2015-07-19

【八田木枯の一句】生者死者入りまじりたる踊かな 西村麒麟

【八田木枯の一句】
生者死者入りまじりたる踊かな

西村麒麟


生者死者入りまじりたる踊かな  八田木枯

『鏡騒』以後/「俳句研究」2010年秋の号

毎年行くことにしている盆踊りが二つあって、行かないことにはお盆が来たと思えなくてムズムズする。

一つは築地本願寺の盆踊り。

これは楽しい。明るい時間からたくさんの美味しいものを売っている出店が並び(それらが築地の名店でレベルが高い)、たくさんの人が集まってビールやら何やら飲みながらわいわいと楽しんでいる。盆踊りも明るいものが多く、特に「ホームラン音頭」なんかは景気がよくて大変結構。死者の供養というよりも(もちろんその意味もあるのだけど)わいわい楽しい盆踊り大会と言った感じだ。僕は毎年楽しみにしているので、あの世に行くことがあっても、盆踊りには覗きに行こうと思っている。

さて、楽しみにしている盆踊りの二つ目は、これは俳人大好き(句帳を手にした人をわんさか見る)、木枯さんも大好きな佃の盆踊りだ。築地本願寺からそう遠くない場所で行われるけれど、本願寺さんの盆踊りとは全く異なる。

あの良さは行かなければなかなか伝わらないと思うので、ぜひ見に行って欲しいのだけど、とっても地味で暗い。

出店はなく、踊りも単調(念仏踊り)。盆唄はなんとも言えない渋い調子。暗い中で行われるその盆踊りを皆楽しみにしてやってくる。無縁仏のための精霊棚があって、大人も子どもも手を合わせるために並ぶ。まさに供養のための盆踊りだ。

幽霊が夜出るのも足がないのもぼやぼやしているのも、いやぁ、ドーモ、帰って来ました、と照れくさいからに違いない。何もかもくっきり見え過ぎるのでは含羞が無い。

佃島には昔のままの夜がくる。波がたぷたぷ、無縁仏さん、ヤ、どうも。お盆ですね。

ひとーもくさきも さかりがはなよ~♪

生者の顔が朧、死者の顔も朧。

あ、コラしょいっと。

手が朧、足が朧。

ひとーもくさきも さかりがはなよ~♪

どの人が死者かも朧。あぁ、よく帰っていらっしゃいました。

こら、や~とせ~、よ~いやさぁ~コラショイ

木枯さんはきっと今年も佃島にいらしたはずだ。僕も死後は佃島にはきっと寄ろう。



 

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