2014-04-20

【週俳3月の俳句を読む】用途をはなれて 西丘伊吹

【週俳3月の俳句を読む】
用途をはなれて

西丘伊吹


齋藤朝比古さんの句は軽やかだな、と思う。その軽やかさというのは、あるものを描くとき、その本来の用途や役割から鮮やかにはなれられる――もしくは、はなれる準備ができている――自由さから来ているような気がする。

鳴かぬ虫ばかり穴より出で来たり 齋藤朝比古

「虫鳴く」という季語がある。でもこの句では、いきなり「鳴かない虫」が出てくる。その自由さ、ちょっとふてぶてしいほどの大胆さ。(だって、鳴かない虫だっているじゃない?)

春昼の部屋に鈍器の二つ三つ 齋藤朝比古

自室にあるものが「鈍器」に見えるというのは、あまり普通の感覚ではない。作者は何を「鈍器」と捉えたのだろう?――読者は自室を見回しながら想像する。花瓶。炊飯ジャー。置時計。小型空気清浄器。自分の目を通してそれを「鈍器」と認識したとき、それまで意識に決してのぼっていなかった、自分の内なる暴力性(とすらいえないような、萌芽)に出会うのである。長閑な日差しが差し込む、春の昼。

朧夜の靴待つ家へ帰りけり 齋藤朝比古

一人暮らしをしていた頃、誰もいない暗い部屋に帰るのがつらい時期があった。もしその頃に、この句に出会っていたら、と思う。靴が待つ家。外は朧月が霞む夜の底、低い視点で、静かに爪先を揃えて帰りを待つ靴。靴は人間でも、猫でもないのだから、本当は主人の帰りを待っているはずはない。でも、朝比古さんはそんなことお構いなしである。

この句の情景は、ミランダ・ジュライの「ザ・フューチャー」という映画を思い出させた。

銀ブラのブラはブラジルうららけし 齋藤朝比古

銀ブラとは、銀座をブラブラすること。多くの人がそう思っている。でも、朝比古さんは銀ブラのブラを「ブラジル」だと言い切る。その理由は明かされなくて、いきなり「うららけし」である。あとのことは知らないよ、というような、口笛でも吹いているかのような身軽さ。もしかしたら、本当にブラはブラジルなのかもしれない。でも、そんなこと(=真実)は別にどちらでもいいような気がしてくる。もしかしたら、わたしたちが求めているのは、ただこうして気持ちよく言い切ってもらうことなのかもしれないと。

そのものが本来持っているはずの用途や役目を、「それ、ほんとう?」と軽やかにうらがえしてくれるのが、朝比古さんの句のひとつの魅力だと思う。それをご本人は「遊び」と表現されるのかもしれない。


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