2015-10-11

【週俳9月の俳句を読む】ほんの僅かの違い  大和田アルミ

【週俳9月の俳句を読む】
ほんの僅かの違い

大和田アルミ



ぽつかりと待合室に金魚玉   矢野玲奈

金魚玉を待合室に置くなんて、都会の殺伐としたターミナル駅ではない。一日に数本しか電車が来ないような鉄道の駅の待合室がすぐに浮かんでしまった。「ぽっかり」に駅の長閑さが伝わってきたが、それだけではない。作者自身がふらりと旅に出かけてこの駅に至り、当分来そうにない電車を待って、ひとり「ぽっかり」時間を持て余している。もしかしたら、待っている間に居眠りなどして電車に乗れず、更に小一時間待つはめになったか。狭い日本、そんなに急いでどこに行く。こんなキャッチコピーを思い出した。

秋桜に触れたる雨と触れぬ雨   矢野玲奈

この秋桜は、数本がひょろっと咲いているというよりは群生しているように思った。そこへ雨が降ってくる。雨滴は数限りなく落下してくるのだが、幸いにも秋桜に触れることが出来るものもあれば、そうでないものもある。たくさん咲いているのだから、どれかの花には触れそうなものだが、現実はそうではない。ほんの僅かの違いで運命が分かれてしまう。そんな事が私達の日常にもあるものだ。作者の、この光景を冷静に見つめている目が、やはり俳人の目だ。

木槿咲く少女はサドル高くして   小林すみれ

なんて気持ちのいい句だろう。それが第一印象だった。サドルを昨日までより少し高くして、ぐんぐん自転車を漕いでいる。季語の木槿は白色より淡い紫が思い浮かんだ。少年より少女がいい。しかも女を匂わせてはいけない。少女の伸び盛りの長くて細い脚。ペダルに力をこめて、風を切って加速していく。何処かへ急いでいるのか、それとも自分の力を試したくてただひたすらに走っているのか。何物にもとらわれない最後の時間を謳歌している。爽やかな秋の日が見えた。

秋蝉や鞄一日ふくらんで   小林すみれ

秋の蝉というと日暮のように情緒たっぷりのものもいるし、夏に盛んに鳴き次第に声を弱めていったりするものもいる。でもこの秋の蝉はまだまだ元気だ。ここが踏ん張りどころといった様子。限られた時間で片づけてしまわねばならない仕事があって、あちこちを飛び回っている。もう汗だくだ。上手くやれば鞄の中身は少しずつ片付いて萎んでいくだろうに、何だか要領が悪くてまた宿題を貰ってきてしまう。まるで自分を見ているようだと気付き、思わず苦笑してしまった。

二百十日そろそろ出来るパスポート   きくちきみえ

きくちさんの句はどれもユーモアがいっぱいだ。選ぶのに迷うがこの二句を。台風の最中は何かをやって遣り過したり、台風の「動」に対して「静」の素材を持ってきたりの句は結構あるけれど、二百十日でパスポートに飛んだところが面白い。台風と旅を詠んだ句もまたあるけれど、大抵は国内旅行。こちらは海外脱出だ。いろいろ面倒な事はあるけれど、それを切り抜けながら作者はどんどん次の準備に取り掛かっている。台風が過ぎ去ったら、えいっと高跳びだ!そんな溌剌さがいい。

おざなりとねんごろのゐる案山子かな   きくちきみえ

最近の案山子は、本来の役目よりコンテスト形式で村興しや町興しに一役買っているものも多いと聞く。出品作は、ほのぼのとしたもの、爆笑させてくれるもの、本当にこれが案山子?と思うようなものまで、実に様々だ。いずれにしても、目的重視の簡単な作りのものから、家族の一員くらいに丁寧に作られたものまである案山子。それらを「おざなり」と「ねんごろ」という形容を使ったところが好きだ。案山子への愛を感じる。話は逸れるが、「ねんごろ」という言葉で思い出した。以前どこかで、波平とフネが手を繋いでいる案山子があったっけ。

少年の薔薇の首の棘に触る   松本恭子

ギリシャ神話的なテイストを感じる。耽美というべきか、エロティックというべきか。少年は棘に気付き薔薇を避けるのではなく、ためらいながらなのか、興味深くなのかは不明だが、棘を触っている。薔薇からすれば少年に棘を自由に触らせている。少年が年上の美しい女性に芽生える・・・というより取り込まれるの景と取るのは私だけか。しまった、妄想が膨らみ過ぎた。でも半世紀も生きていれば、男にしても女にしてもこんな思い出が一つくらいありますよね?

白露(しらつゆ)に恋をゆずりしことなども   松本恭子

最初は、感じはわかるけれど甘い句なのかと思った。三角関係になって作者は身を引いた。今では「そんな事もあったね」と言えるようになった。全ては過去の話として胸に仕舞っておこうというのだ。でもこの三角関係はけっこう深かったのかもしれない。悩みぬいた末の決断。白露はきれいにも見えるけれど、実は冷ややかで、情念の結晶だったり。とすれば、さらりっと読み過ごしてはいけない句なのかもしれない。


第437号2015年9月6日
矢野玲奈 マカロニも 10句 ≫読む
第438号2015年9月13日
小林すみれ 月の窓 10句 ≫読む
第439号2015年9月20日
きくちきみえ 稲びかり 10句 ≫読む
第440号2015年9月27日
松本恭子 白 露 10句 ≫読む

0 コメント: