2013-09-22

【「ku+」創刊予告特集】編集人4人が語る こんな(名前の)雑誌になるはずだった

「ku+」創刊予告特集

編集人4人が語る  
こんな(名前の)雑誌になるはずだった



「ハイジ」じゃない……佐藤文香

わたしたちの雑誌は、「ハイジ(仮)」だった。

ハイジ」という案は、山田さんの「俳句ゴジラ」に対して、わたしが考えたものだった。
 なかなか、しっくりきていたと思う。
 4月のカレンダーには、4人の会議のこと、「ハイジ会合」と書いてある。

 ある時期に、(仮)がとれると信じて、疑わなかった。

「俳誌」を濁点で汚したようなだとか
「俳人」に一文字足りないぼくらとか
せっかくのご指名ですが「拝辞」いたしますとかいう理屈は、いつまでも考え飽きることはなかったし、

もちろんあの、アルプスの彼女の名まえのこと、
彼女が山の前に、おじいさんや犬とともに立っているあの景色、その登場人物たちを、わたしたちにあてはめて笑っては
(その場合ハイジはわたしではなく。念のため)
きっと楽しくて新しい、素敵な雑誌になるだろうと夢想した。

そう、そして、「ハイジ」は「俳児」だった。

まだふつうに児童的なわたしよりむしろ、
かしこくてはちゃめちゃな、子どもおとなな山田さんや高山さんが、その呼称にふさわしい人たちと思った。
ふたりも「ハイジ」を気に入っていた。

編集部内では上田さんひとりの反対から、
参加メンバーみんなと話し合うことになり、
結果、わたしの「ハイジ」はみんなの「ku+」になって、

(わたしは何に)

それはいいことでした、

(恋をしていたのだろう?)

わたしは「ku+」の一員です、

ハイジなんて、はじめからなかったし、いなかったんじゃないか)

どうぞよろしく

(大丈夫、みんなと仲良くやるし)

(面白い俳句書きたいし)

ハイジじゃなくたって)

(みんながいるから)

よろしく、

よろしくお願いします。

ハイジって呼ばれても振り向く準備はある)





「俳句ゴジラ」じゃなく……山田耕司

このところアニメの主人公をテーマにした切手シートが発売されることがあって、かつ、そのアニメの主人公とは「ほどほどに懐かしく」「40代の人間にはど真ん中」という手合いのものであり、その日郵便局の窓口に掲示されていたのがハイジだったのである。

「いかがですか?」ぶらさげられているハイジのシートの前でじっとしている山田に対して、窓口の女性からすみやかに声がとどく。

ハイジ、お好きでしょ?」

言うまでもないことだけれど、佐藤さんが提案していた「ハイジ」は、アルプスの少女ハイジを前提とするものではない。

高山れおな、上田信治、佐藤文香、山田耕司の4人をモミの木のそびえる山小屋に並べてみて、さて、どうする。

ともあれ、どう宣言をしたところで、「ああ、この人たちはアルプスの山小屋に立てこもりたいのかしら」などと誤解されることは避けられないだろう。すでに世にあるおおまかなイメージにからめとられる可能性が、あまりにも高い名前である。

であるからこそ、「ハイジ」でもいいのかなぁ、と傾きつつあった。

そもそも、編集部の4人のみならず、執筆メンバーの顔ぶれを思い浮かべるに、どうにもひとつのイメージにまとめきれるものではない。むしろ「ひとつのイメージにまとめきれない」人たちがひとつの場を共有することをもって〈総合性〉のようなものが立ち現れるだろう、そんな展開が期待されてこその顔ぶれなのである。

「すでに世にあるおおまかなイメージ」を誌名としていったん掲げて、かつ、活動においてそのイメージを破壊していくことが、新誌の宿命なのかもしれないとさえ思った。「すでに世にあるおおまかなイメージ」なるものが堅固で平板であればあるほど、破壊する時のインパクトがわかりやすくなるのではないか、とも。ちなみにハイジは「俳児」ということでもあると編集部の中でイメージはふくらんでいて、「俳句児評」(おとなげないほどに俳壇的な空気を読まない時評)などの企画も上がっていた。

新誌の名前として、山田は「俳句ゴジラ」を〈たたきだい〉の状態で提案していた。

もうね、わかる人にはわかると拝察するが、コレかなり1980年代。ニューアカデミズム的な入射角度ですよ、ええ。

暴力性なり無意識性なり、社会通念の陰画であったり、もうね、露骨なまでのメタファーまみれ。

ただ、あまり〈ちんまりと〉〈おだやかな〉名前になるのも、もどかしいなぁという気分が「ゴジラ」を召喚したのである。

 ベビーフェイス(いいヤツ)とヒール(困ったヤツ)。
 
ゴジラ」は、まあ論じるまでもなく、ヒール。ゴジラが、ゴジラであるにもかかわらず「いいこと」なんぞをつぶやくと、これは、沁みる。あらかじめヒールを名乗ることの〈さもしさ〉というものは、そんなところにある。

