2014-04-27

トマトを詠んだ男 寺田人

トマトを詠んだ男

寺田人



向き合い受け入れることこそが人を成長させる。その男の生き様は、私の恩師の言葉を正しく体現して居た。

黒岩徳将が自身の築いたふらここという句座を飛び出す決意を表明したのはいつのことだったであろうか。それは、彼の就職に伴う転居を以って現実となる。親鳥を失することとなった雛鳥たちは狼狽えただろうか。否、雛鳥たちは彼を自分たちの出来る限りの力で送り出すことを誓った。

三月某日。その男はある会議室に呼び出される。そこには句座の面々が。そう、サプライズ卒業式であった。「どうかふらここを潰さないでくれ。」そう告げて彼はふらここを後にしたかった。したかったはずである。ここから始まるのは卒業式に続く企画「お別れ会」である。

彼にも、葬り去りたい過去はあった。それは万人に等しくある、初学の頃。彼の人生で初めて詠まれた句が、お別れ会の会場に掲句された。

  向かい合いトマトな君に赤っ恥  黒岩徳将

立つ鳥跡を濁さず。礼には礼を、句には句を。彼の人生最初の句に対してふらここの面々は敬意を評し、それに対して挨拶句を添えることで、彼の卒業を祝うことを目指した。

彼の句に対し掲句されたうち、黒岩本人の選を得たのは以下の句であった。

  痴話喧嘩黙しトマトの熟れてゆく  寺田人

  刃の通りサラダとなれるトマトかな  小鳥遊栄樹

  晴れの国行け葱坊主晒し首  川嶋パンダ

  向かい合え!!恥と呼ばれたトマトかな  吉村

  新卒の部屋にかざるるトマトかな  鯖江

  全席の皿を統べたるプチトマト  川崎

  青の濃い国でトマトにしずくかな  野住

  赤恥は昔話にトマト喰ふ  福家

どの句もそれぞれの切り口で、掲句に対しての応答となる句となっている。向かい合うだけで赤っ恥だった頃から時を経て、痴話喧嘩となるもの。トマトがサラダとなるもの。その時の彼がまさしく晒し首のようであるというもの。その句に向かい合えと訴えるもの。新卒の彼を捉え直すもの。そんな彼が皆を総べていると捉えるもの。自身の色を対比させるもの。昔話にしてしまうもの。

彼は掲句を 「葬り去りたい」と口にして居たようだ。それに対してのふらここの返事は「否、その句から黒岩は始まった。」

  花びらは私を向きて落ちにけり  黒岩徳将

掲句より八年を経て、彼自身が彼の句に宛てたふらここ最後の句が、上述した花びらの句である。初学にしてトマトと向き合った彼は、俳句と向き合い、ふらここと向き合い、自身と向き合い、そして花びらと向き合った。

向き合い受け入れることこそが人を成長させる。その男の生き様は、私の恩師の言葉を正しく体現して居た。

彼はこれからも俳句とそして自身と向き合っていく。

初心忘るべからず。初学忘るべからず。自身の初学の頃の句に宛てた句を詠んだとき、違った世界が見えていることを再認識できるかもしれない。そう、ふらここを卒業した彼のように。

ここで、筆者も自身の最初に詠んだ句とそれに宛てた句を置き、締めくくりたいと思う。黒岩君、卒業おめでとう。

  月なくし光なけれど心悪  寺田人

  灯火を失くした人の春の月


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