【週俳9月の俳句を読む】
あきらめの夏
麻里伊
二学期の少年水に触れてゆく 村田 篠
夏休みが終わりに近づく程に、毎日ため息が出ていた。しかし、二学期になり教室に着くともう、それはそれで元気が出るものである。子供の頃っていい意味で諦めが早く、前ばかり見ていられた。
二学期の始まる日、通学路を少し逸れた少年は、夏を惜しむかのように日焼けの腕を伸ばした。少年は少し驚いたかもしれない。よく遊んでくれた水がひやりとしていたからだ。夏の思い出を振り切るように、通学路の群れに戻る。「水」には、同級生も知らない、少年だけが知る夏がある。少年の夏は終った。
花野より傘をなくして帰りたる 村田 篠
草ばかりだった青野に、ぽつりぽつりと花が咲き、やがて花の原となる。こんなところにと思う程、秋の小さな花が一面を覆っている。広大な野につづく山、山につづく空。パノラマに眺めてみるだけで時間が過ぎる。雨も止み、そして帰る途中で、傘が無いのに気がついた。わすれたのではない、「なくした」と言う。まるで、恋をなくしたことのようにだ。知っている場所であれば忘れたで済むのに、どうやって行ったらよいのか?おそらく二度と行かない場所なのだ。そんなところが花野らしいと思う。「なくした」の斡旋が、ここで利いているのに気づいた。
さびしいとさびしい幽霊ついてくる 北川美美
幽霊も人間の成れの果てだ。どこかに人間だった癖が残っていて、同類項を求めにやって来たのだろう。しかし、幽霊って寂しいものなのじゃ…?いやいや、祟ってくる恐ろしく元気な幽霊もいる。寂しい幽霊ってきっと霊力も薄く、ついて来られても気が付かれない場合もあるだろう。「幽霊」は今のところ季語とはなっていないが、どこか力なく寄って来る秋の蚊や秋の蝿に似ている。とすれば「さびしい幽霊」なら、秋の季感が充分あると言えるだろう。
秋扇としていつまでも使ひけり 今泉礼奈
団扇と違い、風を送るだけではないのが扇。手持ち無沙汰に開いたり閉じたり、話しの合いの仕草にと、俳人もおおいに使っている。あらあの主宰、なかなかの貫禄ね。ほらあそこの人、若いけど偉そうよ、と噂しているこちら側も、扇を使ってヒソヒソ。などと所作ばかり際立ってくるのも、さして必要ではなくなった秋扇のせい。夏の間使い込んで来ると愛着もあり、なかなか手放せなくなる。
第332号 2013年9月1日
■髙柳克弘 ミント 10句 ≫読む
第333号 2013年9月8日
■佐々木貴子 モザイク mosaic 10句 ≫読む
■内田遼乃 前髪パッツン症候群 10句 ≫読む
第334号2013年9月15日
■村田 篠 草の絮 10句 ≫読む
第335号2013年9月22日
■小早川忠義 客のゐぬ間に 10句 ≫読む
■今泉礼奈 くるぶし 10句 ≫読む
■仁平 勝 二人姓名詠込之句 8句 ≫読む
第336号2013年9月29日
■北川美美 さびしい幽霊 10句 ≫読む
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2013-10-13
【週俳9月の俳句を読む】あきらめの夏 麻里伊
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