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2016-07-10

特集 BARBER KURODA

特集 BARBER KURODA




近所……野口る理 ≫読む

散髪のディスクール……中嶋憲武 ≫読む

アーモンドバター……石原ユキオ ≫読む

バーバーKの物語あるいは伝承……江口ちかる ≫読む

椅子……井口吾郎 ≫読む

亡霊としての黒田バーバー……柳本々々 ≫読む

BKに捧ぐ……曾根 毅 ≫読む



〔解題〕西原天気 日時も場所も判然としない写真(自分で撮ったものなのに!)を眺めているうち、「特集」を思いつきました。この手のものには、ふつう企画意図があるものですが、あまり、ありません。名づけてしまえば、事は始まる。BARBER KURODA も BARBER KURODA と名づけた瞬間に始まったにちがいない。原稿依頼には「特集 BARBER KURODA」とだけ記載し、「あんじょうよろしく」と。そんな心許ない、ワケのわからない依頼を、引き受けてくださった執筆陣に感謝、かつ拍手。


〔特集 BARBER KURODA〕近所 野口る理

〔特集 BARBER KURODA〕




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近所 野口る理

ボルゾイの匂へる梅雨の真昼なる

肘高く麦酒飲み干す老女かな

階段に壁に厠に蚊の睡り

鋏等の錆びる力を青蔦は

鱧讃へ世間話の終はりけり

〔特集 BARBER KURODA〕散髪のディスクール 中嶋憲武

〔特集 BARBER KURODA〕
散髪のディスクール

中嶋憲武


かみそり崖の川沿いを歩きながら、コーちゃんは、バーバーバーバーチョコバー、バーバーバーバーチョコバーと飽きることなく鼻歌を歌っていた。石坂浩二の出ているチョコバーのコマーシャルソングだ。

日曜の朝で川沿いの細い道には、あまり人影もない。コーちゃんは、ぼくより二つ年上で小学四年だ。通学の班は違うが、近所といえば近所なので、たまに気が向けば遊んだりする。なんで知り合いになったかというと、コーちゃんは隣家のトモコちゃんの親戚なので、トモコちゃんの家に遊びに行くと、コーちゃんが遊びに来ていたりしたからなのだ。

コーちゃんは鼻歌をやめると、川の金網に手をかけた。しばらく三メートルほど下の川面(川といってもひどく浅そうで、砂利だの泥だのが透けて見えて、長く緑色の藻がゆらゆらとうねっていた)を見ていたかと思うと、金網を乗り越え、幅十五センチほどのコンクリート基礎にしゃがみこんだ。両手はしっかりと金網を握っている。やや身体を後ろへ反らせるようにすると、
「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう。ぼくは天国へ行きます。さようなら」
と言った。
「コーちゃん、あぶないよ。やめなよ」
言ってもコーちゃんは聞かず、
「お父さん、お母さん、ありがとう。さようならっ」と言って、身体を後ろへ反らし、げらげら笑う。
「本当にあぶないよ。よしなよ」などと繰り返していると、背後で自転車のブレーキの音がして、
「馬鹿野郎っ、あぶねえだろっ、このガキャー」同時に大きな声がした。振り返ると、真っ赤な顔をした知らないおじさんだった。植木等のようなダボシャツにらくだ色の腹巻をしていた。
 
コーちゃんは、わかったようと力なく言いながら、金網を乗り越えて来た。おじさんは、気をつけろと言うと、行ってしまった。
「コーちゃん、叱られちゃったね」
「つぎ、行ってみよう」コーちゃんはいかりや長介のように、しゃがれた声を出した。

その頃、ぼくは出かける時はいつでもスケッチブックと鉛筆を持っていた。その日も、スケッチブックを小脇にしていた。ぼくとコーちゃんは、床屋へ行くところで、ぼくはコーちゃんの変化を描いておきたかったのだ。

