2014-01-19

【週刊俳句時評86】まれびとの価値論と、句集2冊……上田信治

【週刊俳句時評86】
まれびとの価値論と、句集2冊
角川「俳句」1月号 小澤實・中沢新一対談、下坂速穂句集『眼光』、「アナホリッシュ国文学no.5」関悦史「俳句の懐かしさ」、澤好摩句集『光源』

上田信治


1.
角川「俳句」新年号の20ページにわたる目玉特集は、小澤實と中沢新一による対談でした(2014年1月号 「特別対談 なぜ今、俳句か 人類学者・中沢新一が語る"俳句第一級芸術論"」)

12月号に予告が出たときから、自分にはかなりの期待と不安がありました。

期待というのは、以前、ベルクソンを援用した前田英樹による俳句論に感銘を受けた記憶があり(参照)、それに近いものが得られたら、という期待。不安というのは、中沢新一という人が天才「肌」すぎるというか、ほとんど勘でものを言う人というイメージがあったからです。

じっさい対談中には、それは実在する芭蕉のことでしょうか、と思うような箇所もあり、不安はかなり当たっていたわけですが、ここは、中沢さんがアドリブ的にぽんぽん提出するアイディアから刺激を受けよう、という心づもりで読んでみます。

「蚕豆」には人類学的にエロチックな意味がある。歳時記を全部書き換えたい。

シンボル事典の類を見ると、エジプトやローマにおいて、ソラマメには「(男児の)誕生」「生殖」「死者からの恵み」と言った意味があったらしい。

そこで〈そら豆はまことに青き味したり 細見綾子〉などは、じつにエロいという話で、盛り上がります。そういえば、「週俳」の先号で、そんな話をしている人がいました(参照)。

これは「本意とはなんでしょう」(参照)(参照)という話で、たとえば蚕豆にエロチックなニュアンスがあるように、いくつかの季語には隠された「本意」があって、私たちはそれを無意識に参照しつつ、季語と戯れている。

中沢さんは、従来の歳時記は「日本人の感性」が一枚岩であることを前提に成立している、もっとそこにある「断層線」に踏み込んでいくといい、「アースダイバー歳時記」のようなものが、あったら面白いと言っています(大意)。「断層線」は、現在からは見えにくくなっていても、そこには歴史的な不連続があって、大きな力を秘めている、というようなイメージでしょうか。

まあしかし、参照記事のコメント欄で、てんきさんに「秘儀は、明かすとパワーが減退する」と言われてしまっているように、事物やことばの持つ潜在的なニュアンスは、歴史的な実在として定式化するより、細見綾子や三橋敏雄のような作家の無意識によって、そのつど掘り当てられるほうが幸福であるに違いない。

一方、そういう裏「本意」を見つけてしまったら、またそれをずらして作る楽しみもあるわけです。

季語を立てるということは「人間の目で見るな」ということだ。

小澤さんは、学生時代、中沢新一の『チベットのモーツァルト』を愛読していて、そこから「俳句という詩が世界を認識する最前線のものだという」思いを新たにしていたのだそうです。

そしてカスタネダの「ペヨーテを使って鳥になる修行」と、鷹が眼を見張る山河の透き徹る 林翔〉の句が書かれるプロセスは、近しいものなのではないかと、言う。

中沢さんはそれを受け、俳句の「動植物と気象を立てて、それを季語にして詠むという芸術の、一種のルール」「動植物の目になって世界を認識するということをルールにしている」のであり、それは「人間の目で見るな」ということだと言う。

中沢さんは、それを「人間の目で世界を見るのではなく、人間と動植物の関係性で見ていく」と、言い直してもいて、ご自分でも飛ばしているなという自覚があったと思うのですが、小澤さんはさらに「世界は人間のためだけにあるのではないということを歳時記は示している」と、煽るようにかぶせていく。

今回の対談のなかでも、きわどく面白いところです。

しかし、俳句にルールがありその一つが季語であることが、俳句の、人の発話であることからの遠さ、言説性の欠如、現実世界との紐帯を切らないといった性質を、発生から基礎づけている。それは、本当のことです。

