2013-07-21

空蝉の部屋 飯島晴子を読む〔 10 〕小林苑を

空蝉の部屋 飯島晴子を読む

〔 10 〕


小林苑を


『里』2011年12月号より転載(加筆)

土用餅朝から深い風が吹く   『春の蔵』

いま、手元に晴子の第三句集『春の蔵』がある。句友の遠藤治さんから拝借したものだ。扉を開くと揚句が揮毫されている。遠藤さんはこの本を古本屋で入手されたらしい。写真で見たりするのとは違って、女らしい生真面目な文字に晴子の体温を感じる。頼まれて書いたのか、それとも自身で選んだのだろうか。

土用餅というのをこの句で初めて知った。関西では一般的なものなのかもしれない。土用の頃に食べるあんころ餅のことだそうで、これは盛夏の風なのだ。

季節がわかると、吹いてくる風を肌に感じる。

ネット検索して見たら、土用餅とはおはぎのようなもので、ケではないけれど、ハレと言うほどでもない菓子なのだろう。おはぎは「お彼岸だから、おはぎを作りましょうか」というように、買ってくるのではなく家で作るものだったし、お彼岸のものではあるけれど、気が向けばお彼岸でなくても作った。作るとなると、前の日に材料を準備したりして、当日はささやかな決意みたいなものが家中に漲るのだ。

掲句、餡の濃い小豆色があり季節がある。そして、外の明るさに比して薄暗い部屋、晴子のことを少しでも知っていると、京都の町家の台所などが浮かんでくる。この映像だけで古い映画の冒頭シーンのようだ。

冷房などない夏の空気というのはいつでも重たいが、それだけに風があると心地よい。「朝から」という措辞、そして強いのでも爽やかなのでもなく「深い」風といわれると、ひんやりと肌に触れる風が時間を孕む。土用餅と風、それだけの句であるが、慣習とか伝統とか、人の在りようまでをどこかで感じながら風に触れることになる。どうということのない夏の日でありながら、なにかが起こりそうな予感さえする。

晴子には七冊の句集がある〔※1〕。第一句集『蕨手』は鷹俳句叢書として鷹俳句会から刊行され、鷹の主宰・藤田湘子の序文があるが、著者による後記はない。第二句集からは後記が付されているが、いずれも実に短くあっさりしている。唯一、この『春の蔵』の後記には「先の句集とはすこしでもちがう景がひらけていれば、私としては望外のことであるが、どちらにしても歩き続けるよりない。『春の蔵』が、そういう私の、どうしようもなく横たわる一つの過程になっていてほしいと思う」とあって興味深い。

いずれの句集も並びはすべて年代順。ああだこうだはいらない、句がすべてだと言わんばかりだ。

第二句集『朱田』から第四句集『八頭』までは永田書房から、第五句集『寒晴』を木阿弥書店、第六句集『儚々』を角川書店の今日の俳句叢書Ⅰとして上梓、そして一人娘の後藤素子が「母に生前より頼まれておりました」と書いている遺句集『平日』が角川書店から出版されている。

『飯島晴子読本』には奥坂まやによる「著書解題」があり、晴子句集の凡そを知ることができるのだけれど、実際にそれらの句集を手にとってみると、余計なもののない句集の姿から、晴子の俳句への姿勢が伝わってくる。装丁にそれぞれの版元や時代のセンスを感じるが、共通する特徴はないように感じた。版元に任せていたようにも思う。無論、勝手な想像であり、スタイリッシュな晴子だから拘ったのかもしれないけれど、このことも句がすべての印象を強くする。さらに、収められた句の句集ごとの違い、違うのだけれども晴子らしい句群。

『春の蔵』で簡潔にに述べていることは、晴子の作句の姿勢であると同時に、句集というものに対する思いのすべてであるようだ。「先の句集とはすこしでもちがう景がひらけていれば」、句集に収めることによって、句が手元を離れ、作者自身、次の過程を意識する。

先日「句集のゆくえ」のタイトルに惹かれ、現代俳句協会青年部の主催するシンポジオンに出かけた。ここで話された内容は、パソコンを開けば『週刊俳句』〔※2〕に詳しい。

実際になぜ句集を出すのか、どのような形で句集を出すかではなく、出すことによって作者にどんなことが起こったか、なにが変化したかを聞きたかった。これについて、昨年、第一句集『庭燎』を昨年上梓したばかりの中本真人が「結社誌に載るだけだった句が読まれることを実感した。ここからどんな句を書くのか」の思いを率直に語っていた。仲間内の反応以外を知る機会はなかなかない。それさえ難しいことだってある。

句集という形に限らないだろうが、ひとりの作者が自作と向き合う時間を持ち、それが作者を離れて「読まれる」ことで、ようやく俳句は作品となる。物書きであれば、同じ作品に留まることはできないだろう。けれども、それは困難な道程だ。どんなことにせよ、一度掴んだスタイルを変えるのは怖しい。評価され賞賛されたのならばなおさらだ。

晴子の句集を発刊順に読んでいくと、新たな句集を出すごとに階段を上るような、見つめる作者の目に映る景色が変わっていく様を一緒に体験する気がする。

時間が止まっているいるような古い民家に吹く深い風。変わらぬものと変わるもの、違うな、変えられるもの。掲句からそんなことを思う。


〔※1〕『蕨手』一九七二年刊 一九六九―七一年の三〇二句収録、『朱田』一九七六年刊 一九七二―七六年の二八四句収録、『春の蔵』一九八〇年刊 一九七六―七九年の二七一句収録、『八頭』一九八五年刊 一九八〇―八五年の三四三句収録、『寒晴』一九九〇年刊 一九八五ー八九年の三〇三句収録、『儚々』一九九六年刊 一九九〇-―九五年の三三八句収録、『平日』二〇〇八年刊 一九九六―二〇〇七年の四二五句収録
〔※2〕週刊俳句 二五七号「遺句集じゃダメなんですか」西原天気
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2012/03/blog-post_537.html
同二五八号「なぜ句集なのか」関悦史
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2012/04/61.html

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