2014-08-17

角川俳句賞2014一人フライング落選展 佐藤文香「淋しくなく描く」テキスト版

淋しくなく描く  佐藤文香

なんらかの鳥や椿の木のなかに
さぼてんのまはりかたばみ少し咲く
白シャツの襟のボタンや松の花
斑猫やボールを買つて遊びにゆく
靴紐を結び知らない花のなか
罌粟の花弁のかたちの色が目にこもる
手に枇杷のおさまつてゐる昼の月
半月や未来のやうにスニーカー
紫陽花や心は都営バスに似て
商店街だんだんただの道の夏
はやい虫おそい虫ゐて豆の花
ピザテイクアウト新樹の車通り
屋根瓦薔薇はこちらを向いて咲く
貸ボート左の空が明るくて
宙を抱けばこんなにわかる滝のまへ
歯並びに木の香のせまる夏の霧
しめつぽい月の出てゐる花火かな
煙ごしに祭のほとんどと逢へる
茄子の花切傷の痕白く浮く
枝に手がふれて今踊りはじめる
七月や水面をくづす膝がしら
梨むけば氷のにほひしてゐたる
あきあかね太めの川が映す山
横顔にちひさき耳や栗ご飯
秋の虹ひとりは鳥のこと話す
夕月や瓶に集へる花の茎
材木に月のひかりの工務店
埋立地夜が途方もなく薄い
しぐれけり測量のふたりのあひだ
まるふたつならべてめがね冬の雨
雨の日の風に吹き飛ぶ千鳥かな
ところどころで顔に冬日のあたる道
冬の鳥洗濯物干されてまはる
鳥やその無名の鳥を冬と思ふ
白鳥や風のかたまりひとつ去る
白鳥の池を淋しくなく描く
ふくろふのふくらめばおほきさがよい
牡蠣殻にまづ透明な海がある
冬晴の波の糸ひく光かな
一月や雉さへゐない白い部屋
煮凝に中から照らすもののあり
風花や観覧車のまるい室内
雪に日差し電車がいつも越える細い川 
公園のまはりの柵や鴨の夕
すずかけの落葉のたまる梅の枝
あきばこをひらいたやうななんの花
夏蜜柑のぼりきれば坂ぜんぶ見える 
木蓮のなまめきわたる枝の空
恋人みたいなたくさんの人むぎうづら
また美術館行かうまた蝶と蝶


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