そして、それは「人間の目」で「見ない」ということだといえば、確かにそう言えなくはない。

むろん、意識的に鷹や藤の花を主体として、そのように書くことは、ただのレトリックとしての擬人法でしょうが、小澤さんの挙げた林翔の句は、そうはなっていない。

「鷹が眼を見張る」こと、そのとき鷹にとって「山河が透き徹る」こと。その二つが(視点の移動ではなく)同時に認識できるような主体が、そこにあらわれている。

人間の目ではない何かが世界を見ていたのだ、ということが、書き終えられた地点から振りかえってみると、分かるのです。


2.
たとえば他に、そんなありようを実現している作品は、と思って、ずっと紹介したいと思っていた句集を思い出しました。昨年の俳人協会新人賞を受賞した、下坂速穂さんの句集『眼光』(ふらんす堂 2012)です。

下坂さんは、たまたま仏教の研究者でもあるそうなので、中沢新一さんの話題と平仄が合う(下坂さんが気を悪くされたらあやまりますが)。

しずかな声で書かれた句集です。

めだつ措辞や、凝ったリズムはほとんどない。具体的な生活をうかがわせる内容や、感情の起伏もごくすくなく(ときどき猫に対する親愛の視線があるくらいです)、口語と距離のすくない洗練された文語で。

ああ、そうだ、こんな句がありました。

鳥の一語が雪となる夕かな 下坂速穂

聴覚について書かれた句が多いことと、句集全体の静かさの印象はきっと関係があって、気配に近いようなひそかな音をすくい取るための無声に近い小声なのだろうと思われます。

そのとき鳥の一語を聴きとったのは(いまにも雪になりそうな)夕方の「静かさ」だったと思うのですが、どうでしょう。

小鳥来るいまも硝子の鳴る家に

ほんとうは、いまは、硝子が鳴ってないと思うんですよ。「小鳥来る」の「本意」は「幸福の希求」ですから、そう読める。思い出の中で鳴っていた音に、今も鳴っていてほしいという「願い」があって、その「願い」がその音を聴いている。

「静かさ」とか「願い」とか、そんなものに、なろうとしてなれるわけはない。

けれど、ささやかな具体的事物についての言葉がこうして構成され、一句が成った地点から振り返ると、なかったはずのものが、一句それ自体としてあらわれている。

そこにあらわれるものは、それこそ生まれたての、名づけ以前のもので、句をもって示すことはできても、別の名で呼ぶことができない。

尺蠓のはるかを来たるはずもなく
草の絮雲より白くなれば飛ぶ
秋深む柱時計のありてなほ
くさはらを歩めば濡れて魂祭
三日ほど失せたる月に網戸かな
四方に蔵ありしごとくに白地かな
色抜けて蟹のうしろに秋の蟹
ふたいろに暮れゆく空の蜻蛉かな
すずなりの雀となつて秋風に
身に入みてうすずみ色の鯉に髭
白い鳥白くたたずみ日短か


ここには、一句の中心となる「もの」や「空間」にむかって「移入してゆく」透明な「私」——精神とか魂とかいったような何かが、あらわれているように思われます。動物のいる句の「なつて」「たたずみ」「身に入みて」という言葉において、とりわけそうなのですが、これを「ノーバディな私」(参照)の一典型、といったら、牽強付会がすぎるでしょうか。

この句集には、つよく抽象的なものを志向する精神性があります。ことさらにそういった用語や概念を持ち込むのではなく、俳句のもっとも慎ましい用語の埒内で書いて、振りかえると「そう」なっている。

茅舎やたかしの、あるいはロバート・ブラウニングのような抒情が、いまの俳句の書き方で実現されているのです。



小澤・中沢対談が途中になってしまいましたが 
「言葉に作り替えられていない世界」
「記号にしてしまうのではなく言葉がそのまま触れるものになる」
「記号をはみ出して物質性に近づいていく」
「結社の古代性」
「俳句は時代錯誤の詩」
「五七五は舟を漕ぐリズム」
「『澤』という結社名には湿り気のあるエロティシズムを感じる」
 等々、二人から奔放に提出される言葉はすべて、読者各自、自由に解釈して、生かして使うことが奨励される、アイディア群なのだと思います。


3.
俳句のような「閉じた」領域特有のことかもしれませんが、今回、中沢新一がそうふるまったように、ときどき、外から、まれびとのような人があらわれて、俳句の価値を教えてくれようとするということがあります。

