2015-05-24

〔ハイクふぃくしょん〕南方系 中嶋憲武

〔ハイクふぃくしょん〕
南方系

中嶋憲武

書き下ろし

朱夏の強い日差しが、花柄のカーテンを透かして素足に照りつけている。静かな湖畔の静かな湖畔のカッコーカッコーと呟きながら、わたしは半身を起こした。目 は開かない。やっと薄目して時計をみると、十一時を回っていた。夫は丸いお腹を上下させて寝入っている。揺すってみても起きない。くすぐってみたら、太い 腕のラリアットを顔面にまともに食らった。わたしは起き上がり、「在日ファンク」のCDをセットすると、ご近所に迷惑にならない程度にボリュームを目一杯 上げて鳴らした。ジェームス・ブラウンリスペクトのがっしりしたリズム。夫はううんと、もそもそ起きた。

立葵の赤や白のぽっかり並ぶ線路伝いの道。

ごはん作りたくないの。そうかい。仕方ねえな。

中華料理華月園は、明日にも果敢無くなりそうなおじいさんとおばあさんがよろよろと開いている店で、カウンター席が五つに、四人掛けの卓が二つ。上の台と卓 との間に貼紙がしてあり、黒マジックの達筆な文字で、「食べ終えた食器はすべて上にアゲて下さい」と書かれてある。老夫婦の細く脆そうな腕が、何よりも雄 弁にその事を物語っている。皿を上に持ち上げる力が無いのだ。カウンターの下の棚から夫はアサヒ芸能とサンスポを取り出し開く。インクと湿ったような紙の 匂いが、さっと広がる。ここの名物はあんかけチャーハンだ。わたしは無論それだ。夫はビールとタンメン。こういう暮らしをいつまでしてるのかなー。夫はわ たしをみた。貯金もいつまでもある訳じゃないし。とは言ってみたものの、人の事をとやかく言える立場では無い。わたしは無職になって二週間、夫はそろそろ 一ヶ月だ。比較的暢気にしていられるのは、きっと夏のせいなんだろう。夏こそ無職。夏こそ求職。

立葵のぽっかり白く並ぶ線路伝いの道。線路の奥のどん詰まりに入道雲もくもく。

路地はひっそりかんとわたしは歌う。夏が終わらないうちに決めなきゃな。たっぷり食べて更に丸くなったお腹をさすりながら夫は続ける。秋になったら駄目だ よ。冬になったら百パー無理。そんな夫の戯言を遮って、わたしは聞いてみる。ねえ、わたしのどこが気に入ったの。なんだい薮から棒に。そうさな南方系の顔 立ちかな。それと足首かな。内面の事は一つも無いんだね。物事に拘泥しないところかな。それとちょっとおきゃんなところ。慌てて付け足した。キュートだ。

線路際の立葵は誰かが植えたものだろう。素晴らしい等間隔だ。線路とか駅とか架線、碍子、跨線橋。そういうものにこよなく詩を感じる。その時だった。前を歩 く夫が、短く切れのいい放屁を甲高く連発したのは。今のはジョン・コルトレーンのソロってところだね。にこやかに夫は言った。時にはマイルスだったりもす る。今日こそハローワークに行ってねってば。

夏の雲少し太りし夫に蹤き  壬生きりん


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