一方、「ハイジ」はベビーフェイス。ベビーフェイスがぶっ飛んだことを言い放つ時のインパクトは、〈さもしさ〉をかるく超越する。

おおむね、穏便な言説など求めないからこその新誌発行ではあった。

かくして「ゴジラ」は「ハイジ」に駆逐され、山田は桐生本町二郵便局において、「アニメヒーローヒロイン 第19集〈アルプスの少女ハイジ〉」をイキオイで購入するに及んだのである。

と、ここまできて、なお、誌名をめぐる議論は続く。

それもそうだ。
「すでに世にあるおおまかなイメージ」とは、モロハのツルギ。
それを壊そうとする意気やヨシ、として、うっかりすると逆にのみ込まれかねない。われらが「ハイジ」は、まだ何もしていないのであったし、一方、イメージのハイジはアルプスを駆け抜けて青い服を着た少女に奇跡をもたらしたりしているのである。

この「いまひとつ決定打に欠ける」状態に対して、ある程度の方針をもたらすことも、7月14日の会議の課題であった。

結論を言うと、編集部と執筆メンバーが顔を揃えた(杉山久子さん欠席)新宿のカラオケボックスおよび居酒屋での会議において、誌名は一本化されなかった。

ほどよく酔いが加わった俳人たちの、その大喜利の面白さ。事前に編集人の間で検討されていた「ハイジ」「ハイド」に加え「ハイクポイント」「ハイクエンジン」「chun」「俳句鶴亀」「俳句盆暮」「金時」「」「短い」などが沸き立ち、そこに「赤い犬」が横断していくという按配。つまり、決定打が出るどころか、むしろ選択肢が増えてしまったのである。

ここで「ハイジ」は、もろもろの候補のひとつという立ち位置に後退させられることで、「ゴジラ」を駆逐したイキオイを喪失した。

しかし、新宿から桐生へと帰る3時間ほどの道のりにて、なにやら爽快な気分に浸っていたような気がする。ひとつのテーブルを囲んでひとつの話題に存分に沸き立つ事態こそが、新誌発行のための顔合わせ会合としてふさわしい。決まらなかったことの余韻と、それでも必ず解決するだろうという確信。

その帰路において思いついたのが「俳句丼(はいくどんぶり)」。略して「ハイドン」。

個人的なことになるのだけれど、かれこれ25年ほど前に実弟と出版を企画していた雑誌があって、それが「メロンどんぶり」。結局使われること無く終わってしまった名前なのだが、その地下茎が夜の両毛線で通過する真っ暗な関東平野にて芽を吹いた。

もともと「いろんなものが意外なカタチでひとつのパッケージに入っている」というような意味合いの「どんぶり」。

これが「ハイドン」となり、メンバーのみなさんに伝えられる過程で、「どんぶり」テイストは薄れ、一方、楽聖のイメージなどを蓄えつつ別の候補として成長してゆく。「ハイドン」の成長とその後については、高山さんから紹介されることだろう。

結局、われらが誌名は「ku+」と決まった。クプラスと読む。上田さんの声掛けで営まれた民主的なプロセスを経て、つまり投票において決定したものだ。どちらかといえば「すでに世にあるおおまかなイメージ」をかなり払拭した名前と言えるだろう。

ここまでの足取りにおいて「ハイジ」も「ゴジラ」も「すでに世にある大まかなイメージ」に沿いながらも、それをくつがえそうというフィールドにあった。「ハイドン」もまた、さにあらん。

「新しさ」とは、あらゆる文脈から離れて濁りの無い状態をイメージすることでもあろうけれど、同時に、すでに世にあるものを内実からくつがえしていく志向でもあるにちがいない。

しかるに、「ku+」を得て、その歩みをこれから見いだそうという地点に立ち、かつ、「ハイジ」「ゴジラ」それからほかの名前たちについて、供養しつつもその余韻をそれとなく忘れずにいてみようかなと思う次第。

山田の手元から郵便でお送りした「アンケート」の封筒に「アルプスの少女ハイジ」の切手が貼ってあったのには、まあ、そんないきさつがあるのです。





「ハイドン」ではなく……高山れおな

佐藤文香さんが提案した「ハイジ」という仮タイトル、かなり気に入ってました。

「俳児」という漢字の引き当てが最高です。日暮れて道遠し、はてしなき俳路を行く俳児たち・・・うーん、絵になる。ちなみに歴史用語に「健児(こんでい)」というのがあります。奈良時代から平安初期にかけて、朝廷が組織した軍団の兵士たちのことで、俳児/健児って字面が似てるなあ、なんてことも思ってました。古代軍団の兵士に思い入れがあるわけではないものの、「こんでい」という音は美しいです。

