林田紀音夫全句集拾読 254
野口 裕
噴水の音の夜ごとの人だかり
昭和六十二年、未発表句。群衆が紀音夫の句に登場することは、この時期になるとまれになっている。登場しても、この句のように作中主体側の心の動揺は特に見当たらない。変わった町の風俗というところだろう。阪神タイガースの優勝は昭和六十年なので、特に関係はないと思われる。
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鶏頭の夜昼の朱濃い嘆き
金網に鶏頭の朱のいつよりか
鶏頭の朱が燃え散乱するガラス
昭和六十二年、未発表句。鶏頭三句。平成元年「海程」に、「鶏頭に明るさ残る日の途中」。平成元年「花曜」には、同句と「鶏頭に四五歩のところ嬰児立つ」。昭和六十二年と、平成元年の間には発表句、未発表句ともに鶏頭の句は見当たらない。未発表の三句がそのまま平成元年の発表句に繋がったと見て差し支えない。未発表句ではこだわった「朱」を捨てている。決断ではあろう。
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九月半ばの夕日に染まり騎馬の人
昭和六十二年、未発表句。第二句集『幻燈』の、「騎馬の青年帯電して夕空を負う」を回顧しての句。季語とはいえど、「九月」と「帯電」では雲泥の差が生じている。もちろん、かつての自句に及ばないことを承知で書きつけたはずだ。こうした句を見ると、有季の句から発想して無季の句に書き直す回路はすでに閉ざされている、との感が深い。他者からは虚無と見えない虚無感の中にあったのだろうか。
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2013-02-24
林田紀音夫全句集拾読254 野口裕
Posted by wh at 0:04
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