古くは、吉田一穂、西脇順三郎、澁澤龍彦。先ほどあげた前田英樹。あと、宗左近、外山滋比古。千野帽子なんていう人もいましたね。

卓見だなあ、愛があるなあ、と思うことも、トンチンカンだなあ、なめられてるなあ、と思うこともあり、様々ですが。

関悦史さんは、俳句外部の人とは言えないでしょうが、依然としてどこかまれびとっぽい。とつぜん登場した異能の人という印象があるからでしょうか。

昨年末に私たちにとどけられた「俳句の懐かしさ」(「アナホリッシュ國文学 no.5」2013年12月刊)という関さんの短い論考は、「なんでもいいから俳句について20枚書いてくれ」という求めに応じて、書かれたものだそうです。

俳句「外」の教養によって自己形成した関さんが、外からの「あなたは何をやっているのですか」というお問い合せに、おそらく「私も完全に内部の人間というわけではないのですが」と、とまどいつつ、書かれている。

この「内」と「外」に同時に立って書かれたような論考が、自分にとっては、前田英樹以来の深く得心させられる、俳句の原理論と言うべきものでした。

関さんは、俳句の「技術」と「日常」をキーワードに、「震災詠」を通過しつつ、「記憶の開示」「俳句において表出される自己」の「二重性」を示し、「季語」「写生」が、自己を「他者性の明るみ」へと開くこと、それらにともなう自己からの飛躍と再統合が俳句の持つ「聖性」への回路であること等を、おそるべきスピードで展開します。ともかく論旨が前へ前へと進んで、いっしゅんも停滞しない。

俳句の与件である言説性の抑圧によって、自己からの飛躍(二重化・相対化)が、構造化されていること、非言説性によって断片的・触覚的に組織された記憶は、おのずと驚異的な飛躍と凝縮のかたちをとること。ゆえに、俳句が俳句である限り、はじめから他界的なものをふくみ、そこに懐かしみを表出するのだということ。

関さんの論考自体ひじょうに圧縮されているため、まったく要約できていないので、ぜひ原文に当たっていただきたい。

さて。閉じられた領域で、価値がそれ自体の内部に準拠するならば、その価値論は信仰に近い。

たとえば季語が素晴らしいものであることは、それをあらかじめ認めている内部の人以外にとっては、俳句の価値の根拠たりえません。また、逆に、それが表現一般、文芸一般とまったく共通のものであれば、俳句であることの理由は薄い。

足掛かりが必要であれば、それは外部に求めなければなりません。事務椅子の上に立ち上がって、ツイストのようにくいくい動いてしてしまった経験は、誰にもあるでしょう。

そこに、俳句において、たまさかのまれびとが待望される理由があります。

関さんは、すべての表現行為に共通するような美学的価値(「驚異」「聖性」)が、俳句の特殊条件によって発生していることを指摘し、それを「懐かしさ」と名づけているわけで、これは非常に説得的な、俳句の価値論です。

俳句における懐かしさとは、未生以前への懐かしさであり、潜在的「溺死者」たる個人個人固有の記憶の懐かしさであり、死後から見たこの世の懐かしさであり、聖から見た俗の懐かしさであり、虚から見た実の懐かしさである。(前掲「俳句の懐かしさ」末文)

4.
たとえば、そんな「懐かしさ」の価値を体現しているような句集といえば、と思い当たった、澤好摩句集『光源』(書肆麒麟2013)について。

正木ゆう子さんが、角川「2014俳句年鑑」のアンケートで今年のベスト句集にあげ、さらに感銘句3句を、3句ともこの句集から引いていました。

うららかや崖をこぼるる崖自身 澤好摩
百韻に似し百峰や百日紅
うたたねの畳の縁を来る夜汽車

(以上、正木さん抽出3句)


正木さんが『光源』について「ひとつも泣くようなことは書いてないのに、泣けてくる。いくらも作れるような句ではないと思うし、そのひみつを解明しようとしたら評論一冊かかる。それくらいの句集だと思う」と言われていたのを聞きました(発言、引用許可済み)。

