2014-11-02

落選展2014_17 空車(むなぐるま) 高梨章_テキスト

17 空車(むなぐるま) 高梨章

薄氷やねむれぬ母をまぼろしに
ゆふぐれの青ゆふぐれのシャボン玉
春の日の金の夕べを空車(むなぐるま)
雨音に気づくオレンヂの香り
戸をたたく叩かれてゐる春の家
空つぽの手のひら春の月のぼる
永き日や空箱ふたつ三つ埋める
    *
かるくつてこはれやすくて山茶花は
霜のこゑローマ数字が身を起こす
枯野からかへれば紙のなかの白
初日さす白いボタンとボタン穴
われは耳もつものなりき山眠る
一月の白き紙片に指を切る
ゐないのに窓あいてゐる冬鷗
簡単に失くしてしまひ冬の星
聴きとれぬ高音あらむ枯野かな
ふとここで振り返らせる冬の夜
誤配のやうに生まれて冬の夕焼
手袋は暗くなるころおそろしき
明日もまた枯野は晴れてゐましたか
ちぎれてはちぎれては冬の半島
   *
来シカタニ会ツタ、カヘレヌ、秋ノ暮
窓四十と七つあり秋さびし
秋の灯台 いつぽんの蝋燭をひろふ
秋の朝きのふの雨の光かな
ふくらはぎぬすびとはぎに風が出て
ともすればくづしてしまふ秋の雲
図書室の水に秋の蚊死にたまふ
壜を縛るおしろいの花咲きそめぬ
でもぼくはあけつぱなしが好き残菊
空席をつくるたちまち月あがる
月の力すこしゆるみぬ時計店
金の星木の星あるひは金木犀
月は出たか母のまはりにさざなみよ
   *
一條の雷光こぼれ酢のにほふ
蟻地獄とほくはなれて蟻の声
目をふたつ底にしづめし蟻地獄
タテとヨコ十ミリ五ミリ蟻地獄
ながい梯子みじかい梯子蟻地獄
鍵を挿すしづかにまはす蟻地獄
あかるくつて誰もゐなくてでんでん虫
永遠のあそび友だちかたつむり
なめくじよ君くすぐつたくはないか
かくれんぼしたり雨のふる日は蝸牛
欠片といふものひかる晩夏かな
蝉たちの穴あいてゐて海が見ゆ
さつきまでそこにゐたのに冷奴
唖蝉がからだのなかにこつそりと
雷ひそかイヌの目ネコの目オバケの目
蟻たちにはこばれてゆく母ひとり

1 コメント:

四羽 さんのコメント...

誤配のやうに生まれて冬の夕焼
コミュニケーションは常に誤配と正配を区別することはできず、人がいつどこで生まれるのかも正誤はわからない。詩もまた然り。

でもぼくはあけつぱなしが好き残菊
開けたら閉めなさい。誰だってそうする。でも開けっ放しにしたいこともある。閉じることによってなにかが失われる気がする。

蟻たちにはこばれてゆく母ひとり
蟻たちによる葬送。自然、静謐、孤独という生き物の行く先。

母子関係を底流に、郷愁の風景と拭いきれない喪失感を詠んでいる。