2016-08-14

【週俳7月の俳句川柳その他を読む】B級ドリームランド的芳香 小津夜景

【週俳7月の俳句川柳その他を読む】
B級ドリームランド的芳香

小津夜景


石原ユキオという人は〈作家としての自己〉を客観的に把握しようとする意識がたいへん強く、作品に天然な部分が全くない。もちろんぶっこわれた状態のブツを「あは。こんなになっちゃった♡」と読者に差し出すなど論外で、常によく作り込んだ設定でのみ勝負してくる職人肌の作家だ。

〔特集 BARBER KURODA〕の「アーモンドバター」もまた然り。どうやら石原は、週刊俳句編集部が用意した写真にレトロフューチャーな匂いを感じ、また写真の BARBER KURODA という文字からキリシタン大名黒田官兵衛を想起したようで、戦国&任侠にまつわる強烈にオス臭いネタを、モノレールや回転展望台といった夢いっぱいの産業遺産で包み込み、そこへアーモンドバター&賛美歌念仏の異国風味を添えるといった、たいへん手の込んだ連作に仕上げてみせた。と、これだけでも凄いのに、さらには黒田官兵衛、おさかべ姫、高尾アパート、手柄山、アーモンドバターと、あらゆる具体的名詞を姫路特産品で揃えてみせるといった徹底ぶり。まこと、こだわりの職人である。

職人といえば黒田官兵衛もまた同じく、この連作では理髪店を営んでいるようす。元軍師ゆえ開店の報も法螺貝ですませてしまう官兵衛の姿には、時空観念の底が抜けたB級ドリームランド的芳香がみごとに鮮やかだ。

ドリームランドといえば、廃線モノレールに「ドリーム開発ドリームランド線」という有名ラインがあるけれど、どうしてモノレールというのはあんなにも時空のバグをふっと超えてしまいそうな、どこかゆがんだ情趣のある乗り物なのだろう? 回転展望台にしてもそう。こちらは乗り物ですらないのに。だが石原の〈手柄山展望喫茶回転が速まりついに消えてしまった〉にしても手柄山回転展望台(なんて戦国&レトロフューチャーな固有名詞!)はタイムマシンに見立てられているようだし、みんな同じことを思うようだ。 

 開店を告げる法螺貝とどろいて本日パンチパーマ半額

なんて明るく楽しげな光景だろう。しかもお日さまや土ぼこりの匂い、電柱や張り紙、散歩する犬や自転車、行き交うご近所さん、その他ここには一切触れられていないあらゆる書き割りが一瞬で見渡せてしまう。たいへんな凄腕、かつ知的な作品。

 モノレール廃線したる悔しさに夜毎ふるえる高尾アパート

あはは。こういう五感に訴えかけるタイプの擬人法、大好き。確かにわたしがあのアパートだったとしてもむせび泣くとおもう。無念すぎて。わたし、昔はトリュフォーの映画みたいにキュートだったのに…って。

 アーモンドバターひと瓶費やして結い上げられた甘やかな髷

石原の連作には、こういったスウィート・テイストな作品が挿入されていることが多い。読者の(自分の?)甘味欲を刺激するのが好きな人なのである。あとアーモンドオイルは本当に髪にいいとおもう。

ところでこのレヴューを書くのに法螺貝についてネットで調べていたら、法螺貝の通信販売のページをみつけたのだが、商品の説明にすごくドキドキしてしまった。「新発売 戦国法螺貝 軍師 ミニ B級品 高級房付 よい音がでます」とか「ストラップとして首から提げるのに適した長さです。野山で吹きながら歩くには最適な大きさです」とか書いてある。野山を歩きながら吹くって、一体いつの時代の遊び? でもちょっと吹いてみたい。おずおずと、小さな音で。

あ。最後にひとつ書き忘れ。石原ユキオが今回の特集に一人だけ短歌で馳せ参じたところ、とてもいいな、と思った。




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