炎昼の暗き町屋の蕎麦を食ふ
金屏風ときに冬濤立ち上がり
日に幾度色変へ滝は常乙女
隧道の出口紅葉づる崖高し
峰といふ峰巌なり藤の花
薔薇散つて作務衣の色のきりぎりす
海深く響動
(とよも)す朝の薔薇のジャム
水葬や花より淡く日が落ちて
友人の細君とゐて残り雪
天井が高くて酔へぬふたりかな
厠から九月の滝は淋しけれ
渡り鳥わたしひとりの晩ご飯
寂しけれひかりの中の日のかたち
凭るるは柱がよけれ妹よ


『光源』の句群については、山田耕司さんと関悦史さんが口を揃えて「名状しがたい感情」「セツナサ(山田)「悲哀とは違う名状しがたい情動」「非在の大きな涙」(関)と書いています(「円錐 2013Winter号」)。

そういう感情であれば、それを「ナツカシサ」と呼ぶことも、できるでしょう。関さんが前掲論考で書かれた「懐かしさ」とは、名指せない絶対的な感情に迫られる体験のことでしょうから。

一般的な定義を言えば、懐かしさとは「あったのになくなったもの」や、「忘れていたのに思いだしたもの」に際して(つまり存在と非在に同時に直面する時に)ウウッとなること、です。

そして、澤さんのこれらの句のように、見たことも聞いたこともないものが、たしかに懐かしいということがある。関さんの言う「俳句の懐かしさ」は、そういう、デジャヴ的な懐かしさなのでしょう。

それは、一つには、書き終えられた地点から一気に遡って心像が生まれるという、俳句の語りがもつ性質に由来するように思います。

とりわけ、澤さんの句の語りは、ひとかたまりに凝結して、語った、歌ったという時間的痕跡を残さない、ひじょうに圧縮されたものです。

その圧縮された措辞が読み取られ受容されると、たとえば、炎昼の光線と町屋の外観とその内部の暗さと蕎麦を食う私が、ひとかたまりの心像として受容される。

ことばの圧縮度が高いことは、句の読みはじめと読み終わりの0.3秒ほどの間に、強い位置エネルギーを生みます。たとえば「常乙女」という言葉に圧縮されたものが、解凍しようもなく、そのまま「くる」。その心像の全質量がどーんと一気に受容されるのです。

そして当然、受けとめきれずあふれる思いは、ウウッとこみあげるように喉をふさぐのですが、それはすでに(位置エネルギー的にはるかに遠い)0.3秒前の思い出であり、だからこそ強力に懐かしいのではないか。

句の中で「蕎麦を食ふ」と書き「常乙女」と発話したその主体も、一句のはじめに遡るようにしてあらわれます。書き終えられてみれば、たしかにそこには誰かがいて「言いかえれば山や滝は語り手当人であり、語り手当人は山や滝なのだ」「景色とも語り手ともつかないものへの変容」(関・前掲誌)がある、となれば、話は、はじめの「対談」にも遡ります。

そして、句群にあらわれるその当人のこともまた、0.3秒前からの旧知の人のように思ってしまうので、この句集のところどころにあらわれる人恋しさは、ひときわ胸に迫るのではないでしょうか。



関さんは「俳句の懐かしさ」の中で、一例として村越化石の句を挙げて、
それを(…)「方法」として抽出することは不可能だ(し無意味だ)が、(…)言葉が極めて注意深く、しかも緩やかに組織されていることは一句一句から感じ取れることと思う。
と書いています。

除夜の湯に肌触れあへり生くるべし 村越化石
湯上りの手に団扇あり至福あり
常闇に住む身に寒の水飲ます


そのことは(「緩やか」をのぞけば)澤さんの句にも当てはまることで、今ここで書いたようなことは、きっと作品論としてはあまり意味がないのですが、関さんの言われる「懐かしさ」になんとか具体的に触れたくて、澤さんの句集をお借りしました。

『眼光』と『光源』、どちらも非常によい句集だと思います。

『光源』の出版所は、澤さんのご自宅になっているようなので、直接お手紙を差し上げないと、手に入らないかもしれません。



1 コメント:

匿名 さんのコメント...

>ソラマメには「(男児の)誕生」「生殖」「死者からの恵み」と言った意味が

そんな意味ではないでしょう。もっと露骨な、同じような形の体の部位でしょう。