2013-06-09

【週俳5月の俳句を読む】上田信治 まるごと読む

【週俳5月の俳句を読む】
まるごと読む
 

上田信治


戒めの縄目あらはに桜の夜  菊田一平

これは、素通りできない一句。どうしたって、伊藤晴雨か佐伯俊男あたりの景としか・・・

横たへて長し艇庫のオールの柄 

となると、この穏健な人事/叙景句の、横たわるオールにもなまなまとした身体性が匂い、それは、以下の句についても同様で・・・

義士祭の組んで平たき肩と肩
のどけさの龍角散は硯の香
満ち干きの潮に戦げり石ぼたん

皮膚感覚、嗅覚、運動感覚が交響する現場が、つつましく再現され・・・

音立てて雨が苺の花に葉に
洗車機の泡の輝き聖五月

視覚・聴覚・触覚のよろこび・・・

にぎやかにしやがみホームの遠足子
水槽の空いつぱいに水母の子

「子」というキーワードを介して、それは生の歓びへと拡散し・・・

引退の象に手をふり蝶の昼

その現場が「今生」という、たまさかの出会いにあることを確認して、サヨナラのあいさつをする。



売立てに出す本選るや雨蛙 金中かりん
蝸牛行方をさぐる角を立て

古いものを買うことは、たとえば雨にでも濡れてしまえば、ずいぶん決定的にごみになって朽ちていくようなそれを、たまさか、受けとって、しばらくを生き延びさせてしまうということで・・・

紙魚走る大正五年の奥付に
色変へし限定本を曝すかな
短冊の落款逆さ鮎の宿
過去帳に善心居士と黒揚羽

その手前、もとの持ち主が、古いものを「売る」ためにそれを吟味することは、いったん、自分とそれらを同列に置き、対話をするということで・・・

息かけて古レコードの黴を拭く
金亀子ダミアの唄のすり切れて
黴臭き夫のレコード愛の歌

レコードなんかかけてしまったら、もう、それは・・・

軒忍夫の遺せし匙磨く

すっかりそちら側にとりこまれるのだけれど・・・「軒忍」のその外に、光のがわに出られたらねえ、と、これはもう一篇の小説のよう。



牡丹散って螫虫の屍へかぶさりぬ 金原まさ子

ドサン! と音がしそう・・・

九階から上半身出す聖五月

身を乗り出しているか、下から見上げているか、といったら、たぶん両方で・・・

道の辺の菫を撮りぬ斧もろとも

カシャリ! ギラリ! と音がしそう・・・

人のような向日葵が来て泊まるかな
黒や白や毛がきらきらと野焼あと

いちいち、泥絵のような、グランギニョルのような、原色の身ぶりで・・・

ランプもって薔薇剪りにゆく切り損ず
乱切りの白桃と葱の炒め物

しばしば大音響をともない・・・

わかったふりで暗喩のような木耳食う
おこるから壜の蝮がいなくなる

とんでもない、奥様の所為ではございません!!(急に内省的になるんだから・・・)

セロリスティックの軽さで春の気狂れかな

(いっせいに舌を床までのばす召使いたち)


第316号2013年5月12日
菊田一平 象 10句 ≫読む

第317号2013年5月19日
金中かりん 限定本 10句 ≫読む

第318号2013年5月26日
金原まさ子 セロリスティック 10句 ≫読む

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