく感じは特徴的ですよね。
上田: そう、それと、今井杏太郎的なふわーとした〈風吹いて〉とか〈木漏れ日の〉とか、との間のどこかに、この人のやりたいことが、ありそうで。
この間、週俳に、セルフプロデュースの話をちらっと書いたのですが、作風って生理的なものだけど、作るものでもあるじゃないですか。
村越: ええ。
上田: ある意味、陣地取りみたいなね
村越: 陣地取り…総和が決まってるっておもしろいですね、それ。
上田: 自分がやりたいことと、やって意味のあることの、両立する場所を見つける作業みたいな。やって意味のあることっていうのは、通時的、共時的ふたつの視点から見た(言葉は悪いけど)マーケティングみたいなものかもしれない。
で、文体は作るものという意味では、いったん、その文体が身になじむまで徹底してみるみたいなことがあると、いいのかも、と。
まあ、おせっかいな話ですね、これは。
村越: リズムとか、語感がなんとなく不自然な、ぎこちない感じがするのは、これはそういうことなんでしょうかね。
上田: どのへんですか。
村越: 〈春一日教会のひかりといふは〉とか
あとはどれがというのを挙げるのは難しいのですが、ぎこちないというか、独特というか。僕はむしろそれが好きなのですが、流麗に連なっている感じじゃないなぁと。
谷: (ちょっと別の話しちゃいますが)ちょっと話はずれますが、twitterに「真神bot」っていう三橋敏雄の句集『真神』の俳句を一定ペースでつぶやくbotがあって、そこでつぶやかれる三橋敏雄の俳句を見てると、どれも三橋敏雄の文体だなーと。
上田: ふむふむ
谷: だから、文体があるってうらやましく感じますね
村越: 当たり前のようですが、すごくそれは同感です。
谷: 句会で「やっぱりお前の句か」と言われるのは、一面残念ですけど、もちろん一面嬉しい。
その「文体」ってなんだ、というのはもちろんもろもろ議論ありますが、生駒さんは文体ができ始めてる気はします(上から目線)
上田: でも、この人の場合、三つくらい、できかけちゃってるよねw
村越: 笑
谷: 確かに!!!器用なんでしょうね。。
(次週に続く)
2012-12-09
【2012落選展を読む】谷雄介 村越敦 司会:上田信治
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1 comments:
懇切丁寧な批評、ありがとうございます。何が面白いのか分からない、わがままな作り方、季語の扱い方等、こちらが薄々感じていることを、はっきりと言葉として評していただき感謝申し上げます。予定調和を避けるための作為など、手の内を見透かされている指摘などもあり、やはり「落選展」に出してよかったと思っています。ご指摘いただいた諸点は、自分にとっては「改善点」というより「課題」として考えて行きたいと思います。
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