2013-08-11

朝の爽波79 小川春休



小川春休




79



さて、今回は第四句集『一筆』の「昭和六十一年」から。今回鑑賞した句は昭和六十一年の春、恐らくは四月頃の句。「青」二月号から連載開始の「枚方から」、四月号は次のような内容でした。写生というと嘱目・吟行を重視するように思われがちですが、兼題・題詠も大事ですよという話。
(前略)俳句とはもともと題詠で勝負するもの。その題詠で存分に想像力をはばたかせ、集中力をぎりぎりのところまで凝縮させるために、常々写生の修練を怠らずに務めて強靭な足腰を養っておく。これが真剣な句作りの構図とも言うべきものであろう。
(波多野爽波「枚方から・題詠とは」)

磯巾着に連れてこられてゐたりけり  『一筆』(以下同)

磯巾着を発見したAさん、「これは珍しい、ぜひ他の人にも見せてやらなくては」と良心を発揮。連れてこられたBさんの方はと言えば、「ああ…、磯巾着ね…」と薄い反応。何事もなかったかのように揺れる磯巾着とAとBの三者の関係にくすっとさせられる。

桝酒に顔の映るや春の風

時刻は明示されていないが、春の風と言うとやはり、明るい日差しが併せて想像される。桝酒は、祝いの席などの少し晴れやかな場のものであろうか。室内の明るい照明に、窓から春風と日差しとが入り込む。美酒とその場の雰囲気とを、しみじみと味わっている風情だ。

春風のおしろい刷毛でありにけり

古くから我が国で化粧に用いられた白粉だが、生活習慣の西洋化に伴って一般家庭からは姿を消した。しかし今でも、歌舞伎や芸妓の世界では変わらずに愛用されている。掲句、芸妓の控え室でも垣間見えたか。白粉刷毛のふんわりとした質感と春風が明るい。

塔よりの雀チューリップに沈む

直立する茎の上にコップ形の花を開くチューリップ。掲句では、美しく咲き並ぶ花壇のような場所を思う。塔の高みから落下するかのように舞い降りる雀。チューリップの花の高さは、雀にとって、沈むべき深みとなる。言葉の技が、眼前の景を重層的に見せる。

壬生の鉦クリーニング屋励むなり

京都の壬生寺で四月二十一日から二十九日に行われる大念仏法要。鉦・太鼓・笛に合わせて無言の仮面劇を行う。現代の京都は、歴史のある建造物とそうでない建造物とが共存している。壬生の鉦が聞こえる中、仕事に励むクリーニング屋も、そうした共存の姿。


【参考】壬生狂言「炮烙割」 (SankeiNews)

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