2014-03-23

林田紀音夫全句集拾読 308 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
308

野口 裕






数条の震禍の煙日と倶に

平成八年、未発表句。紀音夫作句の最終年、冒頭の句。新年を言祝ぐ句はない。

四季の随順と無関係に起こった事件は、それが心の内から去らないうちは、四季の運行を忘れさせる衝撃力を持つ。一月と聞けば十七日、その前にある正月などはどうでも良い。そんな気分があっただろう。

直接的には地震後の火災を俯瞰した光景を描写したものだろうが、日に陽光と日数の両様の意味があるのを勘案すれば、時を経ても煙の上がる光景が脳内に巣食って去らない心境の吐露でもある。

 

震災の供華ぽつねんと昼また夜

平成八年、未発表句。

一年の推敲を待ってから誌面に発表するのが、紀音夫の発表態度である。ところが、平成九年の花曜、海程のいずれにも震災関連の句は発表されていない。平成八年に作成した震災関連句は封印されていたことになる。いかなる心境であったかは想像しがたい。

上揚句は、倒壊家屋の瓦礫の前に置かれた花を思い浮かべれば、「ぽつねん」という一語がよく働いているとわかる。供華はすでに枯れているか。


残骸としてクレーンの爪傷む

平成八年、未発表句。瓦礫を片付けるべきクレーンもまた傷んでいるということか。あるいは、工事現場で激震に遭ったクレーンが転倒したまま放置されているのか。個人的には、阪神淡路大震災によってバブル崩壊を決定づけられたような印象もあるので、後者の解釈は棄てがたい。

もっともテキストに即せば、震災と関連しての解釈から離れての読みも成立する。上揚句の前後に震災関連句が並ぶのでどうしても引きずられるが、役に立たなくなったクレーンの即物的な表情と見るのも味わいがある。トリビアリズムと揶揄されることの多い紀音夫の一面が、ここでは有効に働く。

 

激震の未明よりおびただしき鴉

激震の家屋生木を裂くに似て

平成八年、未発表句。最後の年となる平成八年の未発表の句数は十一句。平成九年に海程、花曜に発表した八句と十句を平成八年に作成したと考えても全部で二十九句。そのうち八句が震災関連句。

激震という語を使用した句は、平成八年の海程と花曜に、

ああと鴉海を近くに激震後(「海程」)

鉄筋の棘忽然と激震地(「花曜」)

仏壇も瓦礫の類い激震後(「花曜」)

の三句がある。地震のもたらした衝撃を、体感を伴ない蘇らせてくれる言葉として多用したのだろう。

さきほど、朝日出版社の「悲傷と鎮魂-阪神大震災を詠む」をざっと読み返してみたが、激震を使用した例は少なく、「激震の神戸の街よ火の街よ」(大高弘達)を見つけただけだった。紀音夫らしく、ひとつの言葉を見いだし、それに固執して作句しようとしたのだろう。

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