【週俳3月の俳句を読む】
頭じゃなく体が感じてしまう句はすごい。
三浦郁
「倒れてはる」て、鉢の椿に敬語やなぁ 白井健介
「・・・はる」はとても使いやすい敬語である。標準語にはこのアイテムに相当するものがないのがかねがね不便だと思っていた。
話し言葉で敬意を表すことのできるコンパクトでカジュアルな語である。「いらっしゃる」なんて長たらしくて会話がよそよそしくなってダレてしまう。
ただし、この句の作者(関西人かどうか不明だが、たぶん違うからこそ感じたのだろう)がちょっと揶揄気味に詠んだように、自分以外のものへ対して何でもかんでも用いてしまう。そこには思いやりみたいな話し手の気分が込められているからこそなのだが。
行き過ぎた例として、犯人を目撃した人がテレビの取材を受けて「あっちの方へ逃げて行きはった」のように答えていた場もあった。いや、ここにも広い愛があるのかもしれない。
産道を抜けて光を君は知る 山口優夢
人の中から人が出てくるかぎろひて 〃
頭だけ出て泣き初むる蜃気楼 〃
うららかに海から上がるやうに生まれ 〃
胎盤のしんと重たき春の雪 〃
君に子宮は狭かったのか春の空 〃
優夢さん華子さんおめでとう!
50句を成した作者の心境を思うに、父親になった感激というより、圧倒的な母親の世界に参加できないもどかしさが、何かしなくてはという欲求を起こさせたのではないか。もちろんこのお子さんにとってすばらしいプレゼントになるに違いないし、最初にこの50句を読んだときとても感動した。すぐにお祝いを言いたいと思ったくらいだ。(言えなかったのは彼のメールアドレスを失念してしまったからで、ここで果たせて感謝である)。
出産は母と子だけの仕事である。そこからの疎外感を補うためにと思われるが、いつの頃からか父親の立ち合い出産が行われるようになり、今やそれは当然のことになった。
そこで何が起こったか。それは当事者である母親でも見ることのできない瞬間を彼ひとりが凝視できるのである。妊娠中も出産時も耐えるのは(幸せ感もあるが)母親だけであるのに、この感動の場面を独り占めしてしまうなんてずるい。
おそらく、母親も鏡やモ二ターを通して見ることができるような病院もあるのだろうが、事の最中の女にはとても見ている余裕はないだろう。
そこで、本題なのだが、男がわが子の誕生を句に詠む価値は、ひとえにこの立場からにあると思う。50句の中から掲句を選んだ理由である。
そんな意味で、「人の中から人から出てくる」というこれ以上ないクールな写生が男の吾子俳句の新境地を開いたと思うのである。ただし季語がちょっと苦しいところが残念だが。
クリオネの一所懸命卒業期 山崎祐子
クリオネは常に手?を動かしている。可愛いのに健気。最初読んだとき、季語は入学の方が合うのではないかと思ったが、それでは甘いのだった。
嘘つかぬといふ嘘のあり晩夏光 関根かな
みんなその罪を犯しているよなあ。晩夏ってそんなことを思わせる。
全町非難玄関の貼り紙冴返る 風間博明
う~ん。どんなメッセージよりも強い。
ものの芽の二人の話聞いてをり 小澤麻結
深刻な話、あるいは・・・・。後者だろうね。聞かれちゃったって場面か。話の内容を勝手に再現してみたりして。
甘噛のさせ放題や春炬燵 齋藤朝比古
犬?猫?いやいやそれでは春炬燵が決まりすぎではないか。じゃあ・・・ 、やっぱり春炬燵は予定調和というか、古い。「させ放題」がいいのになあ。
待ち受ける途中で椅子になっている 藤田めぐみ
ずっと待ってるうちに、待つという感情をなくして、自分自身が椅子と一体化しているという面白い感覚の句、と読んでも充分いい句なのだが、一連の句から考えるとそうじゃないよね。
四十八手のうちにこれがあるのかどうかしらないが、体を椅子の形にしたふたり。背後の彼の顔を彼女の髪がくすぐる・・・。エロスの句もこんな風に詠めると昇華できている。
春泥を握れば人の髪まじる 堀下翔
シャンプーのコマーシャルやヴィーナスの髪はとても美しい。ところが一旦肉体から離れてしまうと、髪の毛は(たとえ自分のものでも)とたんにおどろおどろしいものになる。
爪だってそうだ。ちかごろの女性のネールアートはきらびやかだが、これも切られてしまうと、ただのゴミと違って気味が悪い。
死者の遺したものの中で、髪や爪はよく遺骨の代わりにされるのは、やはりこの霊的な要素があるからなのだろう。
第358号2014年3月2日
■白井健介 乾燥剤 10句 ≫読む
■山口優夢 春を呼ぶ 50句 ≫読む
第359号2014年3月9日
■山崎祐子 海鳥 10句 ≫読む
■関根かな 雪兎 10句 ≫読む
■風間博明 福島に希望の光を 10句 ≫読む
第360号2014年3月16日
■大川ゆかり はるまつり 10句 ≫読む
■小澤麻結 春の音 10句 ≫読む
■藤永貴之 梅 10句 ≫読む
第361号2014年3月23日
■齋藤朝比古 鈍器 10句 ≫読む
第362号2014年3月30日
■藤田めぐみ 春のすごろく 10句 ≫読む
■堀下 翔 転居届 10句 ≫読む
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2014-04-20
【週俳3月の俳句を読む】三浦郁 頭じゃなく体が感じてしまう句はすごい。
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3 comments:
あの、この間から気になっているんですが風間さんの「全町非難〜」はほんとうは「全町避難〜」の誤植ですよね?それとも張り紙の字がそもそも非難という字だったのでしょうか? 後者だったら、それはそれでおもしろいですが。
大江様
ご指摘ありがとうございます。
「全町避難」のタイプミスです。コピペがぶっ飛んでしまったのを手動で補ったのが間違いでした。
作者にお詫びいたします。
でも、居直るわけではありませんが、仰せのように」「非難」も面白い。
もしかしたら、筆者の無意識下の気持ちをウインドウズ8が代弁してくれたのかも。
大江様
ご指摘ありがとうございます。
作品の掲載号は「全町避難」となっています。
「週刊俳句」上田
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