2016-07-10

〔特集 BARBER KURODA〕亡霊としての黒田バーバー 柳本々々

〔特集 BARBER KURODA〕
亡霊としての黒田バーバー

柳本々々


  黄泉の国に点々とスターバックスが並ぶ風景 いつかきた道  黒田バーバー

古書店ふうせん堂でわたしはふたたび黒田バーバーの亡霊にであった。わたしは友人への誕生日プレゼントとして詩集を選びつつも、何にするかで結局あたまをかかえ、うずくまっているところだった。

やあ、と私がいうと、彼は、ああ、といった。枯れ葉がこすれあい、雪が降り始めたようなふしぎな声色だった。

なにかさがしているの、と聞くと、聖書をさがしているんだ、といった。かみばかりで遣りきれないとかすかに悪態をついたような気もしたけれどよくは聞き取れなかった。わたしは耳が悪かったから。

神は扉をしめると窓をおあけになったって文句、きみはどう思う、と黒田バーバーがいった。

窓をしめて扉をあける?

いや違う。それじゃあ、ただの外出だ。わからないのか。そうか。

黒田バーバーはしばらく黙って考えていたが、やがて、いやそうかそれでもいいのかな、と言った。わたしは、うなずいた。

黒田バーバーはそれから書棚のあいだをすり抜けるようにして帰っていった。いや、まあ、実際、すり抜けたのだ。

わたしは鞄から聖書を取り出した。持っていたけれど、なんとなくそれを言うのがこわくて黒田バーバーには言えなかったのだ。

わたしは聖書を適当にひらいた。わたしはもう長いあいだ悪くしている眼を近づけた。もっとよく見るためにだ。

わたしはそれ以上はもう触れられないくらいに顔を本に近づけた。もう長いこと切ったこともない髪がページにすれていろんな音を立てた。それはわたしにひとりの人間が生きたり死んだりしていくことを感じさせた。

わたしは一瞬ためらったのち、《もっと》顔を近づけた。これ以上近づけることができっこないんだということはわかっていたが、それでもさらに近づけていった。

おいおい、と言う黒田バーバーの声が聞こえた。わたしは、正気だった。

わたしは正気のままで、たしかな、という文字を見た。たしかな。わたしは、文字に向かい、ページに向かい、黒田バーバーに向かい、もっと、ぐっと入って、いった。

たしかなかたちで幸福は存在しているだがわれわれにではない、と書いてあった。

  ふうせん堂を消滅させる呪文  黒田バーバー


*黒田バーバーはその短い人生において、短歌一首と川柳一句を残した。「二」という数字を必要以上に恐れ、終生「一」を愛した。冒頭と末尾に彼の歌と句を引用した。

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