床屋へ入ると、三つある理髪椅子はすべて埋まっていたので、席で待つことになった。ぼくは持って来たスケッチブックを開くと、横向きにして、真ん中に一本の線を引き、左側の上に「切るまえのかお」と書き、右側の上に「切ったあとのかお」と書いた。
 
ちょっと描くから、じっとしててと言ってから、ぼくはコーちゃんのスケッチを始めた。コーちゃんの前髪は、睫毛まで掛かっていた。コーちゃんは恥ずかしいのか、ぼくの方を見ず、横目を使って理髪椅子の方を見ていた。だから出来上がった絵は、横目で何かを見ている顔になった。コーちゃんの目は細かった。出来上がった絵を見せると、おれこんなに鼻長かったっけ、と呟いた。

スケッチを終えても、順番が来ないので少年ジャンプを読んで待つことにした。「男の条件」という漫画から読み始めた。

その日は結局、コーちゃんの散髪を終えたあとの顔は描くことが出来なかった。コーちゃんが先に呼ばれて、散髪が済んでしまうと、さっさと先に帰ってしまったからだ。だから右側の半分は白いままになった。

それから二三ヶ月経ったある日、コーちゃんと川沿いを歩きながら、川へ小石を投げたりしていた。
「タカちゃんちでお誕生会やってるんだ。行ってみるか」コーちゃんが不意に言った。
タカちゃんの家は、「大成土地」という不動産屋で、大きな家だった。家の裏手が応接間になっていて、塀から応接間が丸見えだった。応接間には十五、六人ほどのタカちゃんのクラスの子が来ていた。タカちゃんとコーちゃんは同学年だが、クラスは違うらしかった。

ぼくとコーちゃんは、塀の上から応接間を覗いていた。応接間までは二メートルくらいだ。テーブルの上には、デコレーションケーキや唐揚げが見えた。
「あっ、コージが来た。ワルのコージが」ぼくも顔を見知っている頭の良さそうな男の子が、高い声で叫んだ。
「ここはねえ、いい子しか入れないんだよ。ね、タカちゃん」お風呂屋の女の子が言った。その子は蟬のような顔つきをしているので、その風呂屋はみんなに秘かに「せみ湯」と呼ばれていた。

帰れ帰れ、コージ、帰れ。応接間のみんなに合唱されて、コーちゃんは、くそっ、見てろよと言うと、すたすた歩き出した。コーちゃんはすっかり臍を曲げてしまって、おめえ、もう帰れと言った。

それ以来しばらくコーちゃんには会わなかった。

中学三年の時だったか、学校の帰りに前を歩いているコーちゃんを見かけた。女の子を連れていた。ゆっくりと歩いて、小突き合ったりしながら歩いていた。よくは分からなかったが、級友がよく言っていた「デキている」という言葉を思い出した。ぼくは悟られないように別の道から帰った。邪魔しちゃ悪いような気がしたのだった。

高校へ入って駅からの道を歩いていると、脇に400ccのカワサキのバイクが止まり、びっくりして見るとコーちゃんだった。コーちゃんは、乗れ、とひとこと言った。シートに跨がると、しっかり捕まってろと言う。ぼくはコーちゃんの腰にしがみついた。細い身体だった。

爆音と風と疾走のなかで、なぜか街の様子が事細かくはっきりと見えた。

あれからコーちゃんはどうしたのか。久し振りにコーちゃんと行ったことのある床屋の前に来てみた。床屋はすっかり様子が変って、現代風になっていたが、やっているのかやっていないのか分からなかった。いつかコーちゃんの噂を聞いたことがある。地回りのやくざになっているという話だった。

そんな話も聞いたことがあるな。床屋の前から離れ、駅へ向かうと、もうコーちゃんのことは頭になかった。


〔特集 BARBER KURODA〕アーモンドバター 石原ユキオ

〔特集 BARBER KURODA〕




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アーモンドバター 石原ユキオ

天然の月代ですねと言うてくれる薄毛の軍師バーバー黒田

開店を告げる法螺貝とどろいて本日パンチパーマ半額

モノレール廃線したる悔しさに夜毎ふるえる高尾アパート

★★★★★ヘッドスパ最高でした。また来年きます。(おさかべ・年齢ひみつ?)

