【週俳2月の俳句を読む】
現実への反転
小野裕三
冬の夜の錆びつくような二枚舌 内藤独楽
二枚舌とはもちろん、本当に二枚の舌があるわけではなく、あくまで意味的な比喩です。なのに、この句は本当に舌が二枚になって動いているような気がします。冬の夜の錆という、きりきりとした冷たい機械的な手触りが、そのようなからくり仕掛けめいた幻想をぐっとリアルな像として取り出します。もちろん、「いつものような嘘の使い分けができない」みたいな意味にとるのも可能な表現ですが、そんな慣用句的表現がいつの間にかひっくり返って比喩から現実へと反転するような、そんな生々しい感じがあります。
旅行記に雨の匂いの残りけり 原知子
旅の匂いを持ち帰りたいと思うのは、旅人の根源的な欲求かも知れません。もちろん、旅行を記録として留める方法なら、写真やビデオ、お土産、日記や旅行記、といろいろあって、その中では旅行記はもっとも頼りない簡素で原始的な手段とも思えます。それでも旅行記には、不思議な肉体性が宿ります。なぜならそれは、書く、からです。旅人自身が体を使って能動的に書く。その時に雨の匂いも風の匂いも、言葉が絡めとってしまうのかも知れません。そのように風土の持つ匂いを織り込んだ肉体性としての旅行記は、言うまでもなく俳句というもの自体にも似ています。
風船に髭の女が描いてある 加藤水名
小さい頃、こういういたずらってやりませんでしたか? 教科書とかに載ってる歴史上の人物に髭を描いたり眼鏡を描いたり、そういう落書き。この場合は、風船に元々顔があったのに落書きをしたのでしょうか。風船だから多少の落書きに罪はないでしょうが、それでも持ち歩けば多くの人の目に触れます。風船の落書きなんかを特に注意して見る人もいないでしょうが、でもそのことに気づいた人はきっとくすっとくらいは笑ってくれるでしょう。そんなふうにあっけらかんとした軽い軽いいたずら心が、句全体を明るくしています。
永き日やドラッグストアーの束子 瀬戸正洋
ドラッグストアに束子が置いてあるイメージはあまりない気がします。ドラッグとはいっても薬よりは化粧品やサプリメントの印象も強く、だから煌びやかで科学的な商品がぎっとりと並んでいるイメージがあります。つまり、消費と科学の最先端みたいな。その意味では現代文明の見本市のような場所とも言えます。そしてそこに、束子。そして長閑な、永日という季語。二物衝撃、というのでもなくどこか茫洋としたミスマッチ感が、いいバランスの味わいとなっている句です。
雪撥ねの笹青空を打ちにけり 広渡敬雄
青と白の中で躍動する緑の線がきれいです。その姿は運動として一直線なのですが、句としても一直線な感じがします。中七の母音だけ取り出すと、aaaooao。ここの畳みかけるような反復のリズム感には、雪の重みでぐっと反撥力が溜まっているかのような感じがあります。それから、下五でぱっと解放されたように言葉が一直線に伸びていく。「にけり」というあっさりとした流し方は、撥ねた雪が四方に散ってそのまま静寂に変わった光景にも似ています。句の構造と句の内容がうまく連動した好例と思います。
聖五月ケニヤの空を早送り 内村恭子
録画した番組なのでしょう。ケニアにはたくさんの動物がいるはず。余談ながら、「動物を見たいなら東アフリカへ、人を見たいなら西アフリカに行け」と昔読んだ旅行ガイドには書いてありました(ちなみに僕は迷わず西アフリカを選んで行きました)。そんなわけでその地には、充ちるような動物たちがいます。だからその映像の中では、空と一緒に動物たちも早送りされているのです。その姿はまるで天地創造のようでもあり、ここではリモコンが神となっています。そうすると、この「聖」が面白く感じられて、小さな天地創造が五月のからっとした空気によく合います。
第354号 2014年2月2日
■内藤独楽 混 沌 10句 ≫読む
第355号2014年2月9日
■原 知子 お三時 10句 ≫読む
■加藤水名 斑模様 10句 ≫読む
第356号 2014年2月16日
■瀬戸正洋 軽薄考 10句 ≫読む
第357号 2014年2月23日
■広渡敬雄 ペリット 10句 ≫読む
■内村恭子 ケセラセラ 10句 ≫読む
2014-03-09
【週俳2月の俳句を読む】現実への反転 小野裕三
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