健兒の足を揃へる旱みち  筑紫磐井

が、その後、山田耕司さんの提案で飛び出した「ハイドン」はもっと気に入りました。なぜなら、基本的に音楽聴かない高山が、唯一よく聴く作曲家がハイドンだから。

バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンに比べるとマイナーながら、ハイドン素晴らしいです。ドラティ指揮の交響曲全集はもちろん、パリ交響曲集やロンドン交響曲集は、複数の指揮者で何セットも持ってます。関悦史氏みたいな本格クラシックマニアならそれも不思議ではないでしょうけど、とうてい音楽好きとはいえない人間が、ハイドンのCDばかりそんなに買い込んでるのはおかしいのですがね。

ブルーノ・ワルター指揮、コロンビア交響楽団演奏の「V字(交響曲第八十八番)」と「軍隊(交響曲第百番)」のカップリングが中でもベスト盤で、しかしワルターはハイドンの交響曲をこれしか録音してないらしいのはなんとも残念。

氷の微笑の太鼓連打で襲ふのね  高山れおな

ワルターの「太鼓連打(交響曲第百三番)」とかあったらいかによからまし。ちなみに、どなたさまも必ず聴いているはずのハイドンの名曲はドイツ国歌。サッカーのワールドカップのTV中継で流れてた、国歌にあるまじきあの優美な曲はハイドンの作です。

さて、そんな個人的な思い入れに加えての、誌名としての「ハイドン」のよろしさとはなんぞや。アニメの印象が強烈すぎる「ハイジ」に比べ、相対的に先入観が薄いこと。しかしともかくも、ハイドンという作曲家いたね、ベートーヴェンの先生だっけ、くらいの知識はかなり共有されていようから、なにやらえたいの知れない大物感やら古雅な格調のようなものが醸しだされる。「はい」と「どん」からなる響きも明るいし、インパクトもある。漢字は「俳丼」で、多彩な顔ぶれ価値観がひとつに盛られた俳句の器という意味を帯びつつ、おふざけ感もいささか。

気品あるおふざけというのが、個人的には俳句の理想の半ばを占めておりますので、まあこれ以上の名前はなかなかないな、と。それが自分の発案でなく、他の人のアイディアとして天から降ってきた具合だったのもまさに天啓という感じ。これは運命や、もう決まりや、そんな気分でいました。

音楽を降らしめよ夥しき蝶に  藤田湘子

ハイドン」はメンバーのみなさんからもかなり広く支持され、結局、投票により次点となりました。

アバドいま秋思のかたち緩徐章  橋本榮治

それが夏の終わりのことだったのに、たちまち仲秋です。今日もハイドンを聴きつつ、「ku+」の創刊宣言など書いております。「ロンドン(交響曲第百四番)」の第二楽章って「ku+」な感じだなあと、台風が過ぎた空を眺めたりしながら。第二楽章とはつまり緩徐楽章ですが(交響曲の父ハイドンがそう決めた)、流れているのはアバドではなくカラヤン。カラヤンもいいけど、アバドもハイドンの交響曲を八曲録音しているそうなので、これをご縁にCDを入手しようと思っております。





「中」でも「短い」でもなく……上田信治

はじめ、自分は「中 chun」とか「CENTER」という誌名を推していて、それは俳句にいま足りないものは、中心ではないか、という発想によるものだったけれど、編集部内では一顧だにされなかった。

しかし、高山さんの声掛けで集まった編集人4人が、誰といっしょにやりたいか、という話をしているとき、自分の頭にあったのは、メンツの「足がそろわないように」ということで、それは、ばらばらの立ち位置と志向性をもつメンバーの、それぞれの視線の交点に、まぎれもない俳句の「真ん中」が出現することを確信してのことだったので、誌名にせずとも、それはすでに達成されていたのだと思う。

遠方の杉山さんをのぞくメンバー11人が、はじめて全員顔を合わせた編集会議は、えんえん誌名についてブレストを重ね、ついに室内で目に入った文字を端から検討するという段階に至った。

末期的な段階であったかもしれない。

「『丸い』はどうか」
「おお、新しい!形容詞の誌名!!」
「俳句につける形容詞なら『短い』ではないか」
「おお『短い』! 新しい!」

というわけで、自分が最終的に推した誌名は「短い」でした。ショルダーに小さく「俳句」とつけて「ハイク /ミジカイ」と読ませる。

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誌名はメッセージであり顔なので、すでに俳句の世界の内側にいる人たち「だけ」にではなく、これから俳句に出会う人たちにも、向けられているのがよろしかろう、と思った。

俳句は「短い」ですからね。言っていることが、分かりやすくていい。

そして、誌名の違和感をもって、あらためて、俳句という奇態な言語活動の存在に注意を喚起したい、と。

けっきょく、メンバー全員による投票を経て、新雑誌は「ku+」という名前を得て、始動することになった。

会議後もメールのやり取りの続く中、生駒大祐さんがわりとひっそり提案した誌名が、しずかに支持を集めた。各候補への支持表明のなかで、野口る理さんが「クプラス、ということばの造語感が好ましい」という趣旨の発言をしたことが印象に残っている。

状況に何か飲み込みにくいものを突きつけるのではなく、しずかに始まって楽しげで好ましい、というスタイルを、私たちの特に若いほうの仲間が選択したことを、自分は、とてもよいことだと感じている。

 

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