アーモンドバターひと瓶費やして結い上げられた甘やかな髷

手柄山展望喫茶回転が速まりついに消えてしまった

賛美歌なのか念仏なのか髪の毛を掃き集めつつごきげん黒田

今週も乱世を生きる俺たちはバーバー黒田で月代を剃る

〔特集 BARBER KURODA〕バーバーKの物語あるいは伝承 江口ちかる

〔特集 BARBER KURODA〕
バーバーKの物語あるいは伝承

江口ちかる


著者註:バーバーKの物語あるいは伝承の蒐集作業は途上にある。また、ハーバーKと「BARBER KURODA」には何ら関わりのないことを記す。



港から坂を登りつめたY字路に、バーバーKはある。

男は抽斗から一葉の写真を取り出した。
BARBERの字体の「B」や「R」のまるみに男はうっとりする。
まるみは恋人たちの額を思い起こさせた。
どの恋人もうつくしい額を持っていた。あかるい額、絶望した額。くちづけると仔猫の肉球の匂いがした額。舐めればミントの味がした額。眉間の皺が額へと宇宙樹のようにのびはじめ消滅した額。五線譜が刻まれた額。あやういほどやわらかく頭蓋から剥がれ落ちそうだった額。
トワコの額は完璧な曲線を描いていた。
いとしいトワコ(の額)。
トワコ(の額)を失わないために、わたしは。
男は夢想する。
バーバーKの看板の奥には、うつくしい死体(の額)が埋まっている。




港から坂を登りつめたY字路に、ハーバーKはある。
コアな都市伝説愛好家の間では知られた名だ。
バーバーKは閉店した床屋だ。
観音開きの扉の内側には分厚いカーテンが下がり、店内を窺うことはできない。看板は風雨にさらされ、ユトリロの白を思わせる下地に配置された金属のロゴは錆ついている。
扉のある壁面にすこし角度をつけY字路の奥へ伸びる左右の壁には、同じサイズの正方形の窓が横縦3列、9枚並んでいる。窓の下部を外へ開くつくりの窓で、むろん今はすべて閉じられている。
選ばれた夜半、その扉の一枚がすいと押し上げられる。
願いごとを叶えたければ、港からの道を目を閉じて登っていくがいい。やがてその者はバーバーKに触れ、壁に手を沿わせていく。右か左か?目は閉じたままでならねばならぬ。そして窓からするりさしだされたひんやりした指(あるいは舌かもしれないが)にきゅっと手を握られたなら、願いは成就する。驚いて声を出してはならぬ。そして握られたことも口外してならぬ。
かの有名エステティシャンのYもタレントのMも窓に手を握られたらしい。政治家Bは自身の体験を側近に漏らした故、ああいう羽目に陥ったとか。




港から坂を登りつめたY字路に、ハーバーKはある。
風が吹きさらす位置にあるのに、誰がするのか、店の前は常に掃き清められている。
8月になるとハーバーKの前にはさまざまなものが供えられる。
花や酒はもちろんのこと、うつくしい楽器、リアリスティックな毒をふくんだ人形たち。いかがわしく分厚い書物、蝋の封印が押されたよい香りの手紙、いわくありげな櫛、血の色のハイヒール。供物は港まであふれでんとする。
ある夕刻。
ひとびとは坂にぬかづき、また、バーバーKを仰ぎ見る。
服装はさまざまだがどれも正装であるらしい。
ごわごわした紙の裃。スーパーの吊るしとおばしきフォーマルスーツ。スパンコールがびっしりついたチャイナドレス、高下駄の花魁。青々とした月代の武士らしいでたち。とうてい浮世のものとは思えない、骨をところどころ露わにした者もいる。ひとびとは供物をかきわけ、Y字路から港への道を埋め、遅れてきたために海に沈む者もいる。
やがて太陽が沈み、バーバーKは発光する。
ごかぁいちょぉぉぉぉぉぉぉぉ。
空を震わせるひとならぬ声。
バーバーKの合わされた扉はぎしぎしと互いを擦りあい、そのはざまに細い垂直な光のスリットが現われ。
(以下判読不能)

〔特集 BARBER KURODA〕椅子 井口吾郎

〔特集 BARBER KURODA〕

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椅子 井口吾郎

軒錆びた看板晩夏旅先の

小さき夏燕住めばつつなき幸

翠陰か不意なるナイフ簡易椅子

信金かハエトリと絵は換金し

母の詫び信じ個人史枇杷の葉は

冷房も解きて無敵と孟母入れ

乾きの香忍ぶアブの死彼の際か

知らぬ土地星が流しかちと濡らし

彼が綱見る夢緩み夏枯れか

退屈な床屋親子と夏悔いた

〔特集 BARBER KURODA〕亡霊としての黒田バーバー 柳本々々

〔特集 BARBER KURODA〕
亡霊としての黒田バーバー

柳本々々


  黄泉の国に点々とスターバックスが並ぶ風景 いつかきた道  黒田バーバー

古書店ふうせん堂でわたしはふたたび黒田バーバーの亡霊にであった。わたしは友人への誕生日プレゼントとして詩集を選びつつも、何にするかで結局あたまをかかえ、うずくまっているところだった。

やあ、と私がいうと、彼は、ああ、といった。枯れ葉がこすれあい、雪が降り始めたようなふしぎな声色だった。

なにかさがしているの、と聞くと、聖書をさがしているんだ、といった。かみばかりで遣りきれないとかすかに悪態をついたような気もしたけれどよくは聞き取れなかった。わたしは耳が悪かったから。

神は扉をしめると窓をおあけになったって文句、きみはどう思う、と黒田バーバーがいった。

窓をしめて扉をあける?

いや違う。それじゃあ、ただの外出だ。わからないのか。そうか。

黒田バーバーはしばらく黙って考えていたが、やがて、いやそうかそれでもいいのかな、と言った。わたしは、うなずいた。

黒田バーバーはそれから書棚のあいだをすり抜けるようにして帰っていった。いや、まあ、実際、すり抜けたのだ。

わたしは鞄から聖書を取り出した。持っていたけれど、なんとなくそれを言うのがこわくて黒田バーバーには言えなかったのだ。

わたしは聖書を適当にひらいた。わたしはもう長いあいだ悪くしている眼を近づけた。もっとよく見るためにだ。

わたしはそれ以上はもう触れられないくらいに顔を本に近づけた。もう長いこと切ったこともない髪がページにすれていろんな音を立てた。それはわたしにひとりの人間が生きたり死んだりしていくことを感じさせた。

わたしは一瞬ためらったのち、《もっと》顔を近づけた。これ以上近づけることができっこないんだということはわかっていたが、それでもさらに近づけていった。

おいおい、と言う黒田バーバーの声が聞こえた。わたしは、正気だった。

わたしは正気のままで、たしかな、という文字を見た。たしかな。わたしは、文字に向かい、ページに向かい、黒田バーバーに向かい、もっと、ぐっと入って、いった。

たしかなかたちで幸福は存在しているだがわれわれにではない、と書いてあった。

  ふうせん堂を消滅させる呪文  黒田バーバー


*黒田バーバーはその短い人生において、短歌一首と川柳一句を残した。「二」という数字を必要以上に恐れ、終生「一」を愛した。冒頭と末尾に彼の歌と句を引用した。

〔特集 BARBER KURODA〕BKに捧ぐ 曾根 毅

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BKに捧ぐ 曾根 毅

マンホール叩いておりし神無月