2013-03-31

林田紀音夫全句集拾読 259 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
258

野口 裕





夕立におくれて濡れる松の幹

昭和六十三年、未発表句。紀音夫の、俳人としての目の良さを示す句。もっとも、「おくれて」に景の描写以外の思い込みを粧うことがなく、紀音夫らしからぬ句ではある。当然、発表は考慮されなかっただろう。

 

風の日の木の葉を追って歩を移す

昭和六十三年、未発表句。転がっては止まり、転がっては止まる。その木の葉を追いかけるように歩く。別に拾おうという気もないが、木の葉は近づくと離れるのだろう。何かの寓意になりそうで、萌芽にとどまる。淡い感興を即興的に詠った。

 

寝て明日が来る歳旦もそのひとつ

昭和六十三年、未発表句。五七五の真ん中でぷっつり途切れるところが紀音夫の好みに合っている。ことわざのように響く意味もさることながら、ふと口をついてで多様な音の流れに興趣がある。

 

年改まるいつからの雲切れて

たそがれの手にまざまざと雲切れて

椅子寄せて寒梅の紅確める


平成元年、未発表句の冒頭三句。互いに関連のない三句を並べたのは句の鑑賞のためではない。昭和天皇の死を、あまり句にとどめていないことを確認したかったからだ。身辺雑記録とも取れるこの未発表作品には、時折詞書きが挿入されている。しかし、昭和天皇の死に関しての詞書きは見つからない。句としては二句目をそのように受け取ることも出来るが、すでに取り上げた、「影のない弔旗の街を歩きだす」(平成二年「海程」)ほどではない。

従軍体験のある紀音夫が、昭和天皇の死に無関心であったとは思えない。死の翌日に定例の句会があり、そこでは動揺した様子であったことを証言する人もいる。逆に衝撃の大きさゆえに形象化が難しかったのだろう。

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