【週俳7月の俳句を読む】
はじめの一歩
茅根知子
とりあえず墓はあります梅漬ける 小野富美子
昨今「終活」というのが流行っている。何でもかんでも「○活」とするのはいかがなものかと思うが、とまれ人生の最期を意識するのは悪くないだろう。そこで掲句。本当はもっともっと他に考えるべきことがあるんだけど、とりあえず墓があることで一安心。そこで豪華なランチをするわけでもなく、優雅に遊ぶわけでもなく〈梅漬ける〉。この地味でカッコ悪い作業(個人的意見です)を斡旋するところが、カッコ良い。
わが肘を伝ひ歩める蠅涼し 岸本尚毅
「心頭を滅却すれば…」と言うが、作者はその域に達しているのだろう。修行が足りない筆者なんて蠅がとまっただけで大騒ぎするのに、作者は〈蠅涼し〉とまで言ってのける。蠅がクローズアップされて、やや汗ばんだ腕が見えてくる。蠅が歩いているだけだったら「ふぅ~ん」で終わるところだが、〈蠅涼し〉としたことで浄化された。新しい〈涼し〉である。
どんみりと枇杷の実のありうす情け 鳥居真里子
〈どんみり〉という言葉がわからなかった…。わからないまま読んで、音として〈枇杷の実〉との相性の良さに惹かれた。そして、上五を「どんより」にしてもう一度読んでみると、つまらない。〈どんみり〉で感じた枇杷の重さとか、まわりの暗さとかが伝わってこない。〈うす情け〉と響き合わないのである。意味ではなく音で立ち上がった一句。
まつり笛あの日のままにしたたりぬ 鳥居真里子
〈まつり笛蔵の鏡につきあたる(真里子)〉と重なる。すると、〈あの日〉がなんとなく理解できる。毎年俳句を作っていると、意識せずとも定点観測をしていることに気がつく。毎年の俳句達は紐で繋がれ、いつかふっと大きな輪になる…って感じ。
夏霧をひときわ低くロ短調 ことり
〈ロ短調〉は#が2つ。だが、ここでは#2つはあまり関係ない。惹かれたのは「ロ」の音。Rの発音に苦労した人は多いだろう。舌を反り返らせて「うぅ・るっ・ろ」と音を重ねて一気に吐き出した。Rの舌の感触が〈夏霧〉のもんやりした風景を明確にする。発音練習はやり過ぎると舌の根本がつっぱった。そんなとき、くぐもった低い声になったっけ。
わが舟は麻の葉仕立て乗らんかね ことり
羅生門の婆を思い出した。場所の設定や台詞は違うが、どことなく通じる。要するに、何だかわからないけど怖い。〈麻の葉〉の手にざらつく感じとか、そんなの舟にしないでよとか。究極は〈乗らんかね〉なんて言われたら、乗ってしまいそうなこと。人が道を踏み外すときの、はじめの一歩。
■マイマイ ハッピーアイスクリーム 10句 ≫読む
第325号 2013年7月14日
■小野富美子 亜流 10句 ≫読む
■岸本尚毅 ちよび髭 10句 ≫読む
第326号 2013年7月21日
■藤 幹子 やまをり線 10句 ≫読む
■ぺぺ女 遠 泳 11句 ≫読む
第327号2013年7月28日
■鳥居真里子 玉虫色 10句 ≫読む
■ことり わが舟 10句 ≫読む
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