2016-07-10

〔特集 BARBER KURODA〕バーバーKの物語あるいは伝承 江口ちかる

〔特集 BARBER KURODA〕
バーバーKの物語あるいは伝承

江口ちかる


著者註:バーバーKの物語あるいは伝承の蒐集作業は途上にある。また、ハーバーKと「BARBER KURODA」には何ら関わりのないことを記す。



港から坂を登りつめたY字路に、バーバーKはある。

男は抽斗から一葉の写真を取り出した。
BARBERの字体の「B」や「R」のまるみに男はうっとりする。
まるみは恋人たちの額を思い起こさせた。
どの恋人もうつくしい額を持っていた。あかるい額、絶望した額。くちづけると仔猫の肉球の匂いがした額。舐めればミントの味がした額。眉間の皺が額へと宇宙樹のようにのびはじめ消滅した額。五線譜が刻まれた額。あやういほどやわらかく頭蓋から剥がれ落ちそうだった額。
トワコの額は完璧な曲線を描いていた。
いとしいトワコ(の額)。
トワコ(の額)を失わないために、わたしは。
男は夢想する。
バーバーKの看板の奥には、うつくしい死体(の額)が埋まっている。




港から坂を登りつめたY字路に、ハーバーKはある。
コアな都市伝説愛好家の間では知られた名だ。
バーバーKは閉店した床屋だ。
観音開きの扉の内側には分厚いカーテンが下がり、店内を窺うことはできない。看板は風雨にさらされ、ユトリロの白を思わせる下地に配置された金属のロゴは錆ついている。
扉のある壁面にすこし角度をつけY字路の奥へ伸びる左右の壁には、同じサイズの正方形の窓が横縦3列、9枚並んでいる。窓の下部を外へ開くつくりの窓で、むろん今はすべて閉じられている。
選ばれた夜半、その扉の一枚がすいと押し上げられる。
願いごとを叶えたければ、港からの道を目を閉じて登っていくがいい。やがてその者はバーバーKに触れ、壁に手を沿わせていく。右か左か?目は閉じたままでならねばならぬ。そして窓からするりさしだされたひんやりした指(あるいは舌かもしれないが)にきゅっと手を握られたなら、願いは成就する。驚いて声を出してはならぬ。そして握られたことも口外してならぬ。
かの有名エステティシャンのYもタレントのMも窓に手を握られたらしい。政治家Bは自身の体験を側近に漏らした故、ああいう羽目に陥ったとか。




港から坂を登りつめたY字路に、ハーバーKはある。
風が吹きさらす位置にあるのに、誰がするのか、店の前は常に掃き清められている。
8月になるとハーバーKの前にはさまざまなものが供えられる。
花や酒はもちろんのこと、うつくしい楽器、リアリスティックな毒をふくんだ人形たち。いかがわしく分厚い書物、蝋の封印が押されたよい香りの手紙、いわくありげな櫛、血の色のハイヒール。供物は港まであふれでんとする。
ある夕刻。
ひとびとは坂にぬかづき、また、バーバーKを仰ぎ見る。
服装はさまざまだがどれも正装であるらしい。
ごわごわした紙の裃。スーパーの吊るしとおばしきフォーマルスーツ。スパンコールがびっしりついたチャイナドレス、高下駄の花魁。青々とした月代の武士らしいでたち。とうてい浮世のものとは思えない、骨をところどころ露わにした者もいる。ひとびとは供物をかきわけ、Y字路から港への道を埋め、遅れてきたために海に沈む者もいる。
やがて太陽が沈み、バーバーKは発光する。
ごかぁいちょぉぉぉぉぉぉぉぉ。
空を震わせるひとならぬ声。
バーバーKの合わされた扉はぎしぎしと互いを擦りあい、そのはざまに細い垂直な光のスリットが現われ。
(以下判読不能)

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