2014-11-02

落選展2014_25 モラトリアムレクイエム 吉川千早 _テキスト

25 モラトリアムレクイエム 吉川千早

薄氷を食んで笑っているやふに
花満つや屋上の柵踏み越えむ
傲岸な仔猫の如くハイヒール
オーバーザレインボー服薬死ぞ
蝶々を縫ひ止めておく袱紗かな
花野にて死因問ふ人振り払う
弔問へ旅立つ月の列車かな
人生にカレー幾たび半夏生
水底の足の遠さや盆休み
男装の麗人混じりお菜洗い
水澄むや紅きスカート餞別に
酒瓶に手錠をかける星月夜
オリオン座傾くまでの立ち話
生地厚きコートの奥の月状骨
太陽を憎むふりして菜花喰ふ
花茣蓙や出自怪しき女の童
シャボン玉の下にて髪を切られけり
帽子にはニセアカシアの花詰めよ
マニキュアの塗りあいっこや夕涼み
膣奥に美しき爪黴の花
屋上は立入禁止月見酒
味噌煮込海豚皮付秋の風
寒卵カルボナーラを愛おしむ
桜桃忌君は悪所へ出勤す
耶蘇神の役にダメ出す裸足かな
ごきぶりを初めて見た日煙草吸ふ
母の日に土を知らない猫欲す
鍵穴に鍵置いてある桃の花
首だけの花をかずらに卒業日
新社員スーツの裏地真紅なり
呉服屋の帳場の裏の昼寝かな
三月や職員室のミルクティー
秋雨や祖父は死んでも大男
大叔父と骨壷隠す夏の山
粉を吹いて祖父は微睡む花林檎
焼きたての骨灰を待つ春の雨
仲人に素足曝して挨拶す
北限の檸檬の街に嫁ぎけり
健全な夫健全に蛇千切る
蟋蟀や胎児しゃっくり百万遍
臍帯は旨そうである良夜かな
破水して野分の庭に出でたもう
新生児抱えて迷う春の街
タンポポの絮を舐めたきクピト像
我が乳を諸手に受ける薄暑かな
子を産めばママと呼ばれて聖誕祭
初日差す乳含ませて眠りたり
蛍や友の遺影を焼却す
葱抜きに走る夜の身の軽きこと
ふらここを下りぬ死者への鎮魂歌

2 comments:

上田信治 さんのコメント...

俳句に、穂村弘さんの言うところの「魂の比べっこ」のリングを立ち上げようというチャレンジ。

心意気は買いますが、もうちょっと基礎練が必要だったんじゃないか、と。

四羽 さんのコメント...

男装の麗人混じりお菜洗い
宝塚の男役のようないでたちで菜洗いをしている光景が浮かんで面白い。実際にはラフなジーンズ姿といったところだろうか?それもまた魅力的である。

秋雨や祖父は死んでも大男
老人のなきがらは概して生前より小さくみえるものである。それでも大男の祖父に、積み上げた人生の迫力が見て取れる。

葱抜きに走る夜の身の軽きこと
夜に葱を抜きにいく。なんとなく背徳的な気分になる。誰も居ない夜の畑で思わず解放感を感じてしまう。

タイトルにもあるが、なにかの終わりを感じさせる句が多い。それは一方でなにかの始まりでもある。