2013-11-24

SUGAR&SALT 02  戀ながし春日ほとほと木を降(お)りぬ 三橋敏雄 佐藤文香

SUGAR&SALT 02 
戀ながし春日ほとほと木を降(お)りぬ 三橋敏雄

佐藤文香

「里」2010年5月号より転載

春の永き日も降参してしまうほどに長い恋。

そんな恋をしている自分に、自分も少しあきれているが、恋に浸ってもいる。そこで、池田澄子の〈初恋のあとの永生き春満月〉を思い出す。こちらは、初恋のあとに随分と生きていることだが、きっと作者はゆるやかな気分で、それ以降も恋をしているのだろうと思う。

池田澄子に〈的はあなた矢に花咲いてしまいけり〉という句がある。乙女の恋心が生き生きと乗り移ってしまったのか、意中の人を射止めようとした矢は、乙女も仰天の花咲く矢となった(この句の「花」は桜ではなく、一般に「お花」と称されるものだろう、手品の生花のイメージ)。この真摯な愛らしさは他の追随を許さない、と思っていたところ、「この句の『あなた』は『俳句』なのよ」と、池田澄子本人が言った。

そこで思い出したのは、三橋敏雄の〈待遠しき俳句は我や四季の國〉。もしかして、池田澄子にとって「あなた」は、「俳句」、そしてその俳句は「我」=「三橋敏雄」なのではないか……。

『シリーズ自句自解Ⅰベスト100池田澄子』(ふらんす堂)中の〈恋文の起承転転さくらんぼ〉の自解で、「俳句は恋文と同じ、いや恋文である。」とも言っているから、俳句に宛てて俳句を書く、三橋先生に宛てて恋文を書く、俳句に宛てて三橋先生のことを書く、俳句に宛てて恋文を書く……それが池田澄子だと思う。いや、深く考えなくても、池田澄子の的は三橋敏雄なのだが。大事なのは、そこに俳句があることである。

また、さきほどの『ベスト100池田澄子』に〈逢わぬ日を地つづき霞つづきかな〉がある。そこでまたしても三橋敏雄の句を。〈春暑し訪ひたるひとに會ひてより〉。

句集『太古』の「春秋」と題された三句中の二句目だ。さきほどの「戀ながし〜」と〈戀しげく柿の裏葉の夜をかよふ〉に挟まれているので、恋の句だろう(『太古』に「逢」の字はない)。

逢わない日々に現実で繋がっていたいという「地つづき」の気持ちと、逢いに行き、逢ってからの「暑い」という実感は、それぞれ私の胸を打った。相手が近くに存在しないことは、曖昧で「霞つづき」のようだが、逢ったあとは安らかに、春の日差しの暑さをじんわりと感じる。心だけでなく、体で恋をしている。

ちなみに「逢わぬ日を〜」の自解は「『地続きだから大丈夫』と三橋先生はよく仰った。」で始まり、「この句は普通に恋の句のつもり。」で終わる。
逢うつながりで、三橋敏雄「家鴨浮けり誰かに會ひて帰り
たし」も。


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