【週俳5月の俳句を読む】
まるごと読む
上田信治
戒めの縄目あらはに桜の夜 菊田一平
これは、素通りできない一句。どうしたって、伊藤晴雨か佐伯俊男あたりの景としか・・・
横たへて長し艇庫のオールの柄
となると、この穏健な人事/叙景句の、横たわるオールにもなまなまとした身体性が匂い、それは、以下の句についても同様で・・・
義士祭の組んで平たき肩と肩
のどけさの龍角散は硯の香
満ち干きの潮に戦げり石ぼたん
皮膚感覚、嗅覚、運動感覚が交響する現場が、つつましく再現され・・・
音立てて雨が苺の花に葉に
洗車機の泡の輝き聖五月
視覚・聴覚・触覚のよろこび・・・
にぎやかにしやがみホームの遠足子
水槽の空いつぱいに水母の子
「子」というキーワードを介して、それは生の歓びへと拡散し・・・
引退の象に手をふり蝶の昼
その現場が「今生」という、たまさかの出会いにあることを確認して、サヨナラのあいさつをする。
●
売立てに出す本選るや雨蛙 金中かりん
蝸牛行方をさぐる角を立て
古いものを買うことは、たとえば雨にでも濡れてしまえば、ずいぶん決定的にごみになって朽ちていくようなそれを、たまさか、受けとって、しばらくを生き延びさせてしまうということで・・・
紙魚走る大正五年の奥付に
色変へし限定本を曝すかな
短冊の落款逆さ鮎の宿
過去帳に善心居士と黒揚羽
その手前、もとの持ち主が、古いものを「売る」ためにそれを吟味することは、いったん、自分とそれらを同列に置き、対話をするということで・・・
息かけて古レコードの黴を拭く
金亀子ダミアの唄のすり切れて
黴臭き夫のレコード愛の歌
レコードなんかかけてしまったら、もう、それは・・・
軒忍夫の遺せし匙磨く
すっかりそちら側にとりこまれるのだけれど・・・「軒忍」のその外に、光のがわに出られたらねえ、と、これはもう一篇の小説のよう。
●
牡丹散って螫虫の屍へかぶさりぬ 金原まさ子
ドサン! と音がしそう・・・
九階から上半身出す聖五月
身を乗り出しているか、下から見上げているか、といったら、たぶん両方で・・・
道の辺の菫を撮りぬ斧もろとも
カシャリ! ギラリ! と音がしそう・・・
人のような向日葵が来て泊まるかな
黒や白や毛がきらきらと野焼あと
いちいち、泥絵のような、グランギニョルのような、原色の身ぶりで・・・
ランプもって薔薇剪りにゆく切り損ず
乱切りの白桃と葱の炒め物
しばしば大音響をともない・・・
わかったふりで暗喩のような木耳食う
おこるから壜の蝮がいなくなる
とんでもない、奥様の所為ではございません!!(急に内省的になるんだから・・・)
セロリスティックの軽さで春の気狂れかな
(いっせいに舌を床までのばす召使いたち)
第316号2013年5月12日
■菊田一平 象 10句 ≫読む
第317号2013年5月19日
■金中かりん 限定本 10句 ≫読む
第318号2013年5月26日
■金原まさ子 セロリスティック 10句 ≫読む
2013-06-09
【週俳5月の俳句を読む】上田信治 まるごと読む
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 comments:
